横浜イングリッシュガーデンはもちろんだが、バラの開花が例年に比べて10日ほど早かったし、しかもその早さに乗り遅れた種類のバラの開花が極端に遅れたりしている。
バラと一緒に咲くクレマチスも同様で、早く咲くバラに付き合う種類と、逆に遅れて咲くバラに付き合って今だに咲き誇っているものと両極端に別れた。
ニュードーンという殿堂入りの名花は遅咲きで知られるが、それにしても今年の開花は遅く、あらかたのバラが終わってから花開くありさまで、今もなお蕾が残っている。
伽羅奢も例年に比べて2週間は遅いと見えて、さすがにくたびれてきてはいるが、いまだに良く咲いているのである。
伽羅奢と一緒のアーチに絡ませているエミリアプラターという薄紫色のクレマチスなども伽羅奢に付き合ったのか、今真っ盛りである。
サルビアネモローサ・カラドンナという宿根のサルビアがあるが、これが例年だと4月中旬から咲き始め、咲き終わった花柄をきちんと切り戻したりすれば秋口まで咲くのだが、今年は5月の中旬ごろになってようやく咲き出すありさまなのだ。
一つひとつ上げていくとキリがないほどである。
時代の破調と言うか、昨今作り出される社会の雰囲気や状況が如何にも尋常ではないように感じられ、これまでの一切をかなぐり捨て去ろうという動きが顕著になるにつれて、なにがしかの不安な空気というものが広がり始めていることと、植物の反応も無縁ではないように思われる、と言ったら言い過ぎだろうか。
加えてモッコウバラのせん定時期を誤ったようで、今年は咲いてくれなかったし、同様のせん定のミスで4本あるアジサイのうち3本にまったく花がつかなかいという、人為的なミスまで加わってしまった。
梅雨入りだって同様である。
わが出身高校には記念祭という行事があって、創立記念日の事なのだが、盛大に行われていて、これが6月18日で、ほぼ半世紀前になる高校生のころにはこの記念祭が梅雨入りの目安だったのだ。
それが今年の梅雨入りは8日。何と10日も早い。しかも、気象庁に言わせればこれが平年並みだそうだから、今年に限った早さではないのだが、こちらも人間の身勝手な行為によるものだとしたら厄介な話である。
変化というものはどんなことに関しても付き物で、受け入れていかなければならないものも少なくない。それはそれで理解もし、納得も出来ようというものなのだが、多くの人が望んでもいないのに、一部の強引な勢力によって恣意的に変えられたり、人間社会の不注意や不作為によって引き起こされる変化というものはご免こうむりたいし、防ぎたいものだ。
変えてもらっては困るものもあるのである。
いつの間にか、近所の田んぼにはきれいに苗が植えられ、か細い苗が風にそよいでいる。
まさに 種蜜移疎緑毯平 行間清浅穀紋生 誰知細細青青草 中有豊年撃壌声 の世界が広がっている。
こちらは例年と狂いはなく、ほぼ暦通りに歯車が回っているようである。
遅く咲きだし、梅雨入りしてなお咲いている伽羅奢と薄紫色のエミリアプラター
田植えの終わった田の畔に子どもが1人、ズボンを泥だらけにして遊んでいた
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