1人暮らしをしている酒とギャンブル好きのちょい悪おやじの隣にシングルマザーと小学生の男の子が越してきて、その男の子とシッターを引き受けることになったちょい悪おやじとの交流を描いたヒューマンストーリーのアメリカ映画で、題名は「ヴィンセントが教えてくれたこと」。
わざわざ映画館まで出かけて行って映画を見ようなどと思い立ったわけは、数日前に新聞の広告で「9月4日公開、ちょい悪おやじと少年の云々」という広告が目にとまったから。
しかも劇場が隣町のひとつ先の駅に直結した人気のショッピングモールの中にあって、わが家から自転車で行けるほど近いのである。
実際はちょい悪おやじと言うより、ちょい悪じじいと言った方が正確なのだが、その「ちょい悪じじいと少年」というところが気に入ったのだ。というか気になった。
国会議員は選良じゃあなくちゃこまるが、普通の市民、この場合の市民はcitizenで「国政に参与する権利を持つ人。公民」(大辞林)のことだが、真面目に社会正義の実現に取り組んできた現役時代を卒業したのだから「ちょい悪」になっても罰は当たらない。
なにせ、ワルという言葉の響きには中学生のころから憧れていたんである。
とはいえ、本物の悪になるほどの度胸もないから、ちょっとだけ悪さをしてみたい、という程度の動機だから、たかが知れている。
映画では少年を競馬場に連れだしたり、オッズの意味を教えたり、行きつけのバーで注文の仕方を教えたり、そして大切なケンカの仕方も教えてあげたりと、PTAのオバサマが腰を抜かすような交流が重ねられる。
ついでに言えば、こういう物語では登場する少年までがワルではいけない。純粋で真面目な子どもで、感受性も豊かな少年でなければ話にならないが、そこは良く出来た物語で、少年もなかなか魅力的だった。
まあ、映画についてはこのくらいにしておくとして、ラストに近づいたところで思わず涙が滲みでてきた。それも、一滴というわけではなくて、指で拭うそばから出てくるのには困った。
最近はどうにも涙腺が緩くなってきているのだが、それにしても鼻の奥からつーンとしてきて、液体がこぼれてくるのは暗い映画館だから我慢できるというもので、これが茶の間の明るいところだったりしたら身の置き場がなくなるところである。
両隣に座った決して若くない女性をちらっと見やってみたが、涙どころか、のっぺりした表情でスクリーンを見つめている。
フン、分かってたまるかい。あのちょい悪じじいと少年の心が通じ合い、響き合っているところは男同士じゃなくちゃ理解できないだろうさ。
こういう映画の涙は男だけのものである。
数年前の「三丁目の夕日」を見た時は滂沱だったが、それに次ぐ久しぶりの感覚だった。こういうのもまた悪くはない。
水曜日の午前9時50分からの上映、しかも外は大雨にもかかわらず、座席が6割方埋まっているのには驚いた。
新聞の宣伝効果は絶大なのだ。
日曜日の午後から降り始めた雨は今日も一日中降り続くらしい。誰かさんの涙か。まさか。
雨だからか、駅に直結したモールの映画館は朝からにぎわっている
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