H講師のクール講座  クールだけど、熱いので炎上注意です(笑)

30年前
私の言葉で始まったテレクラ
3日後にサクラの原型を作りあきばの企画は、専門の声優科生徒を使う予定だった…

U-23リオオリンピックサッカー監督との飲み会!

2016-10-26 17:03:16 | 日記
それは、突然決まりました。

妻の田舎の、秋まつりに参加した。
子供が、お稚児さんをやる位から参加している。

まつりも楽しみだが、親戚が集まり「じゅうじゅうパーティー」を行う。
要するに「焼肉パーティー」だが、勿論庭で行う。
馬肉・鳥肉・ホルモン・イカ・さんま・さば・ほたてなんでもござれだ。

ココに来て、「初さんま」頂く。
刺身も食べるが、焼きは格別である。

2時から始まり・・・6時を過ぎても続いているが、
妻の母校が、毎年行っている「おまつりテント」に行かねばならないので、
適当な時間で出る。

例年なら、適当に参加するのだが・・・

今年は、違ったのだ。

我々が到着した日の夜に、本家の次男坊からラインで、
「誠が、中(なか)日に『あづまずし』に来るけど、来る?」という内容だ。

誠=U-23リオオリンピックサッカー監督
来る?=OKなら席を設けると言う意味である。

本家の長男も、全国大会に参加している、誠の先輩で、高校の時から良く知っている。
次男坊も、全国大会に参加しているが、3年で一人だけ出場し「キャプテン」もやった。
そのひとつ下が、「手倉森兄弟(双子)」なのだ。

この世界、上下関係がモノを言うのが常識だ。

だから、「あずまずし」に行く前に、テントによってから、行くことにしたのだった。


いつものようにテントに行くと、歓迎される。
妻が「東京支部の理事」と言う事と、

私が、「高校の80周年Tシャツのデザイン」をしたと言う事で、
東京生まれながら、町の町長はじめ、主要な人物には、周知の顔である。

何故町の重鎮が知っているかと言うと・・・

「小学生の甲子園」に出た時に、東京での練習場所を確保したり、
町の記念館である「木村秀雄記念館10周年」のイベントで、
小中学校に贈る「えほん」の制作から、「お絵かき教室」を開催したりしている。
(小学生野球での時は、偶然にも、東京代表が自分の町会のチームだったが、
 練習場所は確保できるだろうと思い、何もしなかった。
 神宮の開会式に行ったら「なんで来ているの?!」「なんで青森のチームなの?」
 って目で見られていたが、
 のちに、大会開始1カ月前から町会の掲示板に、チーム出場のポスターを貼ったのが、
 自分だとわかり、イコールになったようだ。
 一応おやじは町会長だけど、自分も青年部広報なのだ。)

テントで、観光協会副理事の人と、話す事30分。
すると、周りが騒がしくなった。

聞くと「監督が来た!」と言う事だ。

えー7時半だけど…あずまずしに行く前?!

人だかりは見えるが、なかなかこちらに近づかない。

いつの間にか人だかりが消えた。
その時テントに来た人が・・・
「町長につかまって『カラオケ大会』で一言」と言う事になり、
隣の会場に行ってしまったようだ。

まー人気モノはそんなもんだ。

9時になったら会えるのだからイイとしよう~

またまた会話に入ると、今度は右側から突然、「監督があらわれた」

「ちーすっ」

みんな一斉に「監督!!!」と声が上がる!

「いやーやっと抜け出せたよ~」

そこにいた「小玉先生」が「こっちゃすわれ~」と言ったと同時に写真撮影が始まったのである。
私は、車椅子なので、その中に行けないが、妻は昼間から飲んでる勢いで騒いでいるが、
一応先輩である。

ひと段落すると、私の順番が周ってきた。


何を話そうかと思った時に、監督が口火を切った。
そのGシャツ「今の高校の?」と言ったので・・・
「いや、自分で作ったオリジナルです。」と答える。
すかさず、
「長男次男坊に『全国大会の時ユニフォーム』どんなデザインだった?」と聞いたら、
二人とも「忘れた!」の一言だったので、こんな感じで作ったと話したが・・・

監督曰く・・・
「前に、西が丘でヴェルディと戦った時、協会から言われた事があるんだよね。
 ヴェルディの緑。ヴェガルタの黄色はイイけど、それ以外は困ると言う事を…」
「それって何のことかわからなかったが…」

「それは、私です。」
「マリノス戦もこれ着て行ったので、試合後グランドからわかったでしょ」
「このユニフォームは町の「名酒」「馬肉」もアピールするために、協賛も貰っています」
「それに今回の『リオオリンピック応援グッズ」も私が関わっています~」

いやー監督が、グランドから見ていてくれただけでも、
2部からヴェガルタを応援していたいかいがあったというものです。

誠監督は「濡れた竹山」ではなく、ゼンゼン若いし、メガネない方がもっとイイ。

最後に、次は「フル代表にと!」お願いしました。
今日の時間は、お忍びで、明日は協会に行かなきゃならない事を話していました。





 

10日後にまた入院・・・

2016-10-26 09:53:47 | 日記
慶応病院に「BMI」の半年検診に行き、
胆管炎の病理検査が終わった、2日後にそれは起こった。

いつものように、台所から、昼食のシリアルを持ってテーブルに向っている時、
出した右足の1歩が、つまずいていないのに「半歩しか」出ないのである。

次の瞬間、「右足をもう半歩と」考えるのが普通だが、
なんで、半歩出ないの?
が、先に来て・・・
「右足を半歩だそう」と考えて、半歩を出したら、
確かに半歩だったが・・・
まっすぐ出たのではなく、左足の前に出てしまったのである。

「まずい!」

それは、遅かった・・・

「倒れる・・・」
「右手は・・・」

意識が混濁した。

数分間経った時に、「これは3度目・・・」

という、考えがよぎった。

足は動く?
左は動く。右はどうだ?
微かだが動く。

手も大丈夫だ。

「これからどうする?!」

「・・・」

起き上がれないので、どうしよう・・・
3度目の判断も自分でのモノだ。

「そうだ、まず電話だ!」

意識が混濁している中で、電話の在りかを思い出す。
イエ電はテーブルの上にある。
携帯もテーブルの上・・・いや今日は充電しているので、「頭の上だ!」

だが、手を伸ばすが1m程で届かない。

何かないか・・・
その時だった。
左のゴミ箱の横に、「杖を見つけた」のだが、
50cmでこちらの方が近い。

動きずらい体を無理やり動かして、杖をゲットする。
シリアルのミルクまみれだが気づいていない。

そしてその杖を使って、携帯の電源コードを手繰り寄せる。

携帯の電源を入れようとするが、まだ、混濁していてすぐには、やり方を思い出せない・・・
ようやく電源の入れ方を思い出して、119に電話をしたが、
どのような内容だったか覚えていない。

そして何分経ったろうか、救急隊員の声がして、病院に搬送されたが、
意識が正常に戻ったのは、病院のベットで眠りから覚めてからだ。

その間、CTを撮ったのは覚えているが、その他は全然皆無である。

診断は「脳てんかん」である。
要するに「脳のショート」である。
脳疾患にはよくある後遺症だそうだ。

担当医は「夕方帰る?」と言ったが、
「いや、心配なので今日は泊って行きます」という事で、
1カ月で2度目の入院でした。

次回予告
U-23手倉森監督との飲み会です。
そのあと、文春モノの発表です。。。