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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

鵺的第1回公演『暗黒地帯』

2009-08-09 | 舞台
*高木登作・演出 公式サイトはこちら 下北沢「劇」小劇場 9日で終了
 公演チラシがまず目をひく。黒を基調として左右に背を向け合った男と女がそれぞれ窓の外をみている。二人を分断するかのようなタイトル『暗黒地帯』の文字が重々しい。裏面には本作のストーリーが、登場人物の一人語りのように記されている。主宰の高木登も短い文章を寄せており、これからみようとする舞台がただならぬ話であることが予想される。
 舞台は正面、左右に排水管が張り巡らされ、中央に細長いテーブル(少し変った形のようにみえた)と椅子がいくつか。抽象的な作りである。そこが不動産開発会社の雑用部屋にもなり、埼玉のマンションの一室にもなる。

 マンションの排水管に欠陥があるらしい。明らかに施行ミスなのだが、業者は「ネズミのせいだ」と言い逃れをし、マンションの住人に法外な工事代金を要求する。結婚前に建築会社で働いていた主婦は正義感に燃え、業者を相手に一歩も引かない。この主婦に手を焼いた業者が考え出した対策というのが、何と何と。

 業者はあまりにあからさまなインチキ会社である。社員は新人のひとりを除いて上司も部下も犯罪すれすれ、あるいはもろに犯罪を犯している。何しろ冒頭から営業社員の林(荒井靖雄)が自分で薬物を注射しているのだから。彼の立ち振る舞い、言葉遣いすべてがちょっとどうかと思うほど乱暴だ。林は「イム」と読む。彼は在日韓国人である。父親は戦争中に日本軍によって強制連行され、自分も子どもの頃から大変な差別にあってきた。イムはその過去を逆手にとり、相手が顧客であっても威丈高に振る舞う。しかし対する主婦(加藤更果)も終始高飛車で感じがよくない。言い分としては明らかに主婦が正しいのだが、かといって彼女に感情移入や肩入れする気になれない。

 このように登場する人物誰にも心が向けられないままの前半は、みていて辛い。これは大変なところに来てしまったというのが正直な感覚だったが、後半、主婦が夫と別れ話をするあたりから次第に引き込まれていった。主婦は次第に精神の均衡を失い、あれほど自信たっぷりだったイムも心の奥底の脆さを見せ始める。そして敵対していた者どうしがいつのまにか同じ孤独の中に落ち込んでしまったことが示されるのである。

 世間にはこれと全く同じではないにしろ、とんでもない話はいくらでもあるだろう。しかし「いくら何でもこれはちょっと」という気持ちが終始消えなかったことは否定できない。舞台正面の壁に「場」を表わす数字や訴訟を報道する新聞記事が揺らめきながら映し出される様子は効果的であるし、俳優も隙のない熱演だ。簡単に共感でき、納得できる話を求めるわけではないが、後半引き込まれはしたものの、違和感が消えなかった。自分はキツい内容の舞台が結構好きである。救いのない結末、後味の悪い話、実は大好きだ。本作も笑えるところがほとんどなく、不愉快な空気が終始劇場を濃厚に支配する。チラシに掲載の高木登の一文を読み返す。一言で言うと「差別」の話なのだが、差別そのものよりも、「差別の構造」がどんなものであるか、差別される側にあって敢えてその構造を利用し、まったく差別など意識していなかった人がそれに巻き込まれて身動きができなくなってしまう恐ろしさや、結局どちらも傷ついて修復の可能性がほとんど感じられない絶望的な状況を示す。客席に背を向けたままだった主婦とイムが、暗闇を切り裂くようなネズミの鳴き声に反応して振り向き、暗転する終幕はまことに苦い。この何とも言えない複雑な気分を的確に表現する言葉を、自分はまだみつけることができないでいる。
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