*唐十郎作 藏下右京×渕上夏帆演出・出演 下北沢演劇祭「下北ウェーブ2017選出」 下北沢・小劇場楽園 5日で終了
『月光町月光一丁目三日月番地』の初演は1964年6月、新宿厚生年金会館結婚式場控室であったとのこと。『23時53分「塔の下」行は竹早町の駄菓子屋の前で待っている』に続く2作めの戯曲であり、当初は『渦巻は壁の中をゆく』という原題であったが、雑誌掲載にあたって改題された。1974(昭和49)年発行の「別冊新評 唐十郎の世界」巻末に掲載の唐十郎による自作年表には、「シャンペンうちならし、哄声とびかう新宿厚生年金の結婚式場のついたて1枚へだてた壁で」上演したと記されている。五十数年後、若者ふたりが演劇の街・下北沢の小さな地下劇場で上演する舞台を、ほぼ満席の客席が息をつめて見守る。状況劇場や唐組の紅テントの禍々しくも賑やかで熱気溢れる空気とは大きく異なり、「太田省吾か」と錯覚を起こしそうになるほどである。
劇場に入って奥の演技スペースには白く大きな壁が立ち、その表面には渦のような模様がぐるぐると輪を描き、中心には黙した人の顔らしきものが描かれている。開演を待つあいだ、かすかに聞こえるのは水音であろうか。
登場人物は男と女(戯曲にはもうひとり、老人が登場するが今回の公演には出てこない)。満州ということばが何度も出てくることから、彼らが過去に戦争を体験し、なお傷が癒えず、影を落としていることが次第にあぶりだされてくる。男と女は壁を背にして並んで立つ。ふたりの会話は過去の出来事や思い出を話しながら、お互いのすがたが見えなかったり、相手に近づこうとしても足が動かなかったりする。かと思うと見えないドクターに懸命に息子のタケシのことを尋ねたり、ふたりの位置と距離がどうなっているのか、壁はただ立っているだけなのに、次第に生きもののように不気味な存在に変容しはじめる。
照明も音響も最小限に留められ、俳優も、中盤にふたりして舞台前面をぐるぐると走り回る場面もあったが、全体的に動きが少ない。白く大きな「壁」は、それ自体はまったく動かないのに、男女ふたりを隔てたり、吸い込んだりする。壁の向こうには(あるいは壁の中には)何があるのか。
五十数年前の初演のイメージを思い浮かべることはできないが、今回の上演に挑戦した若い演劇人たちの声ともちがう、戯曲のことばそのものから人物の声が聞こえてこないものかと、『謎の引っ越し少女』(1970年學藝書林刊)に収録された戯曲を読み返している。
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