田舎都会からの便り

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  旧丸井デパート(まちづくりセンター)②夜の函ぶら探訪・中尾仁彦案内人          

2023年08月30日 01時55分08秒 | 山登り・散策の話

 更新は 私が「元気で自遊人」している写真記録の便りです

過去記事2022 イトーヨーカドー函館店閉店

 

行雲流水旧丸井デパート(まちづくりセンター)夜の函ぶら探訪中尾仁彦案内人          

函館市・箱館歴史散歩の会・主宰 中尾仁彦さん案内の「西部地区ライトアップ建造物巡り」

中尾案内人の探訪主旨

函館山からの夜景は 香港 ナポリとともに「世界三大夜景」のひとつとされています 函館山からの夜景の素晴らしさは必見ですが 麓の西部地区の元町教会群や函館ベイエリアのライトアップされた歴史的建造物のナイトウォッチングも昼間とは違った幻想的な魅力にあふれ もう一つの函館の顔をのぞかせます やさしく照らし出される「灯」に誘われてロマンチックな風景を間近に見る散策に出かけて見ませんか

コロナ前は130人を超えた参加者でしたが 今は30~40人ほどに制限しての気遣い案内です

連載 第206回西部地区ライトアップ建造物巡り

連載 旧丸井デパート(現函館市地域交流まちづくりセンター)

南部坂下の市電通り角に、市民活動の拠点として親しまれている函館市地域交流まちづくりセンターがあります。石造り風で緑色のドームがあり、十字街からもすぐ目に付くこの建物は、大正 12 (1923)年に丸井今井呉服店函館支店として建てられました。
3階建ての1階から3階まで全フロアが売り場で3階には食堂も置かれ、当時としては目を見張るような商業施設でした。棒二森屋の前身で東浜桟橋の近くにあった金森森屋百貨店とともに北日本一の大都会・函館のシンボルでもありました。
連日大賑わいで業績も好調だったことから、昭和5(1930)年11 月には、4階建て(一部5階建て)へと増築されます。館内には催事ホールや美容室、写真室、屋上にはサンルームが併設され、函館初のエレベーターも設置されました。昭和5年といえば、前年に勃発した世界恐慌の影響で国内でも景気の低迷が続いていましたが、そんな時期にこれほどの増築が行われ、増築後間もない翌年正月に開催された「善光寺展」には、 18 日間で 20 万人以上が訪れています。
昭和9年の大火により内部が全焼しますが、それを機に木製だった階段の手すりはイタリアから取り寄せた大理石で改修され、エレベターの扉は分厚い防火ドアに取り替えられます。どれもこれも当時の函館の勢いを物語っています。
丸井今井呉服店の創業者・今井藤七は、越後からの出稼ぎ者で、函館の武富陶器店に奉公しながら商売を覚え、さらには独立資金を武富陶器店と寺井陶器店から借り受けます。それを元手に同郷人との共同で札幌に開業したのが丸井今井呉服店でした。函館に恩義を感じた藤七は、弟の良七が独立したいというときに、この函館支店を出させます。
支店とはいうものの、思いのこもった店舗でした。
長年来、「丸井デパート」や「丸井さん」と呼ばれ市民に親しまれてきましたが、昭和 44 年、繁栄の中心が東へと移動するのに合わせて、 五稜郭公園電停前に移転します。以後、建物は市役所の分庁舎となり、当時の水道局・交通局(現企業局水道部・交通部)などが入居しますが、やがて交通局は駒場車庫に、水道局はアクロス十字街に移転します。建物にも老朽化や耐震性の問題が生じてきました。
それでも取り壊すのは惜しいということで、増築された4階、5階を取り払い、オリジナルの姿に戻すという本格的な再生工事が行われ、耐震性も強化されます。ただしエレベーターの入る塔屋は、このエレベーターが東北以北で現存する最古のものであるということから、解体されずに残されました。そして平成 19 (2007)年4月、函館市地域交流まちづくりセンターへと生まれ変わり、市民活動や函館移住者への支援ほか、さまざまな地域活性化事業がここを拠点に展開されています。観光情報やイベント情報、また移住に関する情報もふんだんに用意され、市民でなくても気軽に立ち寄れます。窓口に声をかければ、東北・北海道最古のエレベーターの試乗もできます。
 

過去記事2014  旧丸井今井百貨店函館支店エレベーター

函館市末広町 地域交流まちづくりセンター

旧丸井今井呉服店・函館支店として大正12年に建てられた 

 

創建当時はコンクリート造5階建て

外観は洋風を基調とし 建築様式は「復興式」と呼ぶそう

昭和45年から市役所分庁舎として改装され

安全性を確保するため 一部を除き3階建てに改装された 

特徴は交差点に面した部分が円形 屋上はドーム型の展望室

建築された頃の函館市は北洋漁業基地として繁栄していた

人口も20万人を越し 東北以北最大の都市でした 

ここには東北以北最古の手動式エレベーターが残されている

今でも動き 希望者は試乗できます 

 

小さい頃 このエレベーターに何回も乗った記憶があります

 

 

 

 

ロープ式乗用エレベーター

定員は12人

積載量1000kg

 

 

レバー 右に倒すと上昇 左に倒すと下降

階の床と段差なく止めることが

エレベーターガールの役目でした

残された部分は 今でもピカピカ

景観形成指定建築物等の指定を受け 

大事に保全されています

 

 

 

 

 

 


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