Miraのblog

小説はじめました

宝塚記念の思い出

2024-05-02 22:50:03 | 競馬

ゴールドシップのアクシデントで宝塚記念は騒然となった。結果は川田騎手の巧騎乗でラブリーディが快勝。
この競馬を見ながら、初めて阪神競馬場に行った日のことが蘇った。
 
・・・
 
「今から新幹線に乗れば新宿場外で馬券買えるから帰るよ」
 天井の木目模様がトウショウボーイの顔に見えた僕は呟いた。
 
 伝統ある化学系大学の卓球の交流戦2日間が終了したが、すっかり仲良くなった京都工繊の北山君らと深夜まで飲んでしまった。
本来なら、昨日のうちに東京に帰る予定だったのだが、北山君のアパートで雑魚寝してしまったのだ。
 
「なんで、こんなところで寝ていたんだっけ?」
と目が覚めて、そのまま天井を見つめたら昨年の宝塚記念勝馬のトウショウボーイが見えたということだった。
 時計は10時を指していた。
 
「馬券って、宝塚記念のことかいな?」
北山君が聞く。
 
「あれ、北山君、競馬やるの?」「グリーングラスのテッパンだから、単勝買おうかなって」
 
 ここで北山君が意外にも猛反発してきた。
「何言ってますのん!」「ヨーちゃんに決まってます」
関西独特の尻上がりの言い回しだ。
 
 北山君は3回生。責任感の強いキャプテンだった。
真面目そうな振る舞いから競馬などやりそうな雰囲気はなく、この反応には少し驚いた。
 
「ヨーちゃん?、福永洋一のこと・・・」
 
「洋ちゃん、知りませんのん?」
 
「いや、知ってるよ。一昨年(おととし)の秋トウショウボーイに騎乗してたからね」「神戸新聞杯のレコードの時の馬券はシコタマ取ったし」
 
「関西では福永洋一のことをヨーちゃんと呼ぶらしい。気安く・・・」
と思いながら、北山君に引率された我々は、阪神競馬場に向かっていた。もちろん関西地区の競馬場は初めてだ。
 昨日までの律儀で真面目な北山君とは人が変わったように、洋ちゃんを語る。やけに詳しい。
 
 この当時の競馬は、実質的に東西で別々に行われていた。どちらかと云えば東高西低。
テンポイントは関東でも人気があったが、それは特別に強い馬だったし、杉本清アナウンサーの実況中継が面白かったからだ。
 
 京都駅で競馬ブックを買ったが、関東とは予想しているメンバーが違う。
オッズはグリーングラスが単勝一番人気だが、関西のファンが買っているのか北山君推しのエリモジョージ(福永洋一騎乗)が2番人気だ。
 
「エリモジョージって、テンポイントが骨折したレースでも負けたよね」
という僕の質問にも、福田君の弁舌は爽やかだ。
「何言うてますのん。あの後、洋ちゃんが乗って2連勝。強かったでぇ」
 
阪神競馬場に到着した。
 
 グリーングラスを信頼していた僕にも根拠があった。
菊花賞優勝がフロッグでないことを昨年の有馬記念で証明した同馬は、この春念願の天皇賞を快勝。
TTGの3強と云われトウショウボーイとテンポイントがターフを去った今となってはグリーングラスが現役最強馬で
あろう。
 鞍上も関東のリーディングをひた走る新鋭ジョッキー岡部と、申し分ない。
 
 しかし北山君は、妙に強気だった。
確かにダービーでクライムカイザーで負けたトウショウボーイが神戸新聞杯をレコード勝ちに導いたのは福永洋一だろ
う。逆に福永がダービーでトウショウボーイに騎乗していたら、ダービー馬になっていたに違いない。
 
「この3日間、世話になった北山君の面子を立てよう」
と決断する。
 東京までの新幹線代だけを確保して、財布にある現金すべてをグリーングラスとエリモジョージの連勝腹式1点勝負馬券(当時は枠のみ)に替えて握りしめた。
 
昭和53年の第19回宝塚記念はエリモジョージの大逃げが炸裂した。
 
 その日の夜は、京都にもう一泊して四条河原町で盛り上がったことは言うまでもない。
 
おしまい

馬名タイガーマスク

2024-05-02 22:46:39 | 競馬

スピルバーグという名前の馬がいる。父はあのディープインパクト。
 中央競馬で昨年デビューし、4戦1勝の成績だが、2月の重賞レースで3着に入るなど、将来有望だ。
 
 折りしも、スピルバーグ監督の映画「戦火の馬」が、上映中だが、この馬とは関係ない。
 
 但し今回はスピルバーグとは、まったく関係ない話で展開することを、了解願う。
 
 このような、洒落た名前を付ける名物馬主が、山本英俊氏だ。
 
 さかのぼること5年前、山本氏の馬「タイガーマスク」が中央競馬にデビューした。
 山本氏がこの馬にこのような名前を付けたのには、理由があり、ある企画の一環であった。
 
 その企画とは、この馬の賞金を児童福祉施設に寄付しようというのである。
 
 この馬主の企画に、厩舎や騎手も賛同し、賞金の9割が寄付されるプロジェクトになった。
 
 まさに、プロレス漫画の主人公タイガーマスクが、ファイトマネーを自分が育ててもらった施設に寄付するという美談にあやかった命名であった。
 
タイガーマスクのデビュー戦は2007年の5月。
 鞍上に名騎手、武豊。
話題性もあって期待され、一番人気に推されての出走だった。
 
 初夏の東京競馬場の芝コース1600メートルをスタートした。
しかし、スタートから出遅れた。必死に追い込んだが、無念の9着。
 
 その後、秋までに3戦したが、勝利できなかった。
 
 芝の適性も考え、この年の10月、地方盛岡でダートコースに出走するとやっと勝利した。
 その後、地方でもう1勝したあと、中央へもどり再度、武騎手が乗って念願の中央勝利を収めた。
 しかし、足を痛めたり、ノドの手術をしたりと、順調に走れないまま、中央でもう1勝した以降は大差負けを繰り返し、2010年12月に引退した。
中山競馬場で、引退式(写真)も行ったが、何億も稼いだ馬でもなかった為か、大きく取り上げられることはなかった。
 
 13戦4勝、勝った際の競馬は常にスタートから飛び出しての逃げ切り勝ちだった。
おとなしい性格だったので、前に他の馬がいないほうが、力を発揮した。
 3年半の競走馬生活で2000万円ほどの賞金を稼ぎ、このプロジェクトは終了した。
 
競走馬タイガーマスク号が引退して間もない12月25日のクリスマス、群馬の児童相談所に伊達直人と名乗る人がランドセルを10個届けた、との報道がされると、日本各地でこのような運動が広がった。
 
タイガーマスク現象と言われたが、単なる偶然だったのか・・・
 
 引退したタイガーマスクは、おとなしい性格を買われ、中山競馬場で誘導馬として第2の「人生」を送ることになった。
 
 おしまい


天皇賞秋2011

2024-05-02 22:37:58 | 競馬

 ”び~っくり!!” した。
本日、東京競馬場(府中)で天皇賞(2000m)が開催された。
写真が勝った馬「トーセンジョーダン」(父ジャングルポケット、母の父ノーザンテースト)良血馬です。
 競馬好きなら、当然のびっくりで、G1レースで、良血馬がレコード勝ちをおさめた。というお祭りニュースで一番人気のブエナビスタが4着に敗れたと、馬券的には悲喜こもごもです。
 ここでの「びっくり」とは、そのレコードタイム1分56秒1です。
 あの、ウオッカが2008年に記録した1分57秒2を1秒以上更新したのですから・・・
 タイムだけでいえば、今回6着のナリタクリスタルまでがレコード更新ですので、馬場状態や展開が良かったからこその結果でしょう。
 昔と比べるべくもないが、私が東京競馬場に通いだしたころは、東京の2000mを2分以下で走る馬はいなかった。
トウショウボーイが2000mの皐月賞を勝った年、むちゃくちゃ速いな~と思ったが、2分01秒6(この年、皐月賞も東京コースだった)
 コースは違うが、その年の神戸新聞杯で、そのトウショウボーイが1分58秒9のレコードを出したのは、かなり馬券を張っていたことと、杉本清アナの「恐ろしい時計です、これは恐ろしい時計です!」の有名な実況を気持ちよく聞いていたので、記憶に鮮明です。
 繰り返すが、時代も違うしコースや展開も違えば、あたり前なのかもしれない。
 しかし、1分56秒1・・・東京コースは最後に上り坂がありきつい・・・
 競走馬は1秒につき、15m以上走る(ちなみに、短距離レースでのすごい人類は1秒につき10mくらい走る)
 当時驚いたトウシュウボーイが、もし今年の天皇賞に出て、2分で走ったとすると、勝った馬からの着差は60m以上あるということになる。
大差負けなのである。
 
私の青春はなんだったのか・・・笑・・・

おしまい