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勝負馬券物語1

2024-05-01 16:26:22 | 勝負馬券物語

 「ええっ!洋ちゃんが乗る?」
武蔵小金井北口の喫茶店パティオで、モーニングサービスを食べていた小生はスポニチの競馬欄を見て、少し大きな声をだした。
 隣で新聞を覗きこんだ松本さんも「ほー!」と関心ありげな様子。
 
 この8ヶ月前の(昭和51年)1月、マージャン仲間の松本さん、安部さんとで、東京競馬場に通い始めた。
 
 数年前、小生が高校生だったころ、ハイセイコーブームがあった。
NHKで放送されたハイセイコーを田舎の実家のテレビで見ていたが、まさか自分が競馬場(それも東京の)に行くことは想像してはいなかった。
 ところが、たまたま自分が入学する大学が東京の府中市にあり、そこに東京競馬場があるという。
 ちなみに入学した大学は理科系の小規模な単科大学なので、学校案内に特筆すべき項目が極めて少なかったが、唯一スポーツ系で馬術部の全国レベルでの活躍をうたっていた。
 後に聞いた話だが、この学校の獣医学科から、競馬会に就職する獣医がいるとのこと。そのツテで、競走馬としては引退したものの跳躍力の優秀な馬を優先的に分けてもらえるらしい。
その結果も手伝って、馬術部は強いのだということだった。
  
 田舎から、せっかく東京に来たし、競馬も経験したかった。
入学早々、物見遊山で友達数人と府中駅から歩いて競馬場に行ってみた。
しかし、かってが分からず、どうやったら馬券が買えるのかも分からない。
 友達の中には「学生は馬券を買っちゃいけない」と、ひたすら主張するビビリ野郎がいたりして、数レース見ただけで帰ってきてしまった。

 この年は、2年前のハイセイコーブームが、うそのように観客は少なかった。
この昭和50年はあのカブラヤオーが無敗でダービーを制覇した年だった。それなのに、小生の初めての競馬場体験時に、正しく競馬に導いてくれる先輩と行かず、ビビリ野郎と行ってしまったことは、実に残念なことであった。
 このような訳で、昭和50年は競馬とは無縁の生活だったので、カブラヤオーもテスコガビーも生では見ていない。
 
 この年が明け、正月帰省から東京に戻ってマージャン室を覗いた小生に「明日、競馬行こうよ」と声をかけてくれたのが、松本さんだった。
 
 小金井からは中央線で西国分寺に行き武蔵野線に乗り換え、2駅目の府中本町から歩くと数分で東京競馬場だ。
 松本さんと安部さんは、マージャン仲間なので、気心が分かっていた。
二人とも実にさっぱりした性格で後腐れがない。
何より頭が良かった。小生より一つ年長だが、あまり遠慮なく会話ができた。

 小生は、競馬は馬が走るので、予測するのは困難であると認識していた。
現に、競馬新聞を買って予測して馬券を買っても、さっぱり当たらず、お金が増えるイメージがない。
 数千円の軍資金を使い果たして(帰りの電車賃だけは確保して)帰ることが続いた。
 
 ところが、松本さんは勝負強かった。
小生が、まったく予測もしなかった馬がよく的中した。
 
 松本さんは勝つとタクシーで帰ると言い出す。とは言え、軍資金が乏しい貧乏学生が勝ったと言っても、せいぜい数千円のことで、その男気が、かっこよかった。
 
 1月の下旬、新馬戦にトウショウボーイという馬が登場した。
小生が競馬にのめり込んでいく「きっかけ」を作った馬だ。
 
3週連続で負け続けて、今日も松本さん達と競馬場に来てしまった。
 
 しかし、今日は小生なりに作戦があった。
 
松本さんの勝ちパターンを冷静に見ていると、連勝複式馬券より単勝馬券もしくは複勝馬券で貯金している。
 小生はこれまで、単勝や複勝は倍率が低いので、利益の効率が悪いと思いこんでいた。
 11PMで、大橋巨泉さんが、3点買いで「ウッシッシ!」と言っていたので、競馬って、連勝複式馬券を買うものと思い込んでいたのだ。
 しかし、どうも現実には巨泉さんより、松本さんの買い方のほうが、正しいのではとの疑いを持ってきたのだ。
 
 そう、小生の場合、惜しい馬券が多かった。よく、1着―3着で外れる。
 
1着は当てているのに、2着に予想していない馬がくる。
その結果、当たらない。
 
 そこで、硬そうな単勝を買ってみようとしていた矢先、今日の新馬戦に各競馬予想紙が、ほとんど2重丸をつけている馬を発見したのだ。
 昨日、武蔵小金井のキヨスクで、競馬ブックを買った。
おばちゃんが嫌な顔をしているのを無視して、全ての専門紙を広げて見て確認したから間違いない。
 
「トウショウボーイ」
 
 なにか、名前からして、強そうだ。
サラ4歳新馬戦 芝1600m のレースだ。

しかし、何でこの時期に新馬戦なのだろう?
 
 多くの競争馬は3歳の夏以降にデビューする。(当時の馬齢は生まれた時を1歳としていて数え年なので3歳だが、現在は生まれた時は0歳と変わったので、デビュー年齢は2歳となっている)
 つまり、3歳時には競馬をしていないのだ。

「まあ、そんなことは、どうでも良い」
とにかく、今日は馬券を買うパターンを変えて、何としてでも、勝って帰る決意だ。
 そして出来れば、松本さんと安部さんをタクシーに乗せて小金井に帰り、千成亭でニラ肉炒め定食に餃子を付けてビールで乾杯したい。
 実は3週連続で、松本さんと安部さんに奢ってもらっており、今週こそは自分が勝って、ご馳走したい。
 
 トウショウボーイの単勝のオッズは、3倍だった。
新聞の解説欄を見ると、調教タイムが抜群にいいとある。しかし、レースで走っていないのに、調教タイムだけで、判断できるのだろうか・・・少し不安。
 
 今日は気合を入れて、5000円の軍資金を用意した。
 
 ちなみに、小生の先週までの馬券の買い方は、1日のレースの数で軍資金を割った金額が、1レースに投資する目安だ。
 具体的には、3000円持って競馬場に行って10レース買うとすると、1レース平均は300円となる。
 しかしながら、200円の連勝複式馬券を大橋巨泉の11PMの予想通りに3点買いすると、600円が最低必要となる。
 従って、3点買いすると、予算オーバーだ。
 だったら6000円を持っていけばよいのだが、当時の貧乏学生の感覚として、普通のアルバイト先の日給が3000円という時代、日給より高い軍資金は考えにくいという事情もあった。
 又、買うレースの数を減らせばよいのではとの意見もあるだろう。しかし、競馬場に1レースから行って、ただ見ているのは切ない。
 
 もっとも、巨泉さんの必勝法の3点買い(3頭の馬を予測し、三つ巴に連勝複式馬券を買って、予想馬3頭のうち2頭が1着、2着すると馬券が当たるという考え方)で序盤から当たる場合もあるので、その配当で軍資金が増えれば理想だ。そうなれば競馬は楽しいし、最終レースまで、遊べる理屈となる。
 ただし、現実は理想通りにはいかなかった。
これまでの3週間はメインレース前に軍資金が尽きてしまい、結果、両名に晩御飯までお世話になり、肩身の狭い思いをした。
 
 昨日は考えに考えた。
そして、このトウショウボーイという馬の単勝を買うと決意した。

オッズは3倍、特券を買えば2000円儲かる計算だ。
 
しかし、特券は買ったことがなかった。
 
 特券とは1000円馬券のことで、特券の売り場は常に空いていた。
先日、松本さんが、200円券の売り場が混雑して、締め切りのベルが鳴り出したとき、慌てて特券売り場に駆け込んで買った複勝馬券がみごとに4倍を付けて、びっくりした。
 ちなみに、当時は200円券と1000円券しかなく、売り場が分かれていた。

 松本さんはこの時、複勝馬券を400円買うつもりだったようだ。
しかし混雑で締め切られることを恐れて、やむなく特券売り場で買ったが、この時はあくまで、非常事態の臨時措置だった。
 買った馬が2着に入り、当たったから良かったが、来なかったら1000円を捨てたことになる。
 
 通常、あの売り場で買う人は、よほどの金持ちなのだろう。
 
 清水の舞台から飛び降りるくらいの思いで、トウショウボーイの単勝を1000円買うことを決意して、競馬場に着いた。
 
 トウショウボーイのレースは3レースなので、1レースと2レースは200円券を少し買ってお茶を濁し過ごした。
 第2レースを見るために、馬券売り場から、馬場へ移動した3人だったが、小生は一刻も早くトウショウボーイを見たかった。
 2人に断り、第2レースを見ることなく、小生はパドックへ向った。
 
 小生の単独行動に、松本さんと安部さんは不思議そうだったが、第3レースの前には、ゴール盤の前で会う約束をした。
 
つづく



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