ゴールドシップのアクシデントで宝塚記念は騒然となった。結果は川田騎手の巧騎乗でラブリーディが快勝。
この競馬を見ながら、初めて阪神競馬場に行った日のことが蘇った。
・・・
「今から新幹線に乗れば新宿場外で馬券買えるから帰るよ」
天井の木目模様がトウショウボーイの顔に見えた僕は呟いた。
伝統ある化学系大学の卓球の交流戦2日間が終了したが、すっかり仲良くなった京都工繊の北山君らと深夜まで飲んでしまった。
本来なら、昨日のうちに東京に帰る予定だったのだが、北山君のアパートで雑魚寝してしまったのだ。
「なんで、こんなところで寝ていたんだっけ?」
と目が覚めて、そのまま天井を見つめたら昨年の宝塚記念勝馬のトウショウボーイが見えたということだった。
時計は10時を指していた。
「馬券って、宝塚記念のことかいな?」
北山君が聞く。
「あれ、北山君、競馬やるの?」「グリーングラスのテッパンだから、単勝買おうかなって」
ここで北山君が意外にも猛反発してきた。
「何言ってますのん!」「ヨーちゃんに決まってます」
関西独特の尻上がりの言い回しだ。
北山君は3回生。責任感の強いキャプテンだった。
真面目そうな振る舞いから競馬などやりそうな雰囲気はなく、この反応には少し驚いた。
「ヨーちゃん?、福永洋一のこと・・・」
「洋ちゃん、知りませんのん?」
「いや、知ってるよ。一昨年(おととし)の秋トウショウボーイに騎乗してたからね」「神戸新聞杯のレコードの時の馬券はシコタマ取ったし」
「関西では福永洋一のことをヨーちゃんと呼ぶらしい。気安く・・・」
と思いながら、北山君に引率された我々は、阪神競馬場に向かっていた。もちろん関西地区の競馬場は初めてだ。
昨日までの律儀で真面目な北山君とは人が変わったように、洋ちゃんを語る。やけに詳しい。
この当時の競馬は、実質的に東西で別々に行われていた。どちらかと云えば東高西低。
テンポイントは関東でも人気があったが、それは特別に強い馬だったし、杉本清アナウンサーの実況中継が面白かったからだ。
京都駅で競馬ブックを買ったが、関東とは予想しているメンバーが違う。
オッズはグリーングラスが単勝一番人気だが、関西のファンが買っているのか北山君推しのエリモジョージ(福永洋一騎乗)が2番人気だ。
「エリモジョージって、テンポイントが骨折したレースでも負けたよね」
という僕の質問にも、福田君の弁舌は爽やかだ。
「何言うてますのん。あの後、洋ちゃんが乗って2連勝。強かったでぇ」
阪神競馬場に到着した。
グリーングラスを信頼していた僕にも根拠があった。
菊花賞優勝がフロッグでないことを昨年の有馬記念で証明した同馬は、この春念願の天皇賞を快勝。
TTGの3強と云われトウショウボーイとテンポイントがターフを去った今となってはグリーングラスが現役最強馬であろう。
鞍上も関東のリーディングをひた走る新鋭ジョッキー岡部と、申し分ない。
しかし北山君は、妙に強気だった。
確かにダービーでクライムカイザーで負けたトウショウボーイが神戸新聞杯をレコード勝ちに導いたのは福永洋一だろう。逆に福永がダービーでトウショウボーイに騎乗していたら、ダービー馬になっていたに違いない。
「この3日間、世話になった北山君の面子を立てよう」
と決断する。
東京までの新幹線代だけを確保して、財布にある現金すべてをグリーングラスとエリモジョージの連勝腹式1点勝負馬券(当時は枠のみ)に替えて握りしめた。
昭和53年の第19回宝塚記念はエリモジョージの大逃げが炸裂した。
その日の夜は、京都にもう一泊して四条河原町で盛り上がったことは言うまでもない。
おしまい