すでに、パドックでは第3レース出走の馬が、巡回を始めていた。
鹿毛と競馬新聞には書いているが、トウショウボーイは、少し黒っぽい印象だ。
馬券は買うと決めているので、見る必要はないのだが、なにせ大きな投資をする馬に会っておきたい。
まあ、見たからといって、何も分からないのだが・・・
リズムよく、歩いているように見える。
何か、やさしい目をしている。
「これは走る」「に、ちがいない」と、トウショウボーイだけを見た小生は、他の馬を見ることもなく、特券売り場に向った。
あとで知ったことだが、このレースには、この年の菊花賞馬となるグリーグラスや、後にミスターシービーを産むシービークイーンも出走していた。
ミスターシービーは1983年の3冠馬となるが、父は言わずと知れたトウショウボーイだ。
このレースのパドックを最初から見ておきながら、トウショウボーイしか見ずして、馬券を買いに走ったという事件は小生の人生の3大失態の一つに数えられるが、これも初心者のなせる業とお許しいただきたい。
ともかく特券売り場に走った。
初めての特券売り場だが、馬券を売っているおばちゃんに、初めてだと見えてしまったらなめられる。
右手に競馬ブック、右耳に赤鉛筆をはさんだ小生は、売り場の鉄格子を左手の指で引っ掛けて、売り場のおばちゃんを斜に見ながら、
「3レース、トウショウボーイの単勝、特券で・・・」と言った。
自分では、パドックからの道すがら何度も、呟きながらシュミレーションしてきた言葉だった。
スムーズに言えた。と思った。
ところが、おばちゃんは小生が予想もしない質問を返した。
「何枚ですか?」
一瞬、何を聞かれたのか戸惑った。
もちろん、十分ありうる想定問答だが、当時の小生は特券(1000円券)を複数枚買うという可能性があることついて、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
動揺した小生は、うかつにも「1枚ね」とは答えなかった。
見栄をはってしまった。
「ああ、サッ、3枚、チョ、ちょうだい」
少し声が上ずって、ドモッてしまった。
1月下旬の東京はジャンバーを着ていても寒い。
しかし、体が熱くなって、首筋から汗がでた。
東京の芝1600mのコースは中央高速道路の下、向こう流しからスタートする。
ゴール盤前で、松本さんと安部さんと再会し、レースを観戦した。
トウショウボーイは先行した。
欅の向こうにさしかかり、2馬身ほど先行している。
ゴール盤前にいるので、残念ながら4コーナーはよく見えない。東京コースは最後に上り坂があるので、角度の関係で、見づらいのだ。
各馬が横に広がって、坂を上ってきた。
内ラチに沿ってトウショウボーイが最初に見えた。
美しい走りだった。
他の馬は首を上げて、必死に走っているように見えるが、トウショウボーイは首を上げないで走る。
「そのままー」と松本さんが叫んでいる。
小生は息を呑んで、見つめていた。
外から来る馬はトウショウボーイに迫ることは出来なかった。
1着でゴールイン。
圧勝だった。
松本さんと、両替所に並んだとき、トウショウボーイの単勝馬券に3000円投資していたことを話した。
これには、松本さんもびっくりし「よく思い切ったなぁ」とあきれるやら、感心するやらだったが、おばちゃんの質問に動揺して、購入金額が増えたことは、隠した。
9000円が払い戻され、初めての高額配当に、手が震えた。
この日は好調だった。
トウショウボーイで増やした6000円を財布の別ポケットに温存したまま、午後からのレースも少しずつ当てた。
メインレースこそ外したが、最終レースの際、洒落で買った8-8のぞろ目の馬券が的中し、今月の負けを全部取り返した。
当然、タクシーに3人で乗り込み、小金井へ向った。
小生が予定していた千成亭ではなかったが、安部さんなじみの居酒屋で、寄せ鍋を食べた。
しめの雑炊が、いやに美味しかった。
2月下旬、3月下旬のレースも圧勝したトウショウボーイは、関東馬の代表格として、皐月賞の出走権を得た。
皐月賞は、クラシックレースの第一弾で、ダービー、菊花賞と合わせて4歳牡馬が目指す最高峰のレースだ。
2月、3月のトウショウボーイのレースでは、おいしい馬券を取り続けた小生はすっかり、この馬にかぶれていた。
皐月賞が近づくと、新聞が盛り上がってくる。
ところが、日刊競馬やサンスポはトウショウボーイが強いと書いているにも関わらず、報知新聞やスポニチはテンポイントという馬が強いと書いている。
テンポイントは関西から来た怪物と言う評価で、東京4歳ステークスで優勝したレースを実際に見た。
勝つには勝ったが、半馬身差の辛勝で、新聞でいうほど強い印象はなかった。
新聞によると、テンポントは中山で先日あったスプリングステークスでも優勝したものの、2着馬とは首差だった。
余談ではあるが、小生がテンポイントについても関心があったのには、理由があった。それは、残念ながら強いとか、速いとかいう理由ではない。
1月に見た東京4歳ステークス(トキノミノル記念、現在の共同通信杯)では、奇妙なことがあったのだ。
このレースは、出走前のパドックの柵に、テンポイントと書いた横断幕が、ひろげられた。
「馬を応援する横断幕・・・・?」
当然のことだが、このような横断幕がのちに流行することを予想していない小生は、「馬は字が読めないのに・・・」と笑った。
確かに、誰かが横断幕をわざわざ作って出すほど、熱心なファンがいるんだと、印象深かった。
しかし、テンポイントと比べれば、わが「トウショウボーイ」は常に圧勝だった。
「これ見よがしの、テンポイントとやらに負けるわけがない」
と思った。
皐月賞が近づいた。
つづく
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