Miraのblog

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ギターかついで  1 上京編

2024-04-28 17:34:20 | ギター担いで

昭和50年の4月上旬、府中キャンパスの体育館の前の階段で満開の桜を見ていた。

 木漏れ日が暖かく、時おり吹く風に花びらが舞った。

 確かに2時と言われた。と、昨日の夜を思い出していた。

 「新入生の○○君、面会人です」と館内放送があった。

入寮したものの、部屋が決まっておらず、寮委員の稲森さんの部屋で2泊した。
 やっと部屋を割り当てられて、3棟の304号室で前寮長の北村さん(4年生)のとなりのベッドに西友で買ってきたカーテンを取り付けていた。
 「今の君じゃないの?」と北村さんが言って、自分の名前がアナウンスされていることに気がついた。
 私が戸惑っていると、「玄関にだれか来てるんだよ」と教えてくれた。

 小生がこの学校に行くと決断したのは、つい5日ほど前のことで、親戚や友達に住む場所を知らせていない。 
 親が東京の親戚に知らせたのかな?などと考えながら、玄関に急ぐ。

 夕方の6時くらいだったろうか。 
まだ玄関の電気はついておらず、暗く閑散としていた。

 だれもいない?・・・いや、ひとりいた。玄関の赤電話の前の椅子に黒い服を着た人が後ろ向きに座っていた。
 知らない人だった。戸惑って立ちすくむ小生にその男が振り向きながら立ち上がった。
 「お前が○○か・・・?」「4年の小村だ」「大木から聞いたよ。明日、農学部体育館で2時から練習な!」

 大男だった。一方的にしゃべり、玄関から出て行った。
 威圧感があり、小生は「はぁ・・・」としか答えられなかった。

 大木という名前は聞き覚えがあった。
昨日、稲森さんの部屋であった人だ。稲森さんと同級生らしい大木さんは、赤い半そでシャツと短パンの卓球のユニフォーム姿でシェイクハンドのラケットを握って部屋に現れたのだった。

 モーリスのギターを抱えて、田舎から上京した新入生に、寮委員の稲森さんは親切だった。
「田舎はどこで、なんという名前の高校なのか」とか、「高校時代は何をしていたのか」とか色々と聞いてくれた。
「卓球やってたんですが、大学ではギターをやるつもりです」「ビートルズやりたいです」と小生はフォークギターのDコードを指で押さえ、Here Comes The Sun のイントロを引いた。

(ちなみに写真は、ジョージハリソン)

「音楽なら軽音楽かな。卓球部なら、同級生がいるよ」と稲森さん。

「卓球は、もういいです。散々やりましたから」と小生が答えたにも関わらず、稲森さんが、わざわざ呼んで、来てくれたのが、大木さんだった。

「いま、そこの工学部の体育館で合宿やってんだ。来る?」部屋に来るなり、大木さんは言った。
 小生はびっくりしたが、「いや、卓球部には入るつもりはないんです。それにウエアーも持ってませんし・・・」
 「そう・・・」と大木さんは帰っていった。

 その次の日の出来事が、小村さんという大男の出現だった。

 なんか恐そうな人だった。

 普段は虚勢を張っているが、実際のところ小心者の小生は、次の日の1時過ぎに電車とバスを乗り継いで、農学部の体育館にたどり着いたのだった。

 体育館は閉まっていた。
「少し、早すぎた・・・」「2時まで待とう・・・」
 桜の花びらが、ヒラヒラと落ちている。

 2時を過ぎた・・・が、誰も来ない。
「ひょっとして、場所がちがうのかな?」と思い、体育館と並びの生協に行って、「農学部の体育館ってここだけですか?」と確認するも、間違いなくここにしかないという。

「3時の間違いだったのかもしれない・・・」
体育館の前の階段に座って桜を眺めるしかなかった。

 2時40分を回った頃だった。
誰かが小走りで走ってきた。サンダル履きだ。

「おうー、悪い悪い、今日練習ないんだ!」

あとで知ったことだったが、このサンダル履きの人は3年生の岡部さんで、卓球部の現キャプテン、そして、昨日現れた小村さんは4年生で、前キャプテンだった。

 岡部さんは、生協方向に小生を導き、自動販売機の前で、「オレンジで、いいか?」と100円のジュースを差し出して言った。
「お前、マージャンやる?今から葵でマージャンなんだ」

10分後、小生は府中刑務所の横の小さな商店街にある雀荘「葵」で岡部さんと岡部さんの同級生で、卓を囲っていた。
 「富岡さんが遅れてくるから、助かったよ」と、小生が面子に加わって、ちょうど4名になったことを岡部さんは言った。
 富岡さんが、到着しないまま半チャン5回くらいやった。

 いきなり知らない大学生と卓を囲んだことと、東京では食いタンであがれるという小生が経験したことのない「アリアリ」というルールだったので、緊張した。

 富岡さんが到着したときには、すっかり暗くなっていた。

 小生は少し負けていたと思うが、「いいよ、いいよ」と雀荘代も払ってもらい、皆で国分寺に、ご飯を食べに行くことになった。

北口の「月海」に入った。
富岡さんの行き着けの店だった。
山形の月山という原酒がおいしいらしい。

 小生は、酔っ払って、今回の経緯を説明した。

 富岡さんは笑いながら「それは、ひどい目にあったなぁ」「小村さんは、いっつもそうなんだよ」と小生と小村さんの出会いのことを言った。

 今日、農学部で練習があると思っていたのは、小村さんだけで、小村さんは前キャプテンにも関わらず、この手の勘違いが多い人だと言う。

少し打ち解けた小生は「なんか、恐そうな人だったので・・・」とつい本音を言って、ついでに「卓球は高校で限界を感じましたので、大学ではギターをやろうかと思ってます」と打ち明けた。

つづく

 



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