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NHK物語 3

2024-04-28 19:46:22 | 小説「NHK物語」

NHKのことは忘れていた。
 
 11月2週目の学園祭に向けて、寮の大部屋を借りて合宿に入っていた。
 卓球部のイベントは10年以上の歴史がある多摩地区の卓球大会の運営だった。
明治の元勲、大久保利通公創設の当校の学園祭は、朝市で安い新鮮な野菜が買えることや、自家製カルピスが配られたりして、地元では人気がある。
 
参加する100チームほどの卓球の選手達も安い参加費で学園際を楽しみながらの大会だった。
 家族で試合を応援に来て、試合の合間に買い物も出来るし、負けてしまったチームも学園祭を楽しんで帰る。
数年前、存続の危機があったが、私たちの年代で確立した大会に仕上げていかなければならない。
  準備も佳境で、忙しかった。
ちょうど明日に迫った大会の運営に関する打ち合わせを、下級生幹部としていたとき、小生に「お電話」のアナウンスがあった。
前にも書いたが、「電話」は男で、「お電話」は女の人からの電話だ。
  合宿所の皆が「ヒューヒュー」いう中で、小生は「ちょっと、待っててな」と、寮の廊下にある内線を取った。
 
確かに女性の声だった。
 
「私、オサダ事務所の者ですが」
 
女性は私の名前を再確認すると、意外なことをいった。
「NHKの試験を受けましたよね?」
 
オサダという名前は一人知っていた。
こちらは知っていたが、先方は小生を知らない。
「長田裕二?」
 
 小生が高校生のとき、参議院選挙があった。
全国区の選挙ポスターを貼って来てくれと、親父に頼まれた。
そのポスターの候補者が長田裕二という名前だった。
 
  選挙にまったく興味のない小生は言われるまま、言われた数箇所の場所にポスターを貼った。
今、考えてみると、全国郵便局長会が推薦していた候補者だったのだろう。典型的な郵政族議員だ。
  夏休み帰省時、親父が、なにかの大臣になったと言っていたことを思い出した。
 
その大臣事務所の人が何故、NHKを受けたと知っているのだろうか?
 
 電話なので表情までは、わからないが、何だか上から目線の質問に感じた。
「はい受けましたが」と、素直に答えると、女性は意外なことを言った。
 
「少し、点が足りないんですよ」
 
何を言っているのか、分からなかった。
答えようがないので、少し考えていた。
 
女性は少し、優しい口調になって、再度繰り返した。
 
「少しだけ、合格点に足りないようなんです」
 
小生はやっと頭が回り始めた。
つまり、大臣ともなると、国営放送の採用者の合否なども知ることが出来るのかもしれない。もしかすると、選挙で応援したことなど考えあわせると、田舎の親父が頼んだのかもしれない。
 
 でも、点が足りないと言う。
 
商社の内定はもらったが、もちろんNHKなら喜んで就職したいと思う。が、点数が足りないとの連絡だ。
合格通知なら歓迎だが、不合格の通知を、よりによって、議員事務所が教えてくれたのだ。
なぜか、隣の席で試験を受けた慶応の学生のことを思い出していた。
「あの野郎、口ほどにもない奴だ・・・」と、心の中でつぶやいた。
 
少し複雑な心境だったが、そもそも期待していなかったので、冷静を装い「わざわざ、お知らせありがとうございました」とお礼を言った。
 
ところが、又も女性の口調が上からに変わった。
 
「それで、いいんですか?」
 
小生「点が足りないんですよね?」
女性「はい、足りません」
 
「じゃぁ、しょうがないですよね」「ありがとうございました」と言って電話を切ろうとすると、
 
「本当に、それでいいのですか?」
 
忙しかった小生は「落ちた人にまで、お気遣いありがとうございます」と言って電話を切った。
 
しばらく、この出来事も忘れていた。
 
自分の学校での開催にも関わらず、多摩地区の強いチームが出てくるこの大会で小生の学校のチームは、ベスト8にも入ったことがない。
1チーム4人で運営されるこの大会は、2人が絶対的に強いと勝ち進む。ダブルスが1試合シングルスが4試合の合計5試合、3試合先取で勝敗が決まる。
強い2人がシングルスで勝って、ダブルスも組んで勝てば、あとの2人は弱くていいのだ。
   小生と1年生の後半からダブルスを組んだ水沼君が絶好調だった。小生も学生最後の試合との思いが強く、集大成の試合を続けた。
 
   結果は、準々決勝で法政大学(レギュラーチームではなかったが)を破ってベスト4に入ったのだ。
残念ながら準決勝では、優勝した国立のクラブチームに惜敗するも、これは快挙だった。
 
卓球を続けてよかったと、心から思った。
卓球人生の最後にベストゲームができた。
 
この時もらった3位の盾は我が家の家宝となった。
 
このような興奮もあって、NHKのことは忘れていた。
 
つづく



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