一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

過去最大の株価下落と円高加速、注目される政府・日銀のメッセージ

2024-08-05 13:23:49 | 経済

 米景気失速懸念と7月の日銀利上げに端を発した急速な円高が複合し、5日の東京株式市場を直撃した。日経平均の下げ幅は、1987年のブラックマンデー翌日に記録した3836円48銭を上回る4451円28銭安となり、3万1458円42銭に大幅下落。ドル/円は142円台までドル安・円高が進行し、日本株の下値不安を増幅させた。

 背景には、米景気失速懸念の強まりによる市場の米利下げ幅拡大の思惑がドル安・円高の流れに拍車をかけ、不安心理を大きくさせるメカニズムが発動したことがある。また、7月31日の日銀による0.25%の利上げとその先の利上げ継続の姿勢が、この地合いでの円高進展を後押ししたとの市場参加者の見方が広がっており、「日本株は円高に弱い」という円高恐怖症が久方ぶりに目覚めた格好だ。

 日経平均は7月11日の高値4万2426円77銭から1カ月足らずで25%も下落し、個人や投資家の心理に下押し圧力がかかってしまった。これまで円安による物価上昇の消費に対するマイナスの影響を懸念してきた政府・日銀が、株価大幅下落と円高の影響をどのように評価しているのか──。岸田文雄首相ら政府首脳と日銀からのメッセージに市場の関心が集まりそうだ。特に8月7日の内田眞一・日銀副総裁の講演と会見内容にスポットが集中するとみられる。

 

 <午後の下げ、強制決済と欧州勢の売りで加速>

 今回の日本株下落によって、多くの市場関係者が深刻な痛手を受けている。相場の下落に伴って信用取引における委託証拠金の最低維持率を下回った場合は、維持率を回復させるための新たな入金が市場参加者に求められるが、指定された日時までに入金がない場合には証券会社が当該銘柄を強制的に売却する「強制決済」が実行される。5日午後の下落幅拡大には、この強制決済の結果がかなり影響した可能性があると複数の市場関係者は指摘する。

 こうした損失の膨らんだ個人投資家の中には、今年に入って株式投資を始めた若い世代の投資家が多く含まれているとみられ、しばらくは株式売買から手を引く可能性が指摘されている。

 また、銀行や事業法人による売買においても、下落幅が大きいために社内ルールでロスカットに追い込まれ、その後はしばらく株取引を手控えるというケースも多くなりそうだとの観測も出ている。 

 昨年末・今年初から約7カ月かけて上昇してきた日本株は、7月11日からの1カ月足らずで昨年11月初めの水準近辺まで「逆戻り」し、この先に市場における新たな底値が確認されたとしても、国内勢の買い手が薄い状態になる可能性が高まっている。 

 また、5日午後の取引における株価の下落幅拡大では、個人の投げ売りに加えて欧州勢など海外勢の日本株売り・円買いの動きが目立ったとの声が出ていた。海外勢は今年7月の日経平均株価の高値更新の局面で、ドル買い・円売りのキャリー取引と日本株買いの取引を積極化させていた。

 

 <復活した円高に弱い日本株のトラウマ>

 ところが、7月31日の日銀利上げと追加利上げの可能性を指摘した植田和男総裁の会見での発言をきっかけに、円売りポジションの巻き戻しを一段と活発化させ、そこに2日発表の7月米雇用統計における米失業率の悪化などが加わって円売りの流れが加速。5日の東京市場でドル/円が一時、142円ぎりぎりまでドル安・円高が進む地合いの形成につながった。

 今回の大幅な日本株下落は「円高に弱い」という体質が変わっていないことを市場に印象付け、円高と株安のリンクが起動すると、不安心理が増幅されてパニック的な心理が広がるということをあらためて明らかにした。

 それと同時に、米利下げ局面がスタートしようとしているところでの日銀利上げが、市場心理を刺激しやすくし、円安基調から円高加速という大きな市場の流れの転換が、いとも簡単に現実化するということも白日の下のさらしたともいえる。

 

 <サームルールで米景気後退意識>

 その市場心理の激変に大きな影響を与えたのが、7月米雇用統計の結果だった。失業率が6月の4.1%から4.3%に上昇し、非農業部門の雇用者増も予想の17.5万人を下回る11.4万人に減少。6月のデータも20.6万人から17.9万人に下方修正した。

 市場は米連邦準備理事会(FRB)の利下げが後手に回っていると危機感を示し、米株安・米長期金利低下・ドル安で反応した。特に失業率が4.3%に悪化し「サームルール」によって、リセッション開始の可能性が高まったとされ、市場心理の悪化を一段と促した。サームルールでは、失業率の3カ月移動平均が、過去12カ月の最低値から0.5%ポイント超上昇した場合、景気後退に陥る可能性が高まるとしている。

 

 <年内3回のFOМCで125bpの利下げ織り込むマーケット>

 この結果、マーケットは年内3回の米連邦公開市場委員会(FOМC)のうち、9月会合で50bpの利下げが行われ、11月も50bp、12月は25bpの計125bpの利下げ実施をほぼ織り込んでしまった。これが、142円台への円高進行に大きな影響を与えた。

 ただ、非農業部門の雇用者増が11.4万人というのは、経済の「ソフトランディング」のライン上を走っているデータと解釈でき、2日のNY市場の反応は過剰ではないか、と筆者は考える。5日に発表される7月の米供給管理協会(ISM)非製造業総合指数が強めの結果になれば、米株に買い戻しが入り、ドル/円もドル高・円安方向に戻る可能性がある。そうなれば、東京市場のパニック心理が収束する方向に向かい、日経平均株価に下げ止まりの兆しがみえるかもしれない。

 他方、5日午後(東京時間)のナスダック先物は4%台の大幅下落で推移しており、この日の東京市場のパニック的な株売りが、グローバルな株安連鎖のトリガーを引いたという深刻な懸念を示す市場参加者もいた。

 

 <注目される政府・日銀からの情報発信>

 中には、31日の日銀利上げが5日の過去最大の日経平均株価下落につながったとし「植田ショック」と呼ぶ参加者まで見られた。

 急速な円高進行と1日で過去最大となった日経平均株価の下落について、政府・日銀がどのようにみているいるのか、何か政策対応する方針があるのか、といった情報発信が必要な地合いになったのではないか。林芳正官房長官が5日の記者会見で「引き続き緊張感を持って市場の動向を注視していきたい」「経済財政運営に万全を期す」と述べたが、これだけでは市場心理の鎮静化には結びつかないだろう。

 日銀は7日の内田副総裁の講演と会見で、1)今回の株価急落と円高の要因分析、2)市場変動による経済への影響と個人や企業への悪影響の可能性、3)米経済悪化の可能性と来年の賃上げへの影響、4)植田総裁が示した今後の利上げ継続の可能性を含めた利上げパスに関し、今回の株価下落によって何らかの影響を受けるのか──といった点について言及されることが望ましいと考える。

 政府・日銀にとって、想定を超える「夏の大波乱相場」となったことは間違いないだろう。

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