「御使い」10/16~/31までの法話

2013-10-16 15:21:57 | 法話

 「御使い」<o:p></o:p>

  真鏡山の天辺に目通り四寸ばかりの、枯れて倒れた松があった。今にも毘沙門堂の屋根に落ち掛からんばかりである。そこで、辯天堂の建方の合間を縫って、達谷西光寺番匠識佐藤時男棟梁と菅原東一大工が伐採に向かったのだが、折れた松の根元に、今まで見たことのない変わった色の蛇が絡み付いているのを見つけて、二人は仰天した。どかそうとしたが、逃げる気配は微塵もない。そこで、松が落ちないように縄で縛ってから、菅原大工が蛇を解いて、山へ放してやったという。上棟式の三日前のことである。「蛇が巻き付いていなければ、松は落ちていただろう」、と菅原大工はいう。棟梁は「あれは辯天様の御使いの蛇だ。落ちないように押さえていたに違いない」と真顔で語った。<o:p></o:p>

 九月二十八日に目出度く辯天堂の上棟式が終わったので、先ず屋根を掛け、雨掛りしないようにしてから、回廊、床工事に進むのだが、職人の作業を見守るように、二匹のヤマカガシが蝦蟆ヶ池を泳ぎ回り、剰え普請中の材料の上に乗って動かない。材木を使うため追い払うと素直に従うのだが、のちに戻ってきて、じっと見ているという。菅原大工は「現場監督のようだ」と笑う。<o:p></o:p>

 そのヤマカガシだが数匹はいるらしく、三つの鳥居に沿って蝦蟆ヶ池の前を流れる照井堰を上り下りしているのである。黒門付近では参拝客が大騒ぎで、職員が追い払うものの、達谷西光寺では蛇こそ辯天様の御使いとされ、酷い目に遭うことはないと知っているらしく、泳ぐ姿はのんびりしたものである。<o:p></o:p>

 それだけではない。十月三日にはアオダイショウが毘沙門堂内陣の戸棚の後ろに隠れるのを職員が見つけた。すぐに追いかけて探したのだが、どこにもいない。職人達は、「右陣に遷座まします辯天様に、工事の進み具合を御報告に行ったのだろう」と口を揃えるのだが、水辺に暮らすヤマカガシはあの高い毘沙門堂に登れないから、連係プレーである。<o:p></o:p>

 辯天様の御使いの蛇の現場監督のもと、職人達は、度重なる奇瑞に恐れ戦きながらも、真剣な眼差しで手練の技を振ってくれたのである。かくして、工事の進捗は著しく、初期の遅れを取り戻し、師走二十日の御年越祭を新しい辯天堂で迎えられる目途がついた十月も半ばになって、漸く蛇を目にすることが稀になったのは、御使いの報告を受けて、辯天様も安心されたからであろうか。<o:p></o:p>