ヘビが出てきそうな道端で、黄色い可憐な花を付けているのは何だろうか。暫くすると、梅雨の合間の晴れた日に、小さな赤い実に出遇うことになる。ヘビイチゴである。
ヘビが好んで喰うという諺に因んで、こう呼ばれる。ドクイチゴの別名もあるが、毒はないそうだ。かといって、甘味もないから、ちっとも美味くはないらしい。この、人間にとってはどうでもいいイチゴこそが、辯天様の頭上の冠に坐す白蛇、すなわち宇賀神王の大好物とされ、古くからその御宝前に備えられてきた百味の一つなのである。
目出度く御修復なった蝦蟆ケ池辯天堂の落慶法要は、秋口である。でも、ヘビイチゴの旬は6月迄だから、御供えするのは難しい。そこで、焼酎に漬けて御神酒を作ることに決めたのである。
とこるが、小さい赤い実を探しに行くと、見つからないから困ってしまう。しかも、摘んでみると傷んでいるのが多いので、なかなか大変である。それでも、こちらに一つ、あちらに一つと、辯天堂を眺めながら蝦蟆ヶ池の周りを一廻りする頃には、小さな籠が一杯になった。それを選り直って洗い、小さな瓶に入れて漬けたのである。
辯天堂といえば、師走二十日の御年越しの御供えは、十六個の御赤飯の屯食と昔から決まっている。屯食とは握飯で、平安の昔からある調理法といい、御強を炊いて鶏の卵形に握ったものであるから、辯天様と十五童子が御召しになられる供物に、じつに相応しいと思う。
そういえば、ヘビイチゴも卵に似ていることに気付いて小瓶を取出して眺めると、鮮やかだった赤色は、忽ちくすんだ臙脂色に変わっているから驚きである。それなのに、酒は澄んだままである。じつに不思議な果物ではないか。なるほど、辯天様が好むのも道理であると感服した次第である。
ちなみに、落慶法要は九月七日の巳の日、すなわちヘビの日を択んで執り行われる。六月にヘビイチゴを漬けた御酒は、珠洲(すず)と呼ばれる瓶子に入れられ、奉納されることになるのである。