りゅうおうのおしごと! (GA文庫) | |
白鳥 士郎 | |
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「将棋はほとんどの場合が『投了』、つまり、自ら敗北を認めることで終わります。難しい局面でも投げ出さず、自分を信じて戦い続けるには、何よりも心が強くなくてはいけない。」
羽生永世七冠、藤井聡太六段、引退された加藤一二三先生など、最近何かと注目される将棋界(ソフトで不正騒動があって谷川先生が会長を引責辞任するなんていうこともありましたが…)ですが、藤井聡太棋士がデビューする2年前から将棋界を舞台にしたライトノベルが発刊されていました。
私も、一昨年、藤井聡太六段が華々しいデビューを飾る1週間前に、将棋を趣味にしようと励んでいた頃、将棋を舞台にしたライトノベルがあるということで店頭で推されていたのをきっかけに本作を読み始めたのですが、これが面白いことなんのその。今では3月のライオンとともに好きな将棋界を舞台にした書籍になっています。
そんな私がはまっている本書を頑張って感想を述べながら紹介したいと思います。
1.将棋の知識なしでも読めますが、将棋の知識があった方がより面白いです
九頭竜八一は中学生でプロ棋士になり、デビュー後も勢いのままデビュー1年目にして、将棋界最高賞金を誇る竜王のタイトルを手にする。しかし、タイトル獲得後は、連敗街道をまっしぐら。通算成績も勝率3割とド低迷してしまう。そんな低迷中のある日、八一が家に帰ると玄関先には「約束通り、弟子にしてもらいにきました」という小学生の少女が待っていた。八一の小学生とのロリロリ生活が幕を開ける?
というような感じのお話なのですが、基本的に将棋を指しているとき以外はギャグだらけの日常という感じです。嫉妬する小学生可愛いとか、ツンデレ姉弟子(年下)可愛いという感じの。
ただ、将棋を指しているときは作者が「真剣に人生をかけて戦う若者たちの姿を描きたかった」というだけあり、文章から棋士たちの戦いに挑む緊迫感というか空気が出ています。
そういった熱戦の空気を備えつつも、将棋の専門用語みたいなものはほとんど使われておらず、長ったらしい説明も一切ないので、おそらく将棋の知識なしでもそういった空気を読んでいて感じることができるのではないかと思います。
そうはいっても、訪ねてきた女子小学生雛鶴あいと竜王九頭竜八一の初対局であいが指した「あいがかり」という手がどういう手なのかわからなければ、なんじゃそりゃとなりそうですし、そもそもプロ棋士でタイトルホルダーがどこの馬の骨かわからないアマチュア相手に『平手で指す』ということがいかにありえないことなのかということかがわかると、もっと面白く感じれるのではないかと思います。
2.むき出しの才能と才能のぶつかり合いがとにかく熱い
前述しましたが、この作品の面白さは将棋という外からみたら一見静かで地味なゲームに、主人公である八一の対局中の内面を描くことによって、熱い戦いの空気感を感じることができることにあると思います。
研究(事前に想定していた戦局)通りで淡々と将棋が進む場面は淡々と描いているわけですが、一手によって有利になったり、不利になったりしたときの緊張感、特に秒読み将棋になったときのぎりぎりの駆け引きの中での緊迫感などはスピード感があって、読んでいる私もはらはらしながら読んでいました。
3.弟子を取ることによって成長する主人公
タイトルを取ったあと、研究され尽くして連敗に連敗を重ねていた主人公ですが、雛鶴あいという弟子(仮)を取ることによって、対局に向かう姿勢が変わるシーンがあります。
今までは、勝っても負けても自分一人の問題で、タイトルホルダーとして勝つために悪あがきしてでも粘ることをせず、潔く負けて綺麗な棋譜を残そうと努めてきた八一でしたが、弟子に見られていると思うと、簡単に負けるような将棋を指したくないと抗うシーンがあります。
今までは自分一人のための将棋でしたが、弟子にとって師匠は親やヒーローみたいな存在でヒーローが負けるところなんて見たくない、あるいは負けても何もせずあっさり負けてしまうところなんて見たくないですし、見せたくもないという気持ちが勝って頑張るシーンは胸が熱くなりました。
この作品に描かれる将棋の師弟関係は親子にも似ていて、親が子に接するように、時に厳しく、時に甘く指導して弟子の成長を見守っていくの師匠の役割だともいえると思うのですが、子が成長していく中で親も実は子のおかげで成長することがあると聞きます。親が子供の親になるんじゃなくて、子供が親にしてくれるみたいな。
この作品にも弟子を取ることで親である師匠がタイトルホルダーの体裁を無視してでも子をがっかりさせたくないと奮闘する姿が描かれていて、それがより勝負の熱さを際立たせていると思います。
4.どんなに負けても心が負けなければ次につながっていく
将棋の面白いと思うのは、基本的に勝敗は負けた人が「まいりました」と言ってはじめて勝敗がつくものだということです。
基本的に判定勝ちというのものはありません(地元の子供会の大会みたいなところではあるかもしれない)。また、勝った人が勝ちましたと相手に高らかと宣言するものでもありません。
負けるということは本気で指せば指すほどに悔しいもので、有利な状況からミスで逆転されてしまったときなんか、相当ショックな状況に追い込まれるわけですが、それでも、敗者が「まいりました」と言わなければならないというのはなかなか残酷な勝負だなと思います。
私は、これは自分が負けたと素直に認めることで勝った相手を称賛するということなのかなと将棋を指していて思うこともありますし、「今の私の将棋のどこが悪かったですか?」と勝った相手に教えていただくための儀式みたいなものかと思うこともあります。
前置きが長くなりましたが、将棋というのは指せばどんなに才能のある人でも必ず負けます。羽生永世七冠、今、勢いに乗っている藤井聡太六段などなど、プロになるまでにそれこそ勝った分だけたくさんの負けを経験してきていると思いますし、負けた内容も相当悔しい負け方を重ねてきていると思います。
しかし、彼らはどんなに負けそうになってもなんとか上手の相手に勝つために必死で粘ったり、悔しくて負けても負けた原因と次の対策を考えながら切磋琢磨して、今の将棋界に身を置いている方々なわけです。
それは、どんなに悔しい負け方をしても心が負けなかったからなんだと思います。
心さえ負けなければ次を目指して頑張っていけるということを教えてくれる作品でもあると私は思います。
今後もこの師弟にはいろいろな悔しい思いや栄光があると思うとキャラクターを応援していきたくなるような第一巻だと思います。