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「ファブリーズvsくさや」悪ノリCM中止で見せたP&Gの謝罪力

2016-12-01 22:49:39 | 産業・企業情報

「ファブリーズvsくさや」悪ノリCM中止で見せたP&Gの謝罪力

2016年12月1日  DIAMOND online

「ファブリーズvsくさや」CMが、くさや生産地からの猛抗議を受け、わずか2週間で打ち切りとなった。

このほかにも、炎上→中止に追い込まれるCMやサービスが次々と出てきている。企業広報の定石は「非がないなら正当性を主張せよ」。

だが、この定石にしがみつくと損をする時代になってきた。


2週間でCM打ち切り!くさやに屈したファブリーズ

 「究極対決」は、最終的に「くさや」に軍配があがったようだ――。

 「くさや」生産者や産地からの抗議を受けていた「ファブリーズvsくさや」のテレビCMの中止が決定した、とプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が11月28日に発表したのだ。

内容は典型的な「ビフォーアフターCM」である。

 透明なケースに入れたくさやのにおいをかいだ女性が「なにこれ、くさい!」と顔をしかめ、そこへ消臭力がパワーアップしたという置き型ファブリーズをケース内に投入。しばらくして再びケース内の匂いを嗅ぐと、先ほどと打って変わって「ぜんぜん、におわない!」と笑顔になる――という内容で、昨年からウェブ上で流されて好評だっため、今月14日からテレビでもオンエアされていた。

 「これのどこが問題なの?」と首を傾げる人もいるかもしれないが、ファブリーズの消臭力を強調しようという「演出」が、一部の方から「悪ノリ」と批判されてしまったのだ。

 実際、かつて人気を博したバラエティ番組「ほこ×たて」のノリで、「究極対決」を謳い、「くさや」の臭いに悶絶する女性たちの映像とともに、「あまりの臭さに阿鼻叫喚の地獄と化すラボ内」なんて煽り気味のナレーションも流された。

 これに、東京・八丈島の八丈町議会議員・岩崎由美氏が、「くだらない演出で侮辱するのは許せない」(日刊ゲンダイ11月26日)という怒りの声をあげたのだ。また、《先週になって伊豆諸島の視聴者らから「くさやのにおいのきつさだけを強調している」「(特産品を)愛をもって取り扱ってほしい」など十数件の苦情が寄せられた》という。

このような声を受けてP&Gは「くさやを大切な食文化として愛する方々に不快な思いをおかけしてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした」(ファブリーズブランドサイト上)と謝罪。放映2週間での打ち切りと差し替えという決断を下した、というわけだ。


日清食品に資生堂、志布志市まで!炎上→中止が当たり前に

 矢口真里さんを起用した日清食品のカップヌードルCMが「不倫を擁護するのか」と炎上し、わずか1週間で打ち切りになったのも記憶に新しいように、最近は「演出への苦情→中止」のハードルがかなり下がっており、毎月のように似たような騒動が起きている。

 たとえば、10月には鹿児島県志布志市のPR映像が、うなぎを擬人化した少女「うな子」に対して、「性差別だ」「カニバリズムだ」と批判され公開中止となった。

先月は資生堂の「インテグレート」のCMで、女子会をしている25歳の女性に「もうチヤホヤされないし、ほめてもくれない」という言葉がかけられたのがセクハラにあたるとして放映中止となった。

 また、これはCMではないが、つい最近も北九州のスペースワールドで今月12日にオープンしたばかりのスケートリンクが苦情で営業中止へ追い込まれた。「前代未聞!」のうたい文句で魚をリンクの下に敷き詰めた「演出」に対して、「残酷だ」「命への冒涜だ」という声が殺到したのだ。

 こういうトレンドに対して、ネット上では「なんでもかんでも叩く風潮が息苦しい」「最近ケチつけることを目的にしている人が多い」などと社会の不寛容さのあらわれだと主張する人も多く、今回も「中止する必要などないのでは」と主張される方もチラホラ見られるが、報道対策を生業にしている立場で言わせていただくと、やはり「中止」をすべきだったと思っている。


 それは「くさやを大切な食文化として愛する方々に不快な思いをさせた」というモラル的な問題もさることながら、なによりもあのCMを継続するより、中止をした方が遥かにP&G側に「メリット」が大きいからだ。

 「おいおい、CM打ち切りで関係各位に迷惑をかけ、抗議に対して平身低頭で、いったいなにが得なんだ」というツッコミの声が聞こえてきそうだが、そういう方は残念ながら今回の問題を、「クレーマーvs 企業」という従来の対立構図のなかでしかご覧になっていない。

 なぜ今、「くさや」側が怒りの声をあげたのか。そして、P&G側がなぜこうもあっさりと謝罪をおこなったのか。それらのバックグラウンドとともに、長期的視点でこの問題を考えていけば、おのずと「CM休止」が双方にとって最善の道だったということがわかるのだ。


くさやの苦境が抗議に拍車をかけたか

 そもそも、ネット上で多くの人が指摘しているように、「くさや」を代表とする臭いのキツイ食材は、バラエティ番組の罰ゲームなどでもよく用いられており、「くさっ!」が食材への侮辱なら、これまでもバラエティ番組に、くさや生産者は抗議をしているはずだが、そういう話はあまり聞いたことがない。

 また、「置き型ファブリーズ」に関しても、「くさや」をライバルとして引っ張りだしたのは今回が初めてではない。CMではないものの、2005年9月の発売時に「世界最大!?の置き型ファブリーズが迎え撃つ!世界のクサい食品大集合!」というイベントを開催しているのだ。

 くさやのほか、腐乳、エポワスチーズ、カピソース、ドリアンといった世界中の臭いのキツい食品と、高さ2メートル、幅1.5メートルという巨大置き型ファブリーズの「究極対決」を行うというもので、リアクション芸の名手・ダチョウ倶楽部の上島竜平さんがこれらの食品を並べた透明なアクリル部屋に入り、臭さに悶絶するという「見せ場」もあったので、情報番組等でも紹介されている。


 今回のCMに憤慨した八丈町議会議員・岩崎氏は「日刊ゲンダイ」に、「同じようにブルーチーズを箱に入れて検証したら、世界中からクレームがくるはずです」と怒りをあらわにしたが、既にP&Gは10年以上前に、そのあたりをチャレンジ済みだったというわけだ。

 この当時は、「くさや」を愛する人々の抗議がなかったか、もしくはあったとしても、ここまで大きな注目を集めなかったのだろう。

 では、10年を経て、なぜ「くさや」を愛する人々は「侮辱だ」と声を上げはじめたのか。もちろん、その心情は当事者にしかわからないことではあるのだが、個人的には「くさや」を取り巻く環境が、この10年で大きく変わったことも無関係ではない、と考えている。

 八丈島と並ぶ産地で、「くさや」の発祥地とされる新島の水産加工業協同組合が、以下のように厳しい現状を述べている。

《出荷量はここ10年で半減し、昨年度は約210トン。生産者の後継者不足も重なり、最盛期に100店舗あった業者は現在7店舗にまで減った。「新規開拓しないと、将来はない」と年約25回、都内を中心にイベントに出店する》(2015/12/04 朝日新聞)

 若い人はあまりそういうイメージはないかもしれないが、かつて「くさや」は東京を代表する珍味だった。しかし、都心でアパートやマンションという集合住宅が増えるにつれ、「焼いている臭い」に対してご近所からクレームが入るようになり、徐々に愛好者が減り、今やかなり苦境に追いやられてしまっているのだ。

 「くさや離れ」がここまで深刻化しているなかで、かつてはスルーできた話が、「どうして足を引っ張るようなことをするんだ!」と看過できなくなっているというのは、容易に想像できよう。


理不尽な抗議にも謝った方がいい理由

 そう聞くと、「だったらなおさら中止になんてしなくていいんじゃない?」と思う人もいるかもしれない。出荷量が減って苦しいのは気の毒だけど、それはP&Gのせいでも、あのCMのせいでもない。企業の姿勢として、こんな言いがかりに対応をしていたらキリがないではないか、と。

 こういう考え方は、企業の危機管理を謳うマニュアル本にも「大原則」として記されている。こちらに正当性があるのなら社会にしっかりとそれを訴え、そうやすやすと「非」を認めてはいけない――。この手の抗議を受けた企業が、「法的には問題ありません」とか「今後の参考にさせていただきます」などという、木で鼻をくくった回答をするのはそのためだ。

 ただ、個人的にはもはや、そういう時代ではないと思っている。

 どんなに企業側に非がなくとも、「被害」を訴える人々の主張をはねつけていると、物事が改善しないどころか、事態が悪化していくという事例が世界中で確認されてきているからだ。


 たとえば、2006年にお隣の中国で、ある化粧品に禁止されている成分がつかわれているという風評がたった。まったくの事実無根であり、メーカー側は正当性を必死に訴えたが、やればやるほど「嘘をついている」とか「態度が悪い」とバッシングが高まり、安全性にはなんの問題もない化粧品の返品に応じることになった。

 これを「やはり中国にはモンスタークレーマーが多いな」と読み解くと大火傷をする。このケースから我々が学ぶべきは、これからの企業というのは、企業側が「これは正当性がある」と評価する苦情だけではなく、「行き過ぎた感情的な苦情」にも対応をしないと恐ろしい目に遭うという教訓なのだ。

 ピンときた方も多いだろうが、この中国でバッシングされた化粧品メーカーとはP&Gだ。


 こういう苦い経験をしたからか、この会社はその後もこれまでの危機管理の常識とやや異なる独自の対応をおこなっている。その最たるものが、2014年に、アメリカで過激な抗議活動で知られる「グリーンピース」から受けた猛抗議だ。

 P&Gの原料調達先のひとつであるパーム油生産者が、天然林の野焼きや、オランウータンの虐待をしているとして、グリーンピースの活動家は本社ビルに侵入し垂れ幕を掲げるわ、抗議サイトを立ち上げるわと、やりたい放題。従来のセオリーで言えば、「違法行為をしているわけでなければ、毅然とした態度でのぞむべき」となるところだが、P&Gはあっさりと抗議に屈し、新しい調達方針を発表。それだけではない。

 《「2020年までに森林破壊をゼロにする」「2015年までに100%のトレーサビリティーを確保する」と宣言するとともに、保護価値の高い森林の保護などを約束。「P&Gは大きな一歩を踏み出した」とグリーンピースは評価した。彼ら彼女らにすれば、思惑通りの展開だ》(2014/06/13 日本経済新聞電子版)


「とにかく非を認めない」広報活動は時代遅れに

 これを見て「弱すぎ!」と思うか、「素晴らしい!」と思うかは評価の分かれるところだが、個人的にはこれからの「リスク対応」のひとつの道だと思っている。それは一言で言ってしまうと、「被害者からの抗議をつっぱねるのではなく、それを新たな商品やサービスに結びつける」というような対応だ。

 「被害者」が弱者やマイノリティであればあるほど、「大企業なのに小さき声に耳を傾けている」と企業のレピュテーションやブランドイメージが上がっていく。これこそが、先ほど申し上げた最大の「メリット」だ。

 そんなの理想論だと思うかもしれないが、P&Gのファブリーズチームは以下のようなコメントを出している。

 《先週より弊社お客様相談室にご意見・ご忠告をいただいたことをうけ、生産地の方々に謝罪、ご意見をうかがう機会を得ました。お叱りとともに、今後の協力に関する建設的なご提案もいただきました。その様な関係者の貴重な意見を拝聴しながら、適切な表現について検討していく予定です》

 どういう提案かわからないが、個人的には「因縁の対決」を謳い、「ファブリーズvsくさや」の第二弾CMをつくればいいと思っている。たとえば、置き型ファブリーズで臭いの消えた「くさや」を一般の方たちが食べて、「初めて食べたけど、こんなおいしいものがあるなんて」とか感想をもらす。要は、互いの良さを補完するようなコラボCMにしていけばいい。

 また、臭いが気になるという人向けに、焼きたてのくさやを真空パックにして、手に臭いをつけることなく食すことのできる「くさやスティック」なる商品もある。同じ理屈であれば、「ファブリーズ付きくさや」が販売されたっていい。

 ファブリーズの消臭効果も訴求できるし、苦境に追いやられた伝統食を応援するわけだから、企業イメージも上がる。P&Gも、くさやを愛する人も、みんなハッピーだ。つまり、今回の騒動は、「非」をあっさりと認め、次の「利」へと結びつけるというリスク対応のモデルケースになる可能性を秘めているのだ。

 そんなの机上の空論だ、という声が聞こえてきそうだ。たしかに企業の広報アドバイスをしているので、とにかく「非」を認めないことこそが危機管理という強迫観念にとらわれている企業が多いのは肌で感じる。

 特に日本企業は減点主義なので、社会という外の世界の評価より、担当者の社内評価が優先される。順風満帆なサラリーマン人生を送るためには、どんなにそれが長期的には「利」になるとはいえ、やはり「非」を認めるということにはかなりの抵抗があるのだ。

 とはいえ、誰もが世界に意見を表明できるツールをもつような時代になった今、これまでのように企業論理をゴリ押しするようなリスク対応が通用しなくなっているのも事実だ。

 一億総抗議の時代、企業はどのような対応をすればいいのか。その答えは、P&Gがこれから「くさや」をどう扱うかということのなかにあるのかもしれない。