イスラム国の崩壊後に待ち受けている世界とは?
2016 年 9 月 13 日 16:40 JST THE WALL STREET JOURNAL
2014年7月4日、黒いターバンを巻いた過激派組織「イスラム国」(IS)のアブ・バクル・アル・バグダディ容疑者は、イラク第2の都市
モスルで、カリフ(予言者ムハンマドの後継者)を最高指導者とするイスラム国家を樹立すると宣言した。シリア東部とイラク西部を制圧
し、自らカリフと名乗 る同容疑者はイスラム教スンニ派の同胞に向かって「尊厳、権力、権利、リーダーシップ」を取り戻すと告げた。
だが今や、イスラム国は台 頭したのと同じスピードで退潮に転じているように見える。戦闘では一連の敗北を喫し、制圧した都市を一
つずつ失っているにもかかわらず、各地でテロ攻撃の 頻度を高めている。一時は英国ほどの大きさがあった支配地域は、イラクでもシ
リアでもこの1年間に縮小の一途をたどり、イラクの要衝ラマディやファルー ジャ、シリアの古都パルミラやトルコとの国境地帯も失っ
た。また本部を置くリビア中部の都市シルテからも撤退しつつある。残る重要拠点であるイラクのモス ルとシリアのラッカを失うのも時
間の問題だ。
では、イスラム国が崩壊したら何が起きるのかという疑問が持ち上がる。その空白を埋めるのが誰になるかで中東地域の未来が決ま
るだろう。地上に残さ れた空白はもちろん、より重要なのは、世界中のジハーディスト(イスラム聖戦主義者)の観念上の間隙(かんげ
き)をどう埋めるかだ。
アルカイダの復活
2001年9月11日の米同時多発テロから15年たった今、イスラム国崩壊の結果として考えられる可能性の一つは、ライバル関係に
ある国際テロ組織「アル カイダ」の復活だ。イスラム国の残党と同様、アルカイダも存在意義を主張するため、一連の新たなテロを西
側諸国などで仕掛けるかもしれない。
オバマ政権下で国務省テロ対策調整官を務めたダートマス大学のダニエル・ベンジャミン氏は「ISIS(イスラム国)を追い払ったから
といってジハーディス トが消滅するわけではない」とし、「カリフ制の排除は一定の成果だが、それは終わりの始まりではなく、おそらく
は始まりの終わりにすぎない」と指摘した。
バグダディ容疑者が世界のイスラム教徒に自身への忠誠を誓うよう求めたとき、他のジハーディストのリーダーや聖職者らは正当性
を認めず、その企てが破綻す るのは避けられないと警告した。アルカイダの最高指導者アイマン・ザワヒリ容疑者は中でも最も敵意に
満ちた批判を展開した一人だった。
「最後のあがき」に警戒
イスラム国が破竹の勢いだった間はこのような批判をものともしなかったが、今日のように劣勢続きでは、イスラム国の理論的な土
台が危うくなってくる。パリ 政治学院のイスラム専門家、ステファン・ラクロワ氏は「領土支配が2014年のカリフ制宣言の根拠となって
いたため、領土を失うことは重大な問題だ」と指 摘した。
ただ、領土をすべて失ったとしても、イデオロギー集団またはテロ組織としてイスラム国が完全に消えるわけではない。むしろ存在 感
を誇示するように本拠地や西側諸国で世間の関心を引く大量虐殺に打って出る可能性があり、テロ対策専門家は「最後のあがき」に
警戒を促している。
顕在化する利害の対立
またこの2年間、イスラム国に対抗するため、西側の民主主義国家からロシア、イラン、シーア派武装勢力、トルコ、クルド民兵組
織、スンニ派の湾岸諸国に至 るまで異例とも言える協力体制が構築されてきたが、イスラム国が弱体化すれば、こうしたあり得ない
パートナーの間で利害が対立し始めると考えられる。事 実、シリア北部ではイスラム国から最近奪還した領土を巡って、米同盟国で北
大西洋条約機構(NATO)に加盟するトルコと、米国が支援するクルド人勢力が すでに衝突した。
ヨ ルダンのジハーディスト研究者、ハッサン・アブ・ハニエ氏は「ISISが直面している挫折はこれまでより多くの問題 を生み出す」と指
摘。「ISISとの戦いという大義名分で中東全体の衝突や抗議デモが抑えられてきた面があり、ISIS を排除すればあちこちで衝突が再
び勃発する。政府に対する改革要求も活発化するだろう」と述べた
こうした状況すべてを、ザワヒリ容疑者率いるアルカイダが利用する可能性がある。アルカイダはイスラム国の血なまぐさい攻撃や陰惨
なビデオのかげに 隠れていたが、決して手をこまぬいていたわけではなく、同容疑者の下で組織を見直し、より穏健な組織とも手を結
ぶなど、現実的な路線への転換を進めてき た。
ここ数週間、ザワヒリ容疑者はイスラム国に対して一段と激しい非難を浴びせている。同容疑者がネット上に公開した演説では、アル
カ イダがスンニ派を一致団結させることに注力するのと対照的に、イスラム国は底知れない過激思想をもつ異端者であり、禁断の血
を流していると断じた。
元駐シリア米国大使でシンクタンク中東研究所の上席研究員であるロバート・フォード氏によると「特に印象深いのは(アルカイダの
指導者が)イラクでの失敗 やつらい経験から多くを学んだことだ。シリアでは残忍さが消え、ジハーディスト以外の宗派とも協力してい
る」といい、「彼らの戦術はつかみ所がなく、地元 の大きなサポートもある。こうした組織を封じ込めるのははるかに困難だろう」と指摘
した。
イエメンや北アフリカにあるアルカイダ関連組 織も、イスラム国の衰退に乗じて活動を活発化させることが考えられる。ヨルダンのア
ナリストで元軍人のマームド・イルダイサト氏は「モスルやラッカを ISISから奪還しても、気を緩めることなく、緊張を保ち続けなければ
ならない。油断すれば彼らは必ず復活する」と警告した。