ナイジェリア北東部、ソマリア、南スーダン、イエメンで6ケ月以内に2000万人が飢餓で死亡すると国連の指摘がありました。
その一国イエメンのNGOからの報告です。
イエメンが「空前の人道危機」に喘いでいる
シリア報道の陰で忘れられたもう一つの内戦
「今世紀最大の人道危機」と言われるシリア内戦が続いている。米国、ロシアや周辺国の思惑も絡んで、混迷は深まる
ばかりだ。他方、同じ中東のイエメンで2年前に本格化した内戦は、シリアのように国際社会の関心を集めることもなく、
国民の大多数が食糧不足など深刻な人道危機に陥っている。“中東の最貧国”イエメンで何が起きているのだろうか。
国連が「前例のないレベルの飢餓」を警告
国連世界食糧計画(WFP)は4月19日、内戦下のイエメンが「前例のないレベルの飢えと食糧不足に直面し、限界が近
づいている」と警告し、総人口2700万人の3分の1にあたる900万人への緊急食糧援助が必要だとアピールした。
国連などの援助機関は2015年時点で、同国が人道危機として最も深刻な「レベル3」にあると宣言。データによって若
干異なるが、人口の8割近い2100万人が食糧など何らかの人道支援を必要とし、7割の1900万人が安全な水や衛生
環境を確保できていない。
そもそも、世界地図のどこにイエメンがあるのか指差せる日本人は少ないかもしれない。イエメンはアラビア半島の南西
端、サウジアラビアの南隣に位置し、紅海とアラビア海に面したイスラム教国。アラビア半島の国々は総じて“金持ち”の
イメージがあるが、イエメンは国民1人あたりGDP(国内総生産)がわずか1500ドル。世界最大の原油埋蔵量を有する
サウジアラビアの2万ドル超とは比べものにならないほど貧しい。
イエメンのトピックスを探すと、コーヒーのモカは同国のモカ港から積み出されたのに由来すること、旧約聖書に登場す
る「シバ女王国」があったという説があること、首都サヌアの魅力的な旧市街が世界遺産に登録されていることくらいだ
ろうか。
そのイエメンで続く内戦とは何なのか。
世界を揺るがした「アラブの春」(2010~2012年)の流れで、イエメンでも30年以上続いたサレハ長期政権打倒を訴え
る反政府運動が広がり、同大統領の退陣を受けて、ハディ副大統領が2012年2月、暫定大統領に就任した。しかし、サ
レハ前大統領と連携するイスラム教シーア派の武装組織「フーシ派」が勢力を拡大し、首都サヌアに侵攻。2015年1月
に暫定政権が崩壊し、ハディ暫定大統領は南部の港湾都市アデンに逃れた。
ハディ暫定大統領を支援するサウジアラビアを中核としたアラブ連合軍が同年3月以降、イランの支援を受けたフーシ
派への空爆を開始し、軍事衝突が本格化。イエメンを拠点とするイスラム過激派「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)
も絡んで情勢が複雑化した。ドナルド・トランプ米大統領は今年1月の就任後間もなく、同政権初の軍事作戦として
AQAPを急襲したが、民間人が巻き添えになるなど失敗したと伝えられる。
本稿の主眼はイエメン内戦の経緯ではない。問題は2015年以降の民間人の死者が1万人以上、難民・国内避難民は
最大450万人に上り、冒頭に記したような大規模な人道危機が発生していること。とりわけ1700万人が定期的に食糧
を得られず、乳幼児を含む220万人の子供が急性栄養失調、うち50万人近くが重度の栄養失調で死にかけているこ
と。それにもかかわらず、この悲劇に誰も見向きもしないことだ。
シリアと比べてイエメン内戦がほとんど注目されないのはなぜか。
イエメン国内で重度の栄養失調に陥った幼児=Rawan Shaif撮影(JPF提供)
死者や難民・避難民の数はシリアのほうが多い
戦争や内戦のニュースは、死者や難民・避難民の数、つまり“悲惨さの規模”が扱いを決めるのは致し方ない。イエメン
(人口2700万人)とシリア(人口2300万人)の内戦を比べると、難民・避難民はイエメンの450万人に対しシリアが
1150万人、死者はイエメンの1万人超に対しシリアは三十数万人におよぶ。すでに6年続くシリア内戦のほうが注目さ
れるのは当然ともいえる。
しかし、別の要素もある。『「目立つ戦争」と「目立たない戦争」がある理由』(ニューヨーク・タイムズ/東洋経済オンライ
ン)は、米国人の関心を集める紛争は「米国の国益への直接的な影響や(中略)善人と悪人の対立というわかりやすく
感情に訴える枠組みが必要」と指摘。イエメンの場合、対立関係が複雑なうえ、空爆で民間人を殺傷しているサウジア
ラビアは米国と経済・安全保障面で関係が深く、メディアも世論も特定の“悪者”を声高に糾弾できる構図になっていない
と分析する。
こうした傾向は日本の報道にも直接影響を与える。イエメンへの関心を喚起しようと、在京イエメン共和国大使館は4月
19日、大手新聞社や通信社、テレビ局などの数人の記者を招いてメディア懇談会を催した。いずれも中東情勢に関す
る見識や取材経験が豊富な記者ばかりで、イエメン情勢のこともよく知っている。そこに中東が専門ではない筆者も縁
あって招待された。
筆者はサミル・M・カミース大使に「日本でもシリアばかり注目されて、イエメン内戦の報道が少ないと思いませんか」とあ
えて聞いてみた。2014年7月に着任したカミース大使は「他所の紛争と比べても仕方ないが」と前置きしたうえで、こう
答えた。
「世界のメディアの関心事はその時々で移ろっていくが、日本の報道は西側(欧米)メディアの見方に影響されていて、
記事を読んでコピー・アンド・ペーストではないかと感じることさえある。私に限らず東京に駐在する中東アラブ諸国の大
使は、私たちが発する情報ではなく、この国のメディアが欧米の論調に流されることに困惑している」
もちろんイエメン内戦が全く報じられないわけではなく、また、筆者も少しばかり国際報道に携わった経験があるので、
“コピペ”という表現にはかなり抵抗がある。しかし、参加した記者のひとりは「欧米メディアがフォーカスするニュースに
引っ張られるのは事実。欧米社会で話題になったシリアやイラクのセンセーショナルな写真・映像は日本でも載せやすい
が、そもそも日本人の大半はイエメン自体を知らないし、内戦と言ってもニュースになりにくい」と吐露した。これは正直な
本音だと思う。
日本のNGOによる難民支援活動
母国の現状を訴えるサミル・M・カミース駐日イエメン大使
その一方で、カミース大使は「日本はわが国に対するトップクラスの支援国であり、日本の援助に心から感謝する。日本
のNGOがジプチでイエメン難民支援に取り組んでいることも知っている。特定の政治勢力を通じた支援ではなく、保健
や教育など人々に直接届く援助をお願いしたい」と謝意を付け加えるのを忘れなかった。
シリアやイラク難民支援と比べると目立たないが、(特活)ジャパン・プラットフォーム(JPF)は2015~2018年、加盟す
るNGO4団体を通じて総額13億円余りの難民・避難民支援事業(一部は予定)を展開中だ。JPF担当者は「周辺国に逃
れたイエメン難民は約18万人に上り、海峡をはさんだ対岸ジブチの難民キャンプにも約3万6000人がいる。食糧や生
活物資の配布、安全な水の供給、子供たちの保護や教育支援を実施しているが、イエメン国内は日本人が入れないの
で、現地スタッフに指示して間接的に事業を進めざるをえない。日本の支援者の方々の関心や寄付もシリア、イラクに集
中しており、イエメンの人道危機をもっとアピールする必要性を痛感している」と話す。
日本にとってイエメンは大きな貿易相手国ではなく、さしたる利害関係もない。しかし、イエメン研究の第一人者、アジア
経済研究所の佐藤寛・上席主任調査研究員は「日本も支持する『テロとの戦い』の一環として、米軍がイエメンで繰り返
している無人攻撃機(ドローン)による攻撃で、多数の民間人が巻き込まれている。これが米国への憎悪と自国政府に
対する不信感を増幅しており、結果的にイエメンをさらに脆弱化させ、テロの温床にしていることに日本人も気付く必要
がある」と指摘する。
私たち日本人にできることは正直言ってあまり多くないが、まずは知らなければ何も始まらない。
<中東の内戦と飢饉>終わり見えないイエメン内戦の惨状 世界は無視していると国連
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「目立つ戦争」と「目立たない戦争」がある理由
基本的に米国人は他国の紛争に無関心だ
シリア内戦のように世界的に非常に大きな注目を集める戦争がある一方で、イエメンの内戦のようにほとんど世の関心を集めることの
ない戦争も世界には数多くある。前者はその関心度の高さゆえに各国政府に対し解決を求める強い圧力が存在するけれど、後者には
それがない。これは戦争を取材する記者や人道援助関係者、外交官であれば誰もが認める厳然たる事実だ。
理由の一端ははっきりしている。シリア内戦はイエメン内戦より規模も深刻さもずっと上回っている。だが注目度の差は数字だけでは
説明がつかない。たとえばコンゴ民主共和国(以後、コンゴ)東部における紛争では数百万人が命を落とし、さらに数百万人が故郷を
追われたが、世界からはほとんど注目されていない。
米国人の内向き思考や視野の狭さ
そうした事情はどの国でも似たり寄ったりだが、それが米国となると影響は大きい。
米国は世界にただ1つ残る「超大国」だ。ところが米国人の内向き思考や視野の狭さが指摘されることは珍しくない。たとえば米国のテ
レビニュースでは外国の出来事をほんの数分しか扱わず、残り時間はすべて国内ニュースに充てられる点を不思議がる外国人は多
い。
その結果、外国で起きた紛争について米国人の関心を集めることは非常に重要であると同時に腹立たしいほど難しいということにな
る。
だが米国の人々がイエメンなどで起きている紛争のことを忘れてしまったのはなぜかと問うのは的外れだ。無関心なのが普通であっ
て、それは例外ではない。これが真実だ。
外国で起きた紛争が米国人の強い関心を集めるのは、一般大衆にも政界関係者にもアピールするような説得力のある物語と、犠牲
者数を超えた「理由」がある場合に限られる。つまり米国の国益への直接的な影響や、米国における政治的議論や文化的問題とつな
がる要素、そしてたぶん何より、善人と悪人の対立というわかりやすく感情に訴える枠組みが必要になるわけだ。
たいていの武力紛争には――南スーダンやスリランカやイエメンなどが舞台になった紛争もそうだ――そうした要素が欠けており、そ
の結果として米国人の関心はほとんど集まらなかった。シリアは珍しい例外で、それは問題の深刻さとはやや異なる理由からだ。
シリア内戦では米国人の生命を含む米国の国益が危険にさらされている。つまり米国人にとってこれは直接関わりのある話なのだ。
過激派組織イスラム国(IS)は米国人の人質を殺害したり、欧米でテロ攻撃を行っている。
それにシリア内戦では、何の罪もない犠牲者と卑怯な悪者という人の心を動かす物語があった。ISは厳しい迫害や断首刑を平気で行
うテロ組織だ。シリアのアサド大統領とその支援国であるイランは米国に敵対的で、恐るべき残虐行為の黒幕だ。また米国にとって友
好国とは言いがたいロシアも、アサド側について戦っている。
イエメン内戦を直視できない政治的理由
2013年にはシリアへの空爆に二の足を踏んだオバマ政権だが、その後は軍事介入の拡大へと転じた。こうした対応によってシリア問
題は米国内の政治問題と化し、民主・共和両党の政治家たちは喜んでこの問題に首を突っ込んだ。
大統領選を控えた今年、シリア内戦は政治的議論の格好のテーマとなった。オバマの外交政策の是非を論じたり、中東情勢のさらな
る不安定化の責任をいかに問うかといった議論だ。議論は先鋭化するとともにシリアに対する米国民の関心は高止まり。一般大衆も
政治家もシリア内戦の重要性を強調する結果となった。
だがこうした事態はめったなことでは起こらない。
イエメン内戦の死者数はシリア内戦より少ないし、アルカイダ系組織が活動しているにしても、欧米に与える影響はシリアほど大きくは
ない。おまけにイエメンには、わかりやすい善対悪の図式もない。この国ではいくつもの武装勢力が割拠しているし、米国の同盟国で
あるサウジアラビアは空爆を行っている。米国人が非難の声を浴びせる対象となるような悪の権化は存在しない。
こうした図式は、米政界にとってもあまり魅力的なものではない。反政府武装組織フーシも、わざわざ米国の政治家が攻撃するほどの
直接的な脅威ではない。一方、ハディ暫定大統領を支援するサウジアラビアによる空爆では一般市民が殺されたり、病院や援助関係
者が狙われたりもしているが、サウジ側を支援しているのは米国だ。
米国の政治家にとって、自国と同盟国を批判したり、なじみのないイエメンの反政府勢力の脅威を大げさに訴えてまでイエメン内戦へ
の国民の関心を高める理由などまず見当たらない。イエメン空爆を問題視した数人の上院議員がサウジアラビアへの武器輸出を制限
する法案を提出した際、賛同者がほんの数人しか見つからず、71対27で否決されたのも無理のないことだった。
だがダルフールには、シンプルで感情に訴える物語があった。スーダンの独裁者バシル大統領とその取り巻きは、何の罪もない民間
人多数を虐殺していたが、米国にはそれを阻止できる可能性があった。約10年前にルワンダでの集団虐殺を阻止できなかった米国
にとっては、その償いをするとともに、正しい教訓を学んだことを示すチャンスのようにも受け止められた。結果として、ダルフール紛争
の物語と大義は米国人の心に大いにアピールした。
また、米国内の当時の政治状況ともうまく合った。ジョージ・W・ブッシュ大統領が始めたイラク戦争から手を引き、その代わりにダル
フール紛争への介入を求める「イラクを出てダルフールへ」というスローガンは、イラク戦争に反対するデモや集会でもよく使われた。
ブッシュの政策に賛成はしないが米国が孤立主義に走ることも望まない人々にとって、「ダルフールを救え」は米国の力を行使する新
たなビジョンの象徴になった。
スポットライトは一時的、すぐに忘れ去られる
だがダルフールはシリア同様、ごく例外的な事例だった。
コンゴ東部の紛争を例に取ろう。ここではダルフールやシリア同様、多数の民間人が犠牲になった。暴力や飢餓、病気により数百万人
が命を落としたとの推計もある。さらに数百万人が故郷を追われた。反政府勢力は強姦を戦争の「武器」として使い、子どもたちを徴用
して少年兵にした。ダルフールを救うための運動に参加した多くの人々が、コンゴ東部の紛争についても人々の意識を高めようと努力
した。
だがコンゴの内戦の図式はそれほど単純ではなかった。ダルフールのようなわかりやすい悪者はおらず、いくつもの武装集団が離合
集散し、ほぼすべてのグループが残虐行為の責任を問われている。
米国の国益にとってもさしたる重要性はない戦いだった。コンゴ東部はスマートフォンなどの電子機器に使われるタンタルなどの鉱物
の主要な生産国だが、米国人のほとんどはタンタルなど聞いたこともなければ、その産地に思いを馳せることもまずない。
有名人を巻き込んでのキャンペーンが続けられたほか、一部のコラムニストはニューヨーク・タイムズなどの新聞でこの紛争を繰り返し
取り上げた。にもかかわらず、コンゴ東部の紛争に対する米政官界や一般世論の関心は長続きしなかった。
スポットライトを浴びたのもつかの間、すぐに忘れ去られてしまった紛争はほかにも数多い。ナイジェリア北部で2014年、イスラム過激
派「ボコ・ハラム」が200人以上の女子生徒を誘拐した際、米国世論は大いに怒り、ツイッター上では少女たちの返還を求める投稿が
広がり、政府に対応を求める声も高まった。だがナイジェリア政府が少女たちを救出できないまま数カ月が過ぎると、米世論の関心は
弱まった。
その2年前には、ウガンダ北部やコンゴ、南スーダン、中央アフリカ共和国で長年にわたってテロを繰り広げてきた反政府勢力「神の
抵抗軍(LRA)」の指導者ジョゼフ・コニーの逮捕を訴えたビデオを市民団体が公開、ネットで大きな話題となった。だが、ブームは同じ
ようにすぐに消えてしまった。
今も南スーダンで続く政府軍と反政府勢力の衝突や、中央アフリカ共和国の内戦は米国ではほとんど話題になっていない。30年を超
えてくすぶるソマリアの内戦もそうだ。
ほとんどの紛争はイエメン内戦と同じ扱いなのだ。シリア内戦やダルフール紛争とは違う。
(c) 2016 New York Times News Service(東洋経済) 執筆:Amanda Taub記者、翻訳:村井裕美)