「中国側に寝返る韓国」にスワップは追い銭
「義のない国は見捨てられる」――。真田幸光・愛知淑徳大学教授の韓国を見る目は実に冷ややかだ(司会は坂巻正伸 緑字)
食い逃げの達人
鈴置:前回「慰安婦像への対抗措置」①は、韓国に左派政権が登場しそうだ。すると中韓関係が一気に改善されるので日本との通貨スワップなど不要に
なる――と韓国は踏んでいる、との話で終わりました。真田先生の御説です。
となると「韓国が中国側に行くのを防ぐために、日本は韓国にスワップを付けるべきだ」と言う人が出そうです。
鈴置:荒唐無稽な理屈です。日本がスワップを与えるかどうかに関係なく韓国には左派政権が登場し、ますます「離米従中」します。韓国の大統領選挙を
左右する力など日本にはありません。
それどころか韓国にスワップを与えると「日本から獲れるものは獲った」と考えて、ますます「やりたい放題」になるでしょう。韓国には食い逃げの実績が多々あるのです。
2012年8月、李明博(イ・ミョンバク)大統領が竹島に上陸しました。さらに天皇陛下に謝罪も要求しました。
その前年の10月に日本にスワップを700億ドルに積み増してもらい、辛うじて通貨危機を乗り切った直後のことでした。
「約束破る」と宣言
2015年12月に結んだ慰安婦合意も同じです。「慰安婦像の撤去」に動かないことを理由に、日本が10億円を支払わないのではないかと韓国政府は心
配していました。
ところが、撤去もしないのに2016年8月、日本が10億円支払うことに合意した。その瞬間、韓国は手のひらを返しました。国会議員10人が竹島に上陸
するなど、国を挙げて「卑日」に邁進しました(「『慰安婦の10億円拠出合意』直後の動き」参照)。
「ここまで来れば、何をやっても韓国のせいで慰安婦合意が壊れたとは言われない」と考えたのです。
というのに8月27日、日本は「スワップ協議再開」で合意しました。韓国はその思いをますます強めました。
9月6日、外交部の林聖男(イム・ソンナム)第1次官は国会答弁で「政府も国民世論を把握しながら動くため、今の段階では政府が前に出てこの問題を
推進する考えはない」と述べました。堂々と「約束は破る」と宣言したのです。
日本の扇動に乗るな
韓国は慰安婦合意を初めから守る気などなかったのですね。
鈴置:その通りです。2017年1月6日に日本が「4つの対韓措置」をとって以降、以下の説明が広まっています。
- 韓国では朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が国会で弾劾され職務停止処分となった。今は大統領の権限代行しかいないので、韓国政府は釜山の慰安婦像設置に適切な処理がとれなかった。
でも、これは韓国側の言い訳に過ぎません。さきほど言いましたように、韓国政府はそもそも合意を本気で守る気はなかった。
朴大統領が「少女像(慰安婦像)の撤去など、合意の中で一切言及されていない問題だ。(日本は)そんなことで扇動してはならない」と公言していたか
らです。
「一切言及されていない」のですか?
鈴置:完全に事実に反します。慰安婦合意に関する尹炳世(ユン・ビョンセ)外相の発表に以下のくだりがあります。日本の外務省の発表(日本語)でも韓
国の外交部の発表(韓国語)でも読めます。
- 韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する。
声が大きい者が勝つ
なぜ、こんなにはっきりと言及しているのに「一切言及されていない」と主張するのですか?
鈴置:朴大統領がそう説明を受けていたのか、そう思い込んだのか、あるいは「撤去の約束」に対し韓国で批判が高まったので居直ることにしたのか
――。それは分かりません。
居直ると言っても、これだけはっきりと約束したのですから……。
鈴置:韓国では嘘でも大声で主張すれば真実になるのです。声の大きい者が勝つのです。ことに大統領が「約束などしていない」と言えば、下僚は「日本
や米国が怒ってくるだろうな」と思っても、従うしかありません。
ただその意味では、朴大統領の不在が続く現在の方が、役人は慰安婦像の撤去に動きやすくなったはずです。大統領から叱責される危険性は減りまし
たからね。
野党も「大統領の食言」を批判
朴大統領はいつ「一切言及されていない問題」と言ったのですか。
鈴置:2016年4月26日、韓国メディアの編集・報道局長との懇談で語りました。同日付の聯合ニュースの記事「朴大統領 言論懇談会③」(韓国語版)が
この発言を伝えています。
翌27日、菅義偉官房長官は「日韓それぞれが今回の合意を、責任を持って実施することが重要だ」と述べ発言を批判しました。が、朴大統領は馬耳東
風でした。
9月12日に与野3党代表と会った際にも、全く同じ発言をしています。同日付の中央日報「朴大統領『少女像撤去など日本の言論操作に丸めこまれて
は』」(韓国語版)で読めます。
なお、「大統領の食言」は韓国で政争の材料になりそうです。大統領レースの先頭を走る文在寅(ムン・ジェイン)「共に民主党」前代表が「日本と裏合意
したのではないか」と朴政権を追及し始めました。
「裏合意があった」とは?
鈴置:日本政府に対し「日本大使館前の慰安婦像は世論が落ち着いた後、どこかに移す」と韓国政府がこっそりと約束したに違いない、との批判です。
が、「こっそり」も何も「努力する」とはっきりと約束しているのです。先ほど引用した尹炳世外相の発表を普通に読めば誰だって「日韓両国は可能な限り、
移す方向で合意した」と見なします。「裏合意」などと陰謀が企まれたかのようにおどろおどろしく表現するのは、国民を扇動するためです。
聯合ニュースの「慰安婦合意は『無効』=韓国次期大統領候補の文氏」(1月11日、日本語版)は文・前代表の以下の発言を伝えています。
- (日本との間で)裏合意はなかったか、堂々と公表すべきだ。国民をだましているのではないか、疑わしい。
中国は韓国を助けられる?
騙す方も騙す方ですが、騙される日本政府も相当なものですね。
鈴置:ええ、誠に残念ながら。さて、真田先生に質問です。中韓スワップはウォンを担保に人民元を借ります。いざという時、ドルではなく人民元でウォン防
衛が可能なのでしょうか。
真田:実際に韓国がドル資金を調達せざるを得ない状態に陥ると、中韓スワップは絵に描いた餅に終わる可能性が高いと思います。
前回「慰安婦像への対抗措置」① に申し上げたテクニカル・デフォルトを防ぐにはドルが要ります。韓国の外貨建て債務もほとんどがドル建てです。人民
元を貸してもらっても意味はありません。
鈴置:中国から借りた人民元をドルに転換すればいいのでは?
真田:韓国が必要になるであろう数百億ドル規模のドルへの交換は一気にはできません。そんなに大きな人民元のマーケットはないからです。
それに今、中国自体が資本逃避――人民元売りに悩んでいます。外貨準備が急速に減っているのがその証拠です。
人民元を防衛するために中国は「人民元売り・ドル買い」取引の規制をもっと強化しようとしています。そんな時に、韓国にだけ大量の「人民元売り・ドル買
い」取引を許すのか甚だ疑問です。
鈴置:中国は仮想敵の日本にまでスワップを頼んできています。よほどドルが欲しいのでしょう。韓国を助ける余力があるとは考えにくい。要は人民元のス
ワップである限り、韓国にとって中国とのスワップは効力がない、ということですね。
IMFに行けばよい
「一部の邦銀が韓国に貸し込んでいる。だから韓国がデフォルトしないよう、スワップを与えるべきだ」という人もいます。
真田:理屈になりません。それは民間金融機関の個別リスクです。韓国の危険性を見落とした銀行の責任なのです。
日本の金融機関の韓国への債権が不良債権化し、それが日本国経済を著しく毀損するという場合を除いて、そうした議論が出ることはあり得ません。私
の認識するところ、今はそんな状態にありませんので、理屈にならないと申し上げたのです。
鈴置:デフォルトを起こせば金融だけでなく貿易取引もできなくなり経済全体が崩壊します。韓国だってそれは避けたいでしょう。本当に困ったら、IMF(国
際通貨基金)にドルの緊急貸し出しを頼めばいいのです。
IMFも1997年のように厳しい条件は付けないでしょう。処方箋を間違えて韓国などの状況を悪化させた、と批判されましたから。
米国が日本に対し「韓国とスワップを結んでやれ」と言ってこないでしょうか。
真田:まずないと思います。米国だって、中国に鞍替えしようとしている韓国に甘い顔はしません。
在韓米軍を守るためのTHAAD(地上配備型ミサイル防衛システム)配備を拒否し、米国が苦労してまとめた日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)
や慰安婦合意を蹴り飛ばす――。そんな韓国を助けるほど米国はお人好しではないと私は見ています。
万が一、私の見通しが外れて、米国が韓国とスワップを結んでやれと言って来たなら、その時はおもむろに再締結すれば済むことです。
鈴置:仮想敵の陣営に走る国の危機は助けない、ということですね。当たり前の話で、日本もそうあるべきです。
真田:むしろ今後、日本が韓国にスワップを与えようとしたら、米国は止めてくるかもしれません。1997年の通貨危機の際もそうでした。
鈴置:あの時、日銀が韓銀にスワップを付けようとした。すると直ちに米国が「やめろ」と言ってきました。
邦銀は最後まで韓国にドルを供給していた。しかしその邦銀に対しても、日本政府経由ですが米国政府が供給を止めさせました。
もう、米韓同盟は持たない
なぜ、米国はそれほどに厳しい姿勢をとったのですか?
鈴置:米韓関係が悪化していたからです。でもこれから、当時とは比べものにならないほど関係は悪くなります。米韓同盟の打ち切りもあり得ます。
真田:1月20日、トランプ(Donald Trump)政権がスタートします。就任前から、実利を徹底的に追っています。
トランプ氏はツイッターを通じ、米国企業やトヨタのメキシコへの工場移転を露骨に牽制しました。前例のない話です。そんな米国にとって韓国は経済面
でさほどプラスになる存在ではありません。
軍事的には完全なお荷物です。ニクソン(Richard Nixon)政権(1969―1974年)の時から、在韓米軍の縮小・撤収が米国の課題でした。トランプ政権
はそれを加速する可能性が高い。
この政権は軍人が支えることになります。その軍が韓国に極めて厳しい。米国はこれまで以上に韓国に冷たい姿勢で対することになるでしょう。
鈴置:2010年頃から「米韓同盟はもう、長くは持たない」との米軍幹部のつぶやきが日本にも伝わって来ました。
中国と敵対の度を強める米国。一方、恐怖心から中国との関係をとにかく良くしたい韓国――。米韓の間で主敵が完全に異なったのです。韓国が在韓
米軍へのTHAAD配備を長い間、拒んだのも米韓同盟のきしみの象徴です。
興味深いことに、同じ頃から米国の機関投資家が韓国株を手放し始めた。ペンタゴン(国防総省)だけではなく、ウォール街も韓国と距離をとり始めたの
です。
真田:そこが注目点ですね。米国の軍と金融界は地下茎でつながっていて、この2つが外交の中軸です。
そもそも「義」のない国は信用されません。いくら国際政治が利害で動くといっても、平気で約束を破ったり、同盟国の仮想敵にすり寄る国は見捨てられる
ものです。
日本の鼻をあかせ
韓国人はそこをどう見ているのでしょうか。
鈴置:韓国紙にはいまだに「日本など相手にせず、スワップは米国に頼もう」という記事があふれています。
前回に引用した中央日報の「韓日通貨スワップは政治だ」」もそうです。この記事は「米国に上手に根回しすれば、スワップを勝ち取れる」と檄を飛ばすの
が目的でした。日本語を整えつつ、その部分を引用します。
- 日本にとって韓国は大した考慮の対象ではない。THAADをめぐる葛藤に巻き込まれた今、中国も活用するのが難しい。2017年10月に満期となる韓中通貨スワップの存続をむしろ心配するべきだ。
- 結局、残るのは米国だ。そのズボンの裾にしがみついてでも、トランプ大統領に食い込まなければならない。
- トランプ氏の大統領在任期間中、米国との間で300億―500億ドルの通貨スワップを維持するだけで、韓国の外国為替・金融市場は大いに安定する。
- それに成功すればついでに、我々が厳しい時に常に裏切る日本の鼻をぺしゃんこにできるのだ。
真田:うーん。これを読む限り、米国の冷ややかな視線に韓国人はまだ、気がついていないということですかね。この記事は米国に対するアピールかもし
れません。いずれにせよ、米国が今の韓国にそこまでの価値を見出しているとは思えません。
続く