ニューヨークの「医療崩壊」がフェイクである理由。
ニューヨーク州は新型コロナ封じ込めに成功している
2020.4.20(月) JBpress 酒井 吉廣
セントラルパーク内に設置された仮設病床(写真:ロイター/アフロ)
全データで感染の終息を示し始めた
ニューヨーク州における、4月17日の死者は540人と、同9日のピークを259人下回り、
「入院患者数」「ICU(集中治療室)への移管数」「人工呼吸器装着者数」の医療行為
三計数を見ても、入院患者数が先週一週間で2340人減、ICUへの移管数は160人減、
人工呼吸器装着者数は182人減と、いずれも減少に転じた。
この医療行為三計数の動向は、日々のデータでも、4月初めには増加数がピークを
打っており、先週に入って減少が続き、しかも減少幅も拡大するなど、明らかに終息に
向かい始めたことを示唆している。
また、日本政府や小池百合子・東京都知事や吉村洋文・大阪府知事も注目している
実行再生産数(一人の患者が何人の人間に感染させたかを見る割合)は、ニューヨーク
州では既にピークアウトしており、先週には1.2から0.9に下がった。
4月18日現在、全米の感染者数73万8830人のうち23万6732人(全米の32%)、
死者3万9014人のうち1万6967人(同43%)はニューヨーク州が占める。ニューヨーク州の
クオモ知事は、感染者数や死者数の多さにもかかわらず、同州は新型コロナを管理して
きており、医療崩壊も起こっていないと言い続けてきた。
医療行為三計数や死者数の変化は、この知事の考えが正しかったことを証明した。
先週になってトランプ大統領が示唆し始めた米国経済の復活は、経済の中心であり、
また感染者数が最も多いニューヨーク州の復活に懸かっている。クオモ知事自身も、
それを十分理解しており、先週後半の記者会見では将来の明るさが見えてきたとして、
経済活動再開の可能性とその判断基準、やり方についても触れ始めている。
では、ニューヨーク州がこれまで新型コロナ対応を成功させることができた理由は
何だったのだろう。
新型コロナ疑似症患者は素早く皆検査
クオモ知事は先週、ニューヨーク州の先々週までの過去30日間の検査数は計50万人で、
同州の2倍の人口(4000万人)を持つカリフォルニア州(感染者数は全米6位)、
人口が1000万人のミシガン州(同5位)と同フロリダ州(同8位)の検査合計より多い
ことを発表した。
ニューヨーク州には検査を行える病院・保健所などが301カ所あり、これをフル稼働
してきた。先週にはこのうちの50カ所に従来の2倍の検査を行うよう指示している。
同州の検査は一段とスムーズに進んでおり、50万件の検査を達成した後の1週間で、
10万人弱の検査を実現している(4月18日現在の検査累計は59万6562人)。
このようにニューヨーク州の特徴は検査数の多さにある。クオモ知事にしてみれば、
合計60万人の検査をした結果が累計24万人の感染者の確認なのだ。死者についても、
検査を増やしたからこそ、例えば普通のインフルエンザ(同州では年間300万人がかかり
死者数も数万人と言われている)と区別ができて、新型コロナが死因だと判明させられた
と考えている。
感染者数の多さについては、ニューヨーク州とトライステーツ(日本の首都圏に相当)
を構成する、米国第2の感染者数がいるニュージャージー州の8万1420人、3位である
マサチューセッツ州の3万6372人と比較すれば、同州が極端に多いことがわかる。
しかし、これをメディアが「ニューヨークは感染爆発」と呼ぼうとも、クオモ知事は
そうは考えていなかったのである。
ニューヨーク州では、この膨大な検査件数を実現するため、最初に感染者が発見
された直後から、健康保険の加盟の有無、検査料支払い能力の有無に影響されることなく、
感染を疑う症状が出た州民(疑似症患者)の可能な限り多くを検査ができるよう、
検査費用を下げて臨んできた。「迅速かつ皆検査」の発想である。
もちろん、州全体で感染症検査をできる病院と保健所、研究所が301カ所なので、
一日当たりの検査数には限界があった。この方針を発表した3月7日の1週間後あたりから
感染者が急増し始めた背景には、不安な症状を感じる患者(疑似症患者)が、どこに
検査に行けばよいか周知されたこともあったようだ。
握手とハグは感染爆発の理由ではない
「感染爆発」と「都市封鎖」。小池都知事は、この二単語を使って東京が
ニューヨークのようにならないよう自粛要請をした。その後、日本ではニューヨークの
感染爆発について多くの説明がなされたが、事実よりも日本人の持つニューヨークの
印象に訴えるものが多かった。しかし実際のところ、ニューヨーカーの生活習慣など
だけでは新型コロナ感染者数の増加とその後の終息の兆しを説明できない。
日本人のニューヨークに対する認識と言えば、世界の金融・経済やファッションの
中心である一方、人種の坩堝で、黒人やヒスパニックも多く、貧富の差が激しい街だ。
地下鉄も古くて汚く、夜になると危険な乗り物となるような危険な街でもある。
ニューヨーカーは日本人のように頻繁に手を洗わないし、高級レストランでおしぼりが
出るわけでもなく、清潔さへの関心は低い。極端な言い方をすれば、ニューヨークの
街並みは、1961年に公開された映画「ティファニーで朝食を」の映像と比較しても、
それほど変わらない(つまり昔のままとの)という印象を受けるのは筆者だけでは
ないだろう。
ただ、現在のニューヨークは以上のような昔とは違う状況になっている。悪い点が
解消されてきていると言ってもいいだろう。
まずはニューヨークの治安。1990年代のジュリアーニ市長(現トランプの顧問弁護士)
とニューヨーク警察署長の努力で犯罪率が急低下した。この背景には、長期にわたる
米経済の活況で貧困層の所得も上がったこともあるだろう。近年、犯罪は増えている
ものの、過去に比べれば雲泥の差である。
次は食生活。糖尿病の蔓延や狂牛病の発生などもあってヘルシー志向が強まり、
ジムが増えた一方、街中からカロリーの高いピザを売る店が急減し、ステーキハウスでも
魚料理がメニューの中で増えた。寿司屋も増えており、ここで日本の「おしぼり」文化を
体験したニューヨーカーも少なくない(日本食のことは学者の論文対象にもなっている)。
衛生面では、今でも手洗いはあまりしないが、20年ほど前から食事前などにハンド
サニタイザーを使う人が増えており、学生でもバックパックに小型の容器をぶら下げる
というのが普通になりつつある。それが証拠に、ドラッグストアのハンドサニタイザー
売り場はそもそもスペースが広い。そのハンドサニタイザー売り場が空っぽになった
という事実が、米国でも新型コロナの恐怖感が広がっていることを示唆した。
また、ニューヨーカー(他の欧米人も)は日本ほど密接な距離に近づくことを避ける。
例えば、ラッシュ時のニューヨークの地下鉄は非常に混むが、それでも、東京の
地下鉄や山手線、都心に向かう私鉄のどれと比べても空いている。それは、人々の
ソーシャル・ディスタンスに関する考え方が異なり、他人の体と接触することを
嫌うからである。
さらに、スマホの普及効果から、今回の緊急事態報道への反応も早く、3月上旬には、
既に握手やハグをする光景は消え、肘を突き合わせる、など、挨拶の仕方も急変していた。
つまり、日本で紹介されてきたような(新型コロナという点ではマイナスとなる)
ニューヨーカーの習慣やニューヨークにある文化は、現在ではかなり消えている。
むしろ昔から存在するソーシャル・ディスタンスの発想や、ピュアウェル(アルコール
消毒液)の利用などを考えると、習慣や文化などは新型コロナ感染者数の急拡大を
裏づける理由ではないと考えた方がいいと感じる。
マスクについて言えば、クオモ知事は4月17日に、初めて州民にマスクの着用を
求める知事命令を出した。それは経済活動が再開されたり、外出自粛の強制力が
弱まったりすると外に出る人が増え、現在の知事命令である「ソーシャル・ディスタンス
6フィート(これだけ離れれば飛沫感染をしないという距離)」より接近する可能性が
あるからだ。知事もその理由を説明をしている。
日本には、欧米人がマスクをしないことを感染拡大の理由とする話題もある。
それは間違いではないだろうが、そこは米国人的な合理性で、マスクが必要になったら
着用を求めるという選択だったのだ。米国では、今でも有名大学病院の医師が、
医療用でないマスクは自分を守るためにはならないとの指摘をしている。
ニューヨークと東京の類似点
では、なぜ東京の小池都知事がニューヨークの感染爆発を参考にして、安倍政権に
先駆けた言動を始めたのだろうか。またそれは正しい判断だったのだろうか。
答えは、
1)二つの都市の人口動態の類似性を前提に、両都市の感染者数の増加状況に相似性があることと、
2)クオモ知事の新型コロナへの対応が世界的に称賛されるのを見て、そのパフォーマンス
を小池都知事がそれを模倣した、
という2点になると思う。
そして、その判断は、4月13日の週に入って一段と終息傾向を強め、経済活動の再開を
展望し始めたクオモ知事の記者会見を見れば、正しかったと言えるのではないだろうか。
東京都は、総面積2200平方キロに1400万人の人口が住む。うち23区は630平方キロで
960万人が住む。これに対して、ニューヨーク州の面積は東京よりはるかに大きいが、
今回の感染でも明らかになったように、人口2000万のうちの過半が、面積1200平方キロで
人口840万人のニューヨーク市と、同市に隣接し、合計でその7倍ほどの面積を持つ4つの
郡部に住む人口500万人に集中している(面積がニューヨーク市の7倍と言っても
森林が多いため、実際に人口が集中しているのはわずかな面積だ)。
うちマンハッタンは、87平方キロの面積に160万人の人口が住んでいる。これは、
山手線の内側の面積が65平方キロで150万人程度と似ているため、日本人が両者を比較に
使うことが多い。
通勤時間が長いほどリスク大
ここで、ニューヨーク州のどこに感染者が集中しているかを見るために、同州の
市町村別感染者数が載っているリンク(①)の“NY coronavirus tests, positives and deaths
by county”という表とニューヨーク市の郵便番号別の感染者地図(②)を見てもらいたい。
東京が注目すべき特徴は、
①からは感染者の絶対数でニューヨーク市が多いということよりも、人口1万人当たりの
感染者数では、その周囲にある高級住宅地(①の表のうちニューヨーク市の下にある
4つのCounty)の方が多い点だ。
ここからはマンハッタンに通勤・通学する人が多く、また逆に彼らの家に通って
働く人も多いため、ここでの感染を防がないと拡散を止められない。
この考え方には、ニューヨーク州での最初の感染者がこの地域に住む裕福な
ユダヤ人だったことも影響している。これを語ったクオモ知事は、このユダヤ人の
活動範囲(半径1マイル)を直ちに封鎖した。
②のニューヨーク市の感染者数別マップを見ると、感染者数が比較的少ないことを
示す水色は、貧困層が住むと言われるハーレムまで含むマンハッタン全体、および
イースト・リバーを越えたクイーンズとブルックリンのマンハッタン寄りの地域、
およびスタテン島のマンハッタン寄りの地域となっている。
一方、その外枠であるブロンクスと、3つの地域のマンハッタンから遠いところでの
感染者数が多く、濃い朱色となっている。つまり、マンハッタンに通うため、
公共交通機関に長い時間乗らなければならない地域の人々が感染していたこととなる。
これが、クオモ知事が“Stay at Home”、また“New York on Pause(ニューヨークでは
移動をしない)”を宣言した理由である。公共交通機関でオフィスや学校まで、長い時間を
かけて満員電車に乗るという環境は東京も同じなので、このニューヨークのやり方を
東京が模倣することは重要だったと言える。
検査数を増やせば感染経路も見つけやすい
②で示したニューヨーク市のマンハッタンから離れたところは、家賃が安く物価も
安いので、いわゆる貧困層が多く住んでいる。社会主義者のデブラシオ市長は検査料を
ほとんどゼロにする方針を公言した。同市長は不法移民に特別な医療カードを配った
ことでも有名だが、今回も彼らを検査可能としたことで、検査に行く人数が増え、
これが検査結果としての感染者数の増加につながったという指摘もある。
なお、筆者がこれらの地域にある家庭を訪問した経験では、日本の2LDKに7〜8人
の家族で住んでいるという例が多々あった。ここでは、家族の一人が新型コロナに
かかれば、ほぼ全員に感染するという環境だと言える。
検査数の多さは、ニューヨーク市が受検者の住所を分析し、郵便番号別感染者数の
マップを作ることにつながった。また、それが地域環境の実態の把握にもなり、
これ自体が重要な感染拡大を予防するための情報となっている。同時に、日本で問題と
なっている感染経路をデータによって割り出すということにも役立っているのだ。
クオモ知事は先週の会見で、「もはや感染者数を見るのは重要ではない。重要なのは
入院患者数だ」と言い始めた。これは、新規入院者と退院者での日々の動きを見て
いけば、感染症の終息が近いかどうかがわかるということだ。
日本はこれとは反対に、検査数が少ないことが世界から批判されている。
もちろん、新型コロナ対応はどこも同じである必要はなく、日本のように重症患者を
優先的に見る方針によって医療崩壊を防ぐという方法も、決して間違った判断ではない
だろう。
しかし、それでは、感染経路を患者へのヒアリングからしか追跡できないので、
日本全体、または東京や首都圏全体での、素早い終息という意味では限界がある
かもしれない。しかも、病院に行かずに我慢しているうちに亡くなってしまうという
危険性も高い。
小池都知事がニューヨークの例を参考にしているのは、そして彼女が英語で
“Stay at Home”と宣言した背景には、これがあると言えるだろう。ただ、日本の地方
公共団体は、東京とはいえども、国の方針に反してニューヨーク州のように自分の
ところだけ検査を増やすというような判断をしてきていない。
ニューヨークは医療崩壊していない
米国では、3月13日にトランプ大統領が国家非常事態宣言を出すと同時に、
FEMA(連邦緊急管理局)に蓄えてある340憶ドルの資金を使うためスタッフォード法を
稼働した。これを使って、各州は人工呼吸器の購入など医療システムを整えていった。
ちなみに、FEMAはどの州も基本的に同額が引き出せることになっているが、
ニューヨーク州だけが唯一の例外として減額された。
この間、トランプ政権とFRB(米連邦準備制度)は全国全体に対して巨額な経済
支援策を行ってきた。しかし、これらは州政府には降りてこない。
このため、クオモ知事は今、連邦政府に対し、新型コロナ対策で自由に使えるお金として
全州で5000億ドルを拠出してほしいと依頼している。
国家非常事態宣言が出て以来、ニューヨーク市のセントラルパークに設置された
仮設病床や、冷凍車やホテルのロビーを遺体安置施設として活用しているところが
日本でも報じられた。これが、ニューヨーク州が医療崩壊の直前にあるというイメージを
与えたのは間違いない。
しかし、ニューヨーク州は医療崩壊には至っていないし、それに近づいてさえも
いなかった。
既存の病院などでは医療施設が足りなくなったのは事実であるものの、多摩川より
はるかに川幅が広いハドソン川を越えて、患者をニュージャージー州に運ぶという
ことさえせずに済んだ。ニューヨーク州にある大学病院、また他の総合病院との
連携や、入院施設を持たないクリニックの医師の協力もあって、何とか乗り切ることが
できたのである。
筆者は昔、葬儀場の向かいにあるアパートに住んだことがある。そこで神の国に
行く死者を一晩中きれいに飾った薄明るい部屋に安置するという習慣があることを知った。
この一晩は、家族の死者との別れのための時間である。また、米国では、遺体の血を
抜くなど埋葬の準備を、機械的に処理していくことが多いと言われているが、それも
一般的に思われているほど主流ではない。だから遺体を何日も葬儀場に安置するという
例は少ない。
一方、今回のように死者が増えるような緊急事態には葬儀場が不足し、また埋葬の
作業員数にも限りがあるため、遺体の安置期間も延びる。これが冷凍車などの利用に
つながったのであり、このこと自体は、日本人の受けた印象ほどには現地では大問題
ではなかったことは確かであろう。
いずれにせよ、東京は、法的効力がなくとも、政府の要請を守るという日本人の
真面目さに支えられている面もあるのだから、ニューヨークのこれまでの成功例を
参考にして、感染爆発が起こることを回避するべきである。