中国の影響力、欧州の裏庭にも深く浸透へ
アジアやアフリカで積み上げてきた経験を元に、中国は中・東欧の奥深くに入り込もうとしている
【ベオグラード(セルビア)】欧州は移民問題での内部対立のほか、ロシアや米国との緊張関係に気を
取られている。その隙を突くように、中国は歴史的な好機に乗じて欧州の奥深くに入り込もうとしている。
中国は、アジアやアフリカで積み上げてきた経験を元に、次々と中・東欧諸国との取引をまとめ、
金融と通商の両輪でネットワークの構築を進めている。その狙いは国際秩序への挑戦だ。
これまで中国は、欧州連合(EU)の周縁にある十数カ国に足場を築いてきた。この中には、ハンガリーの
ような比較的小規模なEU加盟国も入る。また、セルビアなどEU加盟準備を進めている国もある。
中国の労働者らは、交通の難所だったモンテネグロの山地に50階建てビルに匹敵する高さの柱に
支えられた高速道路を建設している。中国はギリシャのエーゲ海岸から極寒のバルト海沿岸ラトビアに
至る新たな貿易ルートを形作ろうとしており、この高速道路も港湾や鉄道を含めたその新回廊の一部となる。
セルビアの新たな国際送金システムも中国の技術によって管理されている。またスロバキアの
コシツェのような地方都市には、今や中国からの貨物列車の停車駅がある。
2014年12月、橋の除幕式に臨む中国の李克強首相(左)とセルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領
これら経済的困難を抱えた各国に中国政府が持ちかけているインフラ構築などの提案は、米国やロシア
からは出て来ないものだ。米国もロシアも通常、この地域を安全保障の観点から見ている。
また、EUの団結のほころびに気を取られている欧州委員会からも、こうした提案は聞かれない。
EU周縁国の政治家にとって、中国からの提案は欧米の典型的なやり方と比べ、契約条件や透明性に関する
面倒が少なく、迅速な結果を約束するものだ。問題は、中国との包括的取引は中国政府が旗振り役と
なっており、中国の銀行からの借入金で中国の受注業者に代金を支払うという点だ。
モンテネグロを含む複数の国が、こうした過程で巨額の債務を抱え込むことになった。
中国による資金援助の大半は融資の形をとっており、その結果、借り入れ国は中国の銀行の顧客となる。
またインフラを建設し、ソフトウエアやサービスを提供する中国の企業は、個々の成果に伴って欧米で
これまでより大きな信頼を得る。中国はエンジニアリング分野と技術革新で西側に影響力を広げることで
自国経済を拡大させ、各国との協力関係を強めることができる。
ギリシャは昨年、EUが中国の政治活動家弾圧を非難する動きを見せた際、これを阻止した。
EUの政治家らは、中国の国営企業がギリシャの主要港を運営していることを指摘し、ギリシャ政府が中国に
依存しすぎているとの考えを示した。一方でギリシャは、EUの中国批判を「非建設的で差別的だ」と表現した。
中国のこうした姿勢は広域経済圏構想「一帯一路」の一環でもある。主要なインフラ事業はこの構想の
名刺代わりとも言える。
セルビアで4年前に開通した全長1.6キロの橋は中国のチームが欧州で初めて手掛けた大型インフラだった 。
中欧で中国の最も緊密なパートナーとして浮上してきたのがセルビアだ。中国はセルビア国内で
ドナウ川に架かる橋としては70年ぶりとなる橋の設計と建設を手掛けた。また同国内の電力および
電話網システムの最新化も支援した。直近では、中国国営の決済サービス大手、中国銀聯(ユニオンペイ)
のネットワークにも接続を開始した。同ネットワークはビザやマスターカードの中国版と言えるもので、
これによってセルビア国民は国内クレジットカードを海外取引でも利用可能になる。同時に人民元が欧州に
流れ込むルートにもなる。
ユニオンペイによれば、セルビアでの決済システムでは国際送金手続きを保証するチップや技術基準が
盛り込まれている。この措置は米国の関与が及ばない送金システムを構築することになる。
つまり事実上、米国が中国企業を対象にしばしば行使する経済制裁措置を弱体化させる可能性がある。
いまだ影落とす冷戦
セルビア、スロバキア、クロアチア、チェコは今も東西冷戦やユーゴスラビア分裂の影響を
引きずっており、こうした経験が米国やロシアに向けられる感情にも影を落としている。
一方で中国は、こうした過去の歴史に起因する負担は背負っていない。
近い将来、中国製の携帯電話や自動車を積載したコンテナが中国遠洋運輸集団(COSCO)が運営する
ギリシャのピレウス港に荷揚げされ、中国の建設した高速道路や橋を通ってマケドニアやセルビアを北上し、
中国が工事を手掛けた鉄道でハンガリーへ輸送される日が来るだろう。
ポーランド、リトアニア、ベラルーシでは中国企業が運営する倉庫の建設が提案されている。
こうした倉庫に収められるのは、欧州でクラウド事業を拡大している中国アリババグループの
ウェブサイト上で購入される商品かもしれない。これら地域のインターネットのトラフィックは
中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が設置したスイッチ経由で流れる。
人口700万人で米バーモント州と同程度の経済規模を持つセルビアは、政治的中立性を主張する。
同国当局者は、セルビアの外交政策において、中国はEU、米国、ロシアに次ぐ「4本目の柱」だと
述べている。
またセルビアのシニサ・マリ財務相は「われわれは東か西かで選ぶべきでないと考えている」と
書面を通じて語った。
同国のアレクサンダル・ブチッチ大統領は、中国の習近平国家主席を友人と呼び、過去2年間で
5回会談を行った。習氏がトランプ大統領と会ったのは3回だ。習、ブチッチ両氏の夫人は10月29日に
北京で二国間関係について話し合った。
シンクタンク「ベオグラード安全保障政策センター」が昨年実施した世論調査によると、セルビア国民は
軍事および政治面では米国が中国より強いが、経済的にはそれほど先を行っていないとの見方を示した。
同調査では、技術面と投資家としての信頼の面で、米国は中国に後れを取っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/ed/52206c4a9df6d5142ac968c7f6204060.jpg)
セルビアで4年前に開通した全長1.6キロほどの橋は、中国のチームが欧州で初めて手掛けた
大型インフラだった。橋を建設した中国路橋工程はその後、クロアチアとモンテネグロでの事業も受注した。
WSJが確認した契約の条件規定書によると、橋の竣工前に支払いは始まっていた。
セルビア財務省は18年間にわたり、毎年1月と7月に数百万ドルを中国輸出入銀行がニューヨークに持つ
銀行口座に送金する義務を負う。契約は「物品、技術とサービスが優先的に中国から購入されること」と、
いかなる紛争も中国で解決されることを規定する。
セルビアの首都ベオグラードでは現在、中国鉄路通信信号がセルビアとハンガリーを結ぶ鉄道の
改修作業(総工費30億ドル)を進めている。ただ、中国企業が入札なしで受注したことにEUが異議を
唱えたことで、ハンガリー側の建設作業は遅れている。こうしたEUのルールに縛られないセルビアは、
同じ契約業者による建設分(総工費3億5000万ドル)を優先的に承認した。
中国銀行ベオグラード支店の新オフィスから1ブロック離れた旧中国大使館の跡地には、
総工費6000万ドルをかけて11階建てのビルが建設されている。旧中国大使館は1999年、北大西洋条約機構
(NATO)のバルカン紛争停止を目指す作戦中、米軍機が落とした5発のレーザー誘導爆弾によって
破壊された。
北京から来た観光客のヤン・シャオユーさんは、大使館の「殉死者」を悼む銘板に向かって3度頭を下げた。
爆弾が落とされた当時は2歳だったという。
「その頃は自分たちの国がかなり弱かったように感じる。今ここに来て、当時何が起こったのかを考えて
みると、われわれの母国は本当に強くなっていると感じる」とヤンさんは述べた。
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