シャロン首相のアラファト嫌いは歴史?がある。嫌悪感だけで自分を正当化する救い用のないタイプ。実際に会うと絵画やクラシック音楽を愛する落ち着いた感じの人物ということですが、却って恐いですね。
パレスチナの自爆テロも止めようがないですね。ユダヤ人を全員イスラエルから追放する以外、解決できないんじゃないかと思いますが、それはもう無理な話でしょう。あの人たちは停戦と言ってるそばから殺し合いをする。両方絶滅させるしかないんじゃないだろうか?
彼らだけでは可哀相というなら、人類が全て滅びればよい。それが他の生物のためにも地球の環境にも、一番よい方法だと思います。
パレスチナの自爆テロも止めようがないですね。ユダヤ人を全員イスラエルから追放する以外、解決できないんじゃないかと思いますが、それはもう無理な話でしょう。あの人たちは停戦と言ってるそばから殺し合いをする。両方絶滅させるしかないんじゃないだろうか?
彼らだけでは可哀相というなら、人類が全て滅びればよい。それが他の生物のためにも地球の環境にも、一番よい方法だと思います。
世の中には多分「無宗教」というと「エッ何アンタ」という所の方が多いと思うんですが、ワタシはどーーーーーーーーーしても宗教というのは、「甘え」にしか見えないです。単に自分で自分の事が出来ない人間が、誰かが勝手に作り上げたものに依存して、自分を慰めたり(まさに“自慰”ですね)、癒したり、弱い自分をフルい立たせたり、といった自己満足のためでしかないんじゃないだろうか?
> イスラム教上、生活の規律を守るもので「パシュトンアリ」というのがあります。
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> さらにそれが大まかに3つに分かれます。
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> 「ミルナスティ」:友や同胞を歓待する心やその規律
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> 「バダル」:他人に対して復習する心やその規律
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> 「ナナワテ」:これを言われた相手は、例え言った人間が親殺しであろうと許さなければならず、衣服、食料、住居を与え、さらにはその人を守るためには自らの命をも投げ出す規律
これらは、私は知らないですが、イスラム教徒らしい考え方だなと思います。個人的には、何れも共感できるものがある。本来の教義?で使われるのなら、世界制覇を果たした最大カルト、キリスト教なんかより、よほど自然に思えます。
しかし、私思うに、どの宗教に限らず、戒律の厳しいところほど犯罪が多いような気がする。宗教というのは、宗教本来の目的にかなった謹厳な人、自分で自分に厳しい人であってこそ、初めて効力を発揮するのではないでしょうか。
現実には、実生活では文句のある相手に面と向かって言えない人がワイドショー見ながらグチこぼすのと同じレベルで神様に頼るだけの情けない人間でいっぱいなんじゃないかと。そして思った通りに行かないと、一転して「何か」にその捌け口を求める、規模の差こそあれ、基本はネットのチンカス匿名小僧と変わらないのではないかと思っています。
> 911事件の1年位前だったと思うのですが、アメリカのイスラム信者
> が増えていることについての特集がNHK?であり、その中で印象に残った
> インタビューで、
> 「改宗すること(キリストからイスラムへ)で私は新しい人間になれた」
> と言うようなことを言ってた人がいたこと。
> これは、日本の佛系のところでも、耳にしたことがあります。
> それって、無茶苦茶都合の良い言い訳じゃないの?と疑問を感じました。
そうですね。アメリカなんかは、また“とりわけ”思い込み(自分に言い聞かせる系の信仰)がハゲしいように思います。あれだけ自己主張が強い人たちなのに、何故なんでしょうね。
(ただし、アメリカも中国も、自己主張が強い(強すぎる)だけに、いったん“自分よりも強いもの””頼れそうな感じのもの”が登場すると、テキメンに「右ならえ」しちゃうところがあるかも知れませんね)
ちょっと前にブッシュさんが訪中した時、例の清華大学の講演で、中国人のワカモノ相手にセツセツと「宗教の重要さ」を訴える場面で、「宗教はモラルの維持に役立つ」というような事を言ってました。
それは、そうだな、と思います。これもまた「本来の意味で」機能しているのなら、の話ですが。
しかし現実には、「モラル」を求める筈の宗教、思想、規律、その他、何れも「それが厳しければ厳しいほど(良い人間を求めれば求めるほど)」その下にいる人間は、反動で、何もなかった時よりいっそう悪いことをするのです。