気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘75) 7月17日 其々の帰路

2022年07月17日 | 日記・エッセイ・コラム
玉利洋子登場
一度に五人の仲間にサヨナラをするのはどれ程苦痛にも似た恋しさのか、この身につまされて感じさせられた。今は情けとしても、もうこんな思いはしたくないと思っている、のだが…。
那覇で知り合って以来の毛利と須藤が、とうとう…今夜の「おとひめ丸」で帰って行く事になった。竹富から出でくる二人を桟橋迄迎えに行くと、数人の泉屋仲間(知らない顔触れもいた)と一緒に元気そうな顔を見せた。今考えてみるととても不思議なのだが、この時私はカメラを持っていて(どうして持って出掛けたのだろう)みんなで記念撮影をした。恐らくはそうしてみたい気持ちが有ったのかも知れない。夕方迄の時間をどうするかなどと話し合っていた時、私は何気無く傍にいた女の娘と話しをしていた。彼女の名前は玉利洋子。多分私は、曲がりなりにも石垣島に暮らし始めて約一ヶ月、八重山での先輩面をしていたのであろう。何も知らないくせに、まるで生徒からのレポートを読む様な感じで洋子の竹富での感想を聞いていた様であった。

気が付くと波止場には知った者の影は無く、私と洋子だけが取り残されていた。竹富(泉屋)から帰路に着く連中はみんな船で、彼女だけが飛行機。多分そんな事情も有ったのであろうが、ちょっぴり寂しさを感じたのは確かであった。そこで私は彼女に残された僅かな時間を有意義に…と思い、パイン農園バラビドーへ連れて行った。これは正解であった。このパイン狩りは本当に楽しい思い出になった筈である。洋子ならずとも私自身、久し振りに心弾む「時」を感じる事が出来た。美味しいパインもさながら、水牛に乗せてもらい写真を撮ったりもした。
しかし、やがてこの楽しい時間の淀みにも終りを告げるべく瞬間が訪れた。迎えに来ていたタクシーに乗ると一度美崎町に戻った。僅かな余暇を生かし、ザボンに入り冷たい飲み物で喉を潤した後、波止場のコイン・ロッカーから荷物を取り出すと、再びタクシーに乗って空港へ向った。ほんの束の間の待ち時間、ここでも時間はその流れを止めている様に思えた。これが八重山特有の「淀みの時間」なのか、二人だけが感じ得たものなのかは知らない。太陽の熱以外のところで、言葉にはならない暖かさを感じたのである。
「ねぇ、ジュンさん、今度は鎌倉の方へも遊びに来て」
「うん、そうね、機会があったらね」
「まだここには当分…?」
「出来たらねェ。居られるうちは居たいサァ」
「そう、じゃ、東京に帰って来たら連絡してちょうだい」
「いいよォ、私の事忘れてなければね」
「忘れるなんて、そんな事無いって…」
二人の会話を絶つ様に、時間は急に動き出した。壁の時計が速く回り始めたと思うと、今度は洋子を急かし始める。私はいつもの様に屋上に出て、小さな飛行機に乗り込む洋子に手を振った。そして、空の彼方に完全に消えてしまう迄、面影を映しながら見送ったのである。残される身の寂しいシーンである。

ゆっくりと階段を降りた後、タクシーで美崎町へ戻り港へ向った。まだ「おとひめ丸」出航には時間が少し有った。港では先ず河野を見つけた。彼も今夜の船で大阪へ帰って行く。バラビドーでのお土産は河野にあげた。暫くして船に目を配ると、もう早々と乗船していた毛利を見つけた。手を振る。紙テープが飛び交う。別れのドラが鳴り、「蛍の光り」が流れ、そして船は出て行く。
毛利と須藤、そして7月7日に竹富へ戻った時知り合った通称「お髭の指輪工場の社長」。それに私がここに居られるように取り計らってくれた河野。午後五時の「おとひめ丸」は、私の記憶を鮮やかに回転させて、夕方の水平線に消えて行った。其々が其々の新しい行く手に、そして家路へと去って行った。
この寂寞とした気持ちと共に、『私も早く家に帰りたい…』などと思ったりもする。もう振り向かない…と強く心に言い聞かせているのだけれども、この目は言う事を聞こうとはしない。一緒に乗り込んで行きたい…と思っては、泪がこぼれそうになる。もうこの様な思いはゴメンだ。本当に嫌だよ。今日の五人に関した思い出がまとまって、順を追って出で来ると、もう本当にいたたまれない。

テッペイ(蒲倉)さんから手紙が来ていた。彼も会いたがっている。蒲倉さんも私と同じ気持を伝えている。
「遠くの友から便りが来るというのは、何となく浮き浮きして楽しいものです…」
と。私の就職祝い(?!)に、一人で祝杯を挙げてくれた…とは、本当に嬉しい。友達…っていいものだなァと思った。また竹富で十月になれば会えるかも知れない…と思うと、何か待ち遠しくて堪らない。
嬉しさと悲しさ、人間の喜怒哀楽…なんてものを感じる今日この頃。旅の情けが身に滲みる。

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