民宿に戻ると隣りの部屋の新婚さんは既に立ち去った後だった。私達が昼食をとっている間にオバチャンはお出掛け。竹富町婦人会の集まり(バレーボール大会)らしい。何たる事か!私達二人を置いて誰も居なくなってしまった。こんな事は沖縄の離島だからこその事。他所では絶対に起こり得ない筈だと思う。最も大切な、原初的な人間関係が、この時代にここには存在している。日常の事として。なんて素晴らしいのだろう!
食べ終った食器を台所持って行き洗った後、〈だらしない〉と云う言葉が物の見事に当てはまる程の台所を掃除し始めた。恐らくバレーボール大会に行く時間が迫っていて、それどころではなかったのだとは思う。その間に明美は部屋掃除。そして庭を片付け、明美が取り込んで来た洗濯物を畳むのを手伝った。
誰も居ない民宿で気の付いた事をする…別にこれといったものではないけれど、遠い昔の〈ママごと遊び〉を思い出させてくれる。話していた話題などは、不思議な空間の中に吸い込まれ、次から次へと何処かに消え去って行った。
一応一通りの事をやり終えて煙草を吸っていると、とうとう煙草が切れたので、散歩がてら煙草を買いに外へ出てみる事にした。明美にも外の空気が必要だった。
平良商店への道、どうして知っていたのか自分でも不思議に思ったけれど、とにかく煙草を手に入れる事が出来た。が、しかしここで一騒動。そこの(店)の娘、頭がおかしいらしく、煙草の値段が間違っていて、70円のヴァイオレットをハイライトと同じ120円で売りつけるのだ。正しい値段を何度も教え、訂正させようと少々ゴネてみたけれど暖簾に腕押しで、別の店を探しに歩くのも面倒くさいので、やむなくその値で買った。いや、買わされたのだった。ブツブツ明美と文句を言いながらT字路迄来ると、丁度オバチャンが帰って来るところだった。平良商店での話しをすると勇んで出掛けて行き、すぐに戻って来ると、私に取り返してきた差額を手渡してくれた。オバチャンの話しに拠ると、どうやらあの平良の娘は知恵遅れらしかった。とんだムカつく笑い話しと共に三人で坂を上り戻った。
今夜の泊まり客は明美と私の他にもう一人男が加わっての三人。今日帰った新婚さんのいた部屋に彼が入室した。どういうわけか二人共彼と話す事は無かった。彼の方もこちらに馴染んでくる様子も見せず、−Going My Way−を気取っていたいらしかった。
夕食後は明美の細やかな心遣い
「洗濯するけど、何か有ったら出して。一緒にやるわよ」
と言う言葉が『わぁー、助かった』と私を嬉しがらせた。
夜半、例によってスクラップ寸前の扇風機の音を耳にしながら憩いのひと時を楽しんでいると、まだまだ生乾きの洗濯物の上に雨が降り出したので、
「やな予感…」
「イヤだ〜」
私達は慌てて庭へ飛び出し取り込んだ。
その後、布団に横たわりながら明美にレポート用紙をもらい詩(詞)を書き上げ、
「これ…あげる…」
と言って渡したのは、アルバトロスで明美の寝顔を見つめながら書いた『潮風の悪戯』だった。静かに目を通し読み終ったところで小さくクスっと笑い、
「ステキね」
と言ってくれたので、
「もう一枚ちょうだい」
と、もう一つ書いて渡した。
外では確かに小雨が降っているのだけれど、部屋の中では扇風機の壊れかけた様な音と、壁に這うヤモリの足音と鳴き声が、不思議な楽しさを与えてくれる。
「サア、そろそろ寝ますか。今夜はゆっくりと…」
明日はこの西表を出て行く日。まだまだやり残した事ばかり。大原と浦内川近辺しか知らない。
でも、それなりに充分過ぎる程楽しめた事は確か。
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