隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

ひけらかさない深さ~『朝日新聞』5月30日夕刊より~

2006年06月01日 10時42分40秒 | プチエッセイ
■人との出会い

 山本一力氏の連載「陽を浴びた朝つゆ」を昨夜読み、心地よい読後感をもらいました。読んだ方、いらっしゃいます?
 山本氏は、オール讀物新人賞受賞後に担当になったある編集者について書いています。この担当者から教えられたことがその後の作家活動に大きな影響を与えたというのです。
 たぶん作家にもいろいろあって、自由に自分の書きたいことを書き、それが多くの読者に受け入れられ、ベストセラー作家になっていく人もいるでしょう。個性を重視するには決まりより勢いということもあるだろうし。
 でも、多くの作家は新人のときにどんな編集者が担当になるかで、その先の道がずいぶん違ってくる、ということも聞いたことがあります。私の知っている、今では超有名になった女流作家も、担当者が変わったとたんに流れが変わるかのように良い作品が生まれるようになったと言っています(ま、それは本人が言っていることで、だから前の担当者が無能だったとは思いませんけど)。

●「読者を物語の現場へ」 
 山本氏の担当になったある編集者は、こんなアドバイスをしてくれたそうです。
 勇んで作品をもっていった山本氏に「残念ながら、これはまだ作品になっていません。読者を物語の現場に連れて行ってください。そしてその場に立たせてやってください」と言ったそうです。「読者を物語の現場に連れて行く」は、今でも彼の執筆上の「原器」となっているそうです。これって、深い表現ですよね。小説を読んでいて、その場面や人物の心情が心の中にストンと入ってくるときの快感って、読書の醍醐味だもの。いくら大仰な形容詞が重ねられていても、なんか心から離れてしまっていることであるでしょ? そういうときは、なんだかなー、と欲求不満になりますよね。

 
●「ひけらかすな!」
 また、こうも言ってくれたそうです、「取材は大事ですが、調べたことの九割五分は捨ててください。作家は膨大な知識を下敷きにしつつ、あえて書かないという手法で、読者に訴えかけるのです」と。これも深い!(笑) ひけらかすな!ということです。
 人は誰でも自分のしてきたことはすべて見せたい、そういう根本的な欲望をもっていますよね。だから、仕事を仕上げたりレポートを書き上げたりしたとき、「昨日徹夜しちゃってさー」とか「先週はずっと残業続きでね」とか、言いたがる人って案外多い。もちろん私だって例外じゃないです。あとでみっともなかったな、と思うような自慢?をしたり、「大変な日々を送っているのです」的なことを言い連ねたり…。うーん、思い当たることばかりだな。
 競争社会を生き抜くには、そうやっていかに自己アピールをしていくかが大事だ、ということもあります。それは確か。だから、山本氏が言うように、「彼は私と同じT大の一年先輩で、大変優秀な人です」なんて言い方をする人も多い。ここでは、「私と同じT大で」は不要な情報なんですよね。でも言っちゃう。「私の兄は大蔵省のキャリアなんだけど、この前のGWにその兄と一緒にハワイに行ったのよ」なんていうのもいい例だな。ハワイに一緒に行った兄が「大蔵省のキャリア」だなんて、それは身内自慢でしかない。「○○製作所に勤めている兄」などと無名の中小企業の名前をわざわざあげて兄を紹介する人はあまりいないだろうし。

●大事なのは想像力?
 その編集者は、実は若くして亡くなった芥川賞作家の息子だそうで、彼はそのことを一言も言わず、他の編集者の話で山本氏は知ったそうです。そのことで、山本氏は彼を心から信頼・尊敬したと言い、その気持ちは今でも変わらないと書いています。
 これは、その編集者の奥ゆかしさでもあるけれど、たぶんそれだけではなく、彼には自分のしていることに対する自信と誇りがあるからなのかもしれません(ひょっとすると、作家である父親への複雑な思い、というのがあるのかもしれないけれど。それは不明)。でも、自分以外のプラスアルファの助けを借りずに生きていくというのは、やはり見ていて気持ちがいい。
 でも私なんて弱いずるい人間だから、なかなか邪念は取り払えない。だから、ついつい自分を飾ったり、何かで守ったり、能力以外のことで武装したりしてしまう。そういうことってあるでしょ? だからわがままを言わせてもらえるなら、こんな私みたいな人間だって、結構ちゃんと生きようとしてるのよ、「ひけらかさずに」生きていこうとしてるのよ、というところをみていてくれる人がいてくれたらうれしいかな。甘いね、それはわかっています。
 そしてもちろん私自身も、そんなふうに家族や友人や仕事仲間をみていたい、そう思います。大事なことは、人を見るときの目や深い観察力かもしれない。出会った人がどういう人なのか、いつも想像力をたくましくして見ていたら、私のまわりにもきっとステキなやつや、かっこいいお嬢さんがいるにちがいないのだから。
 出会ってすぐに魅力的な内面を表現できる個性の持ち主もいるけれど(これはうらやましい、マジで)、でも人はやっぱり長い時間かけてやっと理解できるってことのほうが多い。優しい気持ちと想像力は私の課題だな、このエッセイを読んで山本氏と担当編集者のことを知り、そんなことも思いました。


ジャワ地震の報道によると、被害はますます大きくなっているようです。
救援募金の受付については、こちらからどうぞ。




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