今月末からタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が公開されますが、主人公のデカプリオはマカロニウエスタンにも出演したという設定になっています。
当時、実際にマカロニウエスタンにも出演し、「ワンス・アポン〜」にもキャスティングされていたバート・レイノルズは自伝「My Life」の中で当時の撮影の様子を語っています。
タランティーノも読んでいるであろう同書、「ワンス・アポン〜」の背景知識として、お楽しみください。
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ニューヨークにいた頃、イーストウッドのお陰で私はすぐさま映画の仕事を得ることが出来た。クリントと私は長年の友人だったが、彼を知る他の人々とは違い、彼の電話番号を聞かなければ、逆に家に招かれたこともなかった。
さて一気に15年進んで・・・。彼は突然、私に感謝祭のディナーに招待してくれたのだ。肝をつぶした私は「ジーサス、クリント!」と叫んだ。
彼の家は山の中にあったが、隠れてて、郵便箱も番地もなにもなかった。誰か人が住んでいるなんで誰も思わなかった。ガレージのボタンを押すと、そこにいた1人の男と出会ったが、彼は私とクリントとの付き合いがどれくらいになるかを聞いてきた。
私は「君の方こそどれくらいの付き合いになるんだい?」と言った。「私は彼と一緒に高校にいった。それから軍隊でも一緒だった。」
「ああ、私も彼とは15年来の付き合いだ。」
「えっ!たった15年の付き合いでここに招かれたヤツなんで今までにいないんだぜ。」
それがクリントだ。彼は決して自分本位の人間ではないが、極度にプライバシーを大切にし、シャイなのだ。また、ほとんどの人が知らないのだが、クリントはとても面白い。すばらしいユーモアのセンスの持ち主なのだ。
クリントには初めからヘンリー・フォンダやゲイリー・クーパーと同じスターの輝きがあった。「ローハイド」の頃、彼はスターになるのを待つだけだった。他人がそう思っていたように私も同様だった。その好印象とはうらはらに、彼からは危険な香りが滲み出ていた。ジュリー・ハリスやジェシカ・ウォルター、グロリア・タルボットといった女優がクリントと共演した時だけ見せる演技があるだろう。いく人かはすでに実力もある偉大な俳優だが、それでもクリントはさらに良いものを引き出せるのだ。
クリントとは長年の付き合いだが、彼が偉大な俳優と認められることにやっきにはなっていないと知っていた。
が、彼には尊敬される監督になりたいという熱望があった。彼にはアイディアとビジョンがあり、誰しも彼が偉大な監督が持つ才能を有していることに驚くだろう。「ローハイド」時代に1度だけ彼が冷静さを失うのを見たが、それは監督たちが何をしてよいか分からず、ただ電話をしていた時だった。彼らは80人のクルーを動かすという特権の真価がわかっていなかった。このことが彼を怒らせた。
私がまだ「ガンスモーク」に出演していたある日、レビュースタジオのある試写室でクリントと会うことにしていた。彼は最近、「荒野の用心棒」を撮りイタリアから帰ったばかりで、私の感想を知りたがっていた。試写室にはクリントと私だけだった。野暮なタイトルが映り、あわせて地獄の底からじゃないかと思う音楽が流れた。その映画がむちゃくちゃ変な映画だと思ったが、どんな風に言えばいいか迷った。彼に言おうとしたその時、オープニングショットになり、誰かの超ロングショット、そしてクリントの超クローズアップになった。外見はとてもユニークで、それまで変だと思っていた音楽が急にカッコいいものに聞こえ始めた。私はこの映画が好きになった。
映画が終わった。私は「このセルジオ・レオーネって奴はすごいよ。彼はすべての俳優に今まで見たこともないような、最高の登場のさせかたをする。彼は止まることも進むことも恐れていないね。この映画が好きになったよ。この監督はスゲエ奴だな。」
私がニューヨークに着いてからしばらくして、クリントからお呼びがかかった。彼は私とジュディが別れたことを聞いていたが、そんなことは私をディノ・デ・ラウレンティスに紹介することに比べれば重要じゃなかった。ラウレンティスは次のマカロニウェスタンのスターとなれるアメリカ人主演俳優を探していたのだ。ディノとクリントは「荒野の用心棒」を撮った時に友人になり、クリントは「夕陽のガンマン」を撮るために戻ったところだった。
「判ってるだろうが、イタリアで君は皆から愛されるぞ。」クリントは言った。
「君はインディアンのクォーターだし、俺の知っている他の誰より最悪の馬も乗りこなせる。君は人と抱き合うのが好きな方だからな。」
「そうだな。」と私は言った。
そうして私とディノは会った。彼はしゃべり続けた。「彼はいい奴だ。」そして私は「さすらいのガンマン」の契約をしたのだ。
ディノはまくしたてた。「バータ、こんの映画はすんげえものにするぞ。君にいいたいのはな、「荒野の用心棒」がイタリアで金を稼いでえるということなんだ。普通のイタリア人は35回は見とるんだ。バータ、わしらは更にでかい物にするぞ。クリントは100人殺したが、君は245人殺すんだ。2倍、でかいっものにするってことさ。」
目の前の男は思慮深い男に思え、そして言った。「すんげえ。」
(中略:この間にレイノルズは「夜間捜査官ホーク」の仕事が決まり、時間の余裕ができた。)
私に3ヵ月間の余裕ができた。その間にイタリアで「さすらいのガンマン」を撮影するのだ。
「バート、言ってくれ。なんでえ、テレビシリーズがそんな重要なんでえ。」ディノが聞いてきた。
「私はローマに5週間いるが、道端のカフェでモルトヴィノ(ワインの一種)を飲み、脚本が完全に書き上がるのを待つ以外、何もしていない。私はイタリアで8週間過ごすつもりだったし、行きの飛行機の中で読んだ脚本以上何を求めるのか分からない。」
しかし、私たちが撮影に入る準備をしているその時でさえ、ディノは最後の瞬間に脚本を却下し、書き直しを命じていた。
「心配するな。」ディノは最初の週に私に言った。「完璧な衣装を準備してある。ホテルにいって、泊まって、リラックスしろ。明日10時に衣装係とホテルにいくから。」
彼がそういったものの、10時はイタリア時間だった。時間は11時、12時、1時と過ぎ、衣装係が来たのは3時を回ってからだった。彼は見た目150歳じゃないかと思わせた。古くてばらばらにっている大きな本を開くと、インディアンを指差した。そのインディアンたるやコロンブスがアメリカ大陸に上陸した時、出会ったような姿で、足元まで羽毛に覆われた服にに小さな金隠しをしていた。
「インディアーノ?」衣装係は尋ねた。
「違う」
「そうだよ。」
「違う!」
「アメリカン・インディアンだよ。」
最初の1ヵ月間はこんな調子だった。とうとう私は本を取り上げ、ネイティブアメリカンの戦士に似た絵を探してページをくった。しかし七面鳥のような格好をした男の写真以外、1枚の絵も見つけることができなかった。ディノが「アンタの乗馬の腕を見せてくれ。」と助け船をだしてくれたお陰で、私はご老体を殺さずにすんだ。
カメラマン、シルビノ・イポリッティには感謝している。彼はイタリアで最高の撮影監督の1人だ。その素晴らしい馬にも感謝している。この馬のおかげでテスト撮影での私は素晴らしく写っていた。黒い髪はたなびき、革のベストを着けていた。いつもその馬に乗ることが出来たし、馬も私の思い通りに動いた。ディノは今まで私ほど上手に馬を操れる俳優を見たことがないと言った。そして彼はスクリーンテストを見るため、私を家に招いてくれた。
彼の家は「家」などではなかった。まさに城だった。私が知るなかで、実際に人が住んでいる建物では最大級だった。そこに入るやいなや、最初に会ったのが世界でも最高にセクシーな女性の1人、シルバーナ・マンガーノだった。
彼女の事なんてここ何年も思い出したことさえなかったが、そのダークビューティーがそれが突然、目の前に現れたのだ。「にがい米」での蠱惑的な全シーンを思い出した。彼女が身にまとうのはナイロンのドレスだった。
ディノは地下にある試写室へ私たちを案内した。試写室ではすでに数人が待っていた。テスト試写が終わると、皆拍手した。
「君は大スッターになるぞ。」ディノはまくしたてた。
「もうどこでもヤリたいところでヤレるぞ。」
「どこでもなんてしやしないよ。まあ他の国ではヤルかもしれないが、どこでもじゃない。」
シルバーナ・マンガーノは「あなたはとてもセクシーよ。とてもとてもセクシー。」と賛成してくれた。しかしテストフィルムをしっかり観ていた彼女の女友達は、賛成していなかった。この彼女にすれば私は「とてもとてもセクシー。」ではなかったのだ。
ディノが主催したディナーは信じられないようなものだった。私はクラウディア・カルディナーレとクリントの間に座り、向かいにはアンソニー・クインとジョセフ・マンキーウィッツがいた。他にはイタリアの俳優がぎっしりといた。ディナーには驚かされ、お祭り騒のようで、騒がしく、最高に楽しかった。イタリアの城でのディナーはこうだと思うもの全てがあった。
私はクリントに言った。
「6週間も滞在しているが、ディノはようやく脚本をOKしたところだ。永遠にここにいるんじゃないかと思う。パーティーに次ぐパーティー。家賃なしで住んでいる。すぐに年をとって、デブになったら、ジョーを演じられないんじゃないかと思うよ。」
「いつかは完成するよ。もし映画での君が気に入られたら、撮影が終わったら時には30から40万が詰まった封筒がもらえるぞ。それでしたいことをする。突き返す。物申す。もしくはそうしないかだ。ただ君に警告しときたかったんだ。」
私がさよならを告げると、ディノは私を抱きしめた。遂に私は意気込んで聞いた。「私らの映画はいつ撮影を始めるんだい。」クリントはすでに映画撮影にとりかかり、イタリアを離れた。私も始めるのだ。世界はなんとすばらしいのか。違うか?
「ディノ、1つ質問がある。この作品はセルジオが撮るんだろ。」
「もちろん、セルジオが監督する。」
「レオーネだろ?」
「レオーネだって?違うさ、セルジオ・コルブッチだよ。」
「コルブッチ!?」
「そう、わしの友人さ。だが彼もレオーネとおんなじ位ぇいいぞ。」
当時誰しもがウェスタンを撮影するために、スペインの不毛の辺境アルメリアに行っていた。しかし1966年5月、そこは世界の終わりじゃないかと思えた。特に気温は時間が経つにつれ、100 度まで上がった。私は長いこと旅をして、5回も書き直しを待たされたシナリオが「オペレーションCIA」を除けば、最悪の出来だったことが信じられなかった。
撮影が進むにつれ、「さすらいのガンマン」がようやく見えてきた。このインディアンは彼の妻を殺害した悪党どもに復讐すべく、彼らを追い求めるのだ。コルブッチは本当にとても才能ある素晴らしい監督で、野心があった。私はノンストップアクションが出来るような最強の馬を頼んだ。
ハンサムなマハンというジプシーが映画に使う全ての馬を取り扱っていた。彼自身素晴らしい馬乗りで、また多くの動物を飼っていた。しかしピントス(まだらぶちのある馬)はおらず、すべて黒馬か白馬だった。彼は絶えず私に見せようと馬を探し、手綱なしで馬に飛び乗っていた。マハンは他の馬を連れてくる為に、裸馬にのり、わずかに残ったたてがみの残りを掴んでいた。私は彼の乗っている馬について尋ねた。
「こいつは私の馬、デスタファナド(Destaphanado)だ。」
私は乗ってもいいかと聞いた。
「そいつは名誉なことだ。」
当時、私は馬の背に飛び乗ることが出来たが、今じゃコーヒーテーブルの上に飛び乗ることさえ出来ない。私はデスタファナドで跳ね回った。もし君が馬乗りなら25ヤード乗りつづけることがどういうことかわかるだろう。こいつはかなりの馬だった。しかし老馬で、不細工だった。デスタファナドにはたてがみもしっぽもなく、汚い灰色をしていた。
イタリアではメイキャップ係のことをモケアキー(mokeakee)というが、私は叫んだ。
「モケアキー!」
メイキャップ係が至るところから飛んできた。私は彼らにこの馬を美しくするよう言った。
「ブチをこことここに付けて、前頭には星、たてがみと長いしっぽもだ。足元もきちんとしろ。明日までにスペイン中で最高のピントスにするんだ。」
理由はいくつかあるが、デスタファナドが私の言うことを分かっていたと誓ってもいい。デスタファナドは主演女優でさえしたことがない仕草を私に見せてくれたのだ。翌朝6時に私が着くと、デスタファナドは23才の老馬からリカルド・モンタルバンに変身していた。私が乗るほど、気高く美しくなっていった。最初のシーンから、デスタファナドはトリガーがロイ・ロジャースにさえしなかったことを私にしてくれた。デスタファナドに乗っていると私は何でも出来たし、多くの時間を馬上で過ごした。脚本の悪さをコルブッチはスタントでその穴埋めをしていった。デスタファナドの背中で、私は列車に飛び乗り、山を下ることができた。また一声でデスタファナドを立ち上がらせることもやった。デスタファナドは全てのことを躊躇なくやってのけた。
ロケ地をカスティージャに変える頃、スタントマンのジプシーは全員、私のホースマンシップに感動を受けていた。(そして私を信じてくれた。)彼らは一晩山で一緒に過ごそうと勧めてくれた。これは大変な名誉であり、私はOKした。彼らはいつも馬と眠るが、私もそのようにした。彼らはフラメンコギターを演奏し、我々はワインの飲み、月明かりでダンスをした。忘れられない夜だった。私がギターを演奏する番になったが、私は立ち上がって踊った。
撮影も中盤となり、バレンテ(当時のレイノルズのエージェント)からの電報を受け取った。TVシリーズ「夜間捜査官ホーク」が本決まりとなり、6月末から撮影に入るのだ。ホークがやりたいなら、帰ってきたほうがいいと書いてあった。
撮影も3週間が過ぎ、ウォーミングアップしたかにみえたコルブッチはあと4~5週間撮影するのだ。私はコルブッチに撮影のスピードアップするためなら、何でもやってくれと頼んだ。彼はかって映画撮影中に片目を事故で失っていた。すぐれた監督であり、彼は仕事が分かっていた。今やお互い大好きになっていた。
「セルジオ、私は帰らねばならない。」
「なぬ!何を言うとるんだ。帰る?すでに100人以上ブッ殺すたが、わしらはクリント以上殺さにゃならん。」
「それが契約だったな。」私は同意した。
「だがTVシリーズが成立したんなら、私は行かなきゃならんし、撮影のためにこの地で2ヵ月もかかったのは、私のせいじゃない。」
「くそ、役立たず!君はまるでキャメロン・ミッチェルみたいだな。」
私は彼が何を言わんとしているのか分からなかったし、いまだに分からないでいる。しかし彼はいらいらして歩き回っていた。すると突然、彼は子供みたいなはしゃぎようで振り返った。駆け寄ってくるなり、私を抱きしめた。
「ダイナマイトだ!」
「ダイナマイト?」
「そうさ、ダイナマイトなら何百人と殺せるぞ。」
すでに私は撃ち、首を絞め、刺し殺し、数えきれないくらいの悪党を虐殺したが、翌日は1日中、ダイナマイトを投げるシーンを撮影した。通りをやって来て、建物にのぼる悪党どもを殺しまくった。4つのカメラが、ギラつく太陽の元、風がおさまり、血が乾くまで撮影しまくった。その日の終わり、コルブッチと私は別れの挨拶をした。
「俺たちは撮影を続ける。それでさらに多くを殺すんだ。」彼は笑った。
そして彼はその通り実行した。彼はさらに6週間撮影を続け、目につく全ての物と人を吹っ飛ばした。
アメリカへ帰る前夜、ディノの家へ呼ばれ、金の詰まった封筒を渡された。クリントに言われた通りだった。そいつは電話帳位の厚さがあった。ディノはいい仕事だったと誉め、誰しも君のファンになるだろうといわれたが、私は封筒の中にいくら入っているかだけを考えていた。
なんてこった。金が封筒からはみだしてるじゃないか。私はいくら入っているかなんて無礼なことは聞かなかった。私たちは抱き合って、別れた。
ホテルに帰り、私はアメリカドルに換えないことにした。かわりにマハンに「デスタファナドを今のまましておいてほしい」と書いた手紙とともに全て送った。ソフィア(レイノルズの昔の彼女)との素晴らしい日々にそうしたように。
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