2008年 南京・中華門
中華門
周囲約34kmの南京城墻の一部であり南京城最大の城門である。聚宝門と称されたが、1931年に現在の名前に改名された。
東西の長さ128メートル、南北の長さ129メートル、面積16512平方メートルあり、3つの瓮城(小城郭)、4つの城門と27の蔵兵洞がある。
中華門には3,000人の兵士を配置することが可能で南京防衛の要であった。中華門は城門であるがその規模の巨大さから要塞に近い。
中国軍事史における現存する貴重な実物資料でもある。
(写真上から:城壁内側から見た中華門、中華門鳥瞰、南京城、城壁外側から見た中華門)
明の初代洪武帝=朱元璋は、南京を都として、左右対称で碁盤の目のような長安以来の城市の常識を打ち破り、長江や紫金山、そして玄武湖などの自然の地理をそのまま利用した、総延長34キロにも及ぶ壮大な城壁を21年の歳月をかけて築き上げた。
1938年の日本軍入城でかなり破損されていますが、世界的な城門であり、今は写真のように一大観光物です。
中華門は東西の長さ128メートル、南北の長さ129メートル、面積16512平方メートルあり、3つの瓮城(小城郭)、4つの城門と27の藏兵洞がある。中華門には3,000人の兵士を配置することが可能で南京防衛の要です。とにかくでかいです。
朱元璋は都を定めたものの、資金的には裕福でなく、江南の大富豪たちからの資金援助で築城してます。その中で有名なのが、中華門を含めた付近一帯を築城した沈万三(SHEN WANSAN)です。
一説によると、彼の財宝が中華門に埋まっていると言われてます。
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