どこか、大きな展示会場のバックヤードにいる。表ではにぎやかな演出のエキシビション、マイクを通した何人もの声、おもに女性の声が聴こえてくる。何を言っているのかはわからない。そして、おれはここで何をしているのだろう。具体的な仕事、作業をしているわけではない。何人ものスタッフが行き来していて、それはおもにコンパニオンの女性たちだ。なかには展示参加企業のビジネスマンもいて、目立たないスーツを着込んでいて、邪魔にならないようにしている。しかし、ガタイが大きいのでそのあたりにいるだけで威圧感があり、はっきり言ってこのバックヤードでは邪魔な存在になっている。しかしそのことに彼ら自身は気づいていないので、行き来するコンパニオンたちは困惑した表情を時々浮かべては通過していく。そういう環境がイヤなのでおれは逃げ出す。いつも状況が困難になってくると自分は逃げてしまうのでは?という反省に似た感情になるのだが、おれはこの展示会で何の役割なのかわからない。ともかく重要な存在ではないことは確かなので、離れたのだった。無論、これも言い訳だなと感じながら。
コンパニオンではない一人の女性が、相談事があると言ってきた。これまでに一度も会ったことがない人物で年齢は30歳前後だろうか。目立たない服を着ていて大西と名乗った。歩きながら話すというので一緒に歩き出したのだが、場面は広大な畑地になっている。区画整備されているけど、農道がいくつもあって、どの畑も冬枯れしていて色彩のない風景が広がっている。その土地のなかをおれは大西さんと並んで歩いている。どうもそこは、昔の街道だったようで、幾人もの、荷物を持ったり背負ったりした者とすれちがう。決して昔の人ではない。大西さんは他愛のない話をしてくる。仕事のこと、趣味の話、両親のこと、学校時代の思い出などであるが、その内容をおれは今、まったく覚えていない。しかし、大西さんは親し気に話しかけてくる。どうやらおれのことを随分信頼しているようだが、おれは大西さんのことをあまりよく知らないので戸惑い感がある。
やがて、丸太で組まれた簡素な櫓のようなものがあり、高さは3~4階建てのビル程度であろうか。おれはそこに木製のハシゴを架けて、大西さんに「登りましょう」というと、彼女が先に登り始めた。周囲の畑地が見渡せるようになるくらいハシゴを登って行くと、農道を多くの人が行き交い、農業用の軽トラックや農作機械が見える。大西さんはおれの上にいて、やはり同じように周囲を見渡している。…風で揺れてきたようだ、そろそろ下りないといかんな…と思い、「じゃ、おりましょう」というと「はい」と答えた大西さんがゆっくりとハシゴに掛けていた足をおろし始めた。おれもゆっくりとハシゴを降下していく。無事、地上に足が付いた。大西さんも降りてきた。その後おれはそのハシゴを肩に背負って持ち歩くことになる。なぜハシゴを持ち歩く必要があるのかどうかの意味は不明だ。あとで役に立つとでも思っているのだろうか。また大西さんと草の生えた狭い農道を歩いていると正面からワゴン車がふらつきながら走行してくるのが見えた。危ないかもしれないと、農道脇の用水路を跨いで、畑の畦の生い茂る草へ身を寄せた。大西さんも少し先のあぜ道に寄っている。ワゴン車は車体を大きく揺さぶりながらもなんとかおれたちの横を通り過ぎていった。安心して道に戻ろうとすると、またもう一台のワゴン車(前のクルマが灰色だったのだが今度のクルマはクリーム色だ)が走って来るのが見えた。おれは動かずに用水路の横にある木製の柵に手をかけて通過をやり過ごそうとした。
すると、木製の柵の反対側、そこは小さな平屋建ての一軒家があり、手前は広い庭になっていて、農具などが置かれている。その庭に一台の紺色の軽自動車が走り込んできた。ずいぶんスピードが出ていて、ふと見ると、運転席にいるのは大西さんだ。なぜ彼女が運転しているのか不思議さに驚いた瞬間、クルマが一軒家の玄関に向かって突っ込んでいったのだ。玄関部分はアルミサッシの硝子の引き戸になっていて、そこに紺色の軽自動車が突っ込んだものだから、ガラスの割れる音とそこの住人の叫び声が聞こえてきた。住人は若い男女と中年の男と女、それに高齢者もいるようで、飛び込んできたクルマの周囲で叫んだりしている。おれは唖然としてその光景を眺めていたのだが、ついさっきまでおれの少し前にいた大西さんがなぜクルマを運転して他人の家に突っ込んだのかわからず、ふと前方を見るとそこに大西さんがいる。あれ?あの紺色の軽自動車を運転していたのは大西さんではないのか。彼女の前まで歩いていくと、いや、やはり運転していたのは大西さんで、彼女が興奮していることから察することができた。しかも泣いている。「いったい何が…」とおれが問いかけると、彼女は叫ぶように「あの男が悪いのよ!あたしと結婚するって言いながら別の女と一緒になって!」というような内容のことをくり返している。
事の真相は、大西さんが結婚の約束をしていた男の家が平屋の一軒家で、そこで男は大西さんではない女性と暮らしているのを大西さんは知っていて、紺色のクルマでその玄関に突っ込んだという抗議活動だったということのようだ。おれは、大西さんが計画してこの活動をおこなったのかと感心した。彼女の横顔をのぞき込むと、やはりまだ泣き続けている。
クルマが突っ込んだ家から男が飛び出してきた。そして大西さんの下の名前を呼びながら歩いているおれと大西さんの背後に迫って来た。「○○美」と男は大西さんのことを呼ぶ。おれは、彼女がそういう名前だったのかと知る。だが、今これを書いているのだがその「○○」の部分が思い出せない。「○○美、話をさせてくれ」と、おれのすぐ背後まで迫って来たのでおれは、真横を歩いている大西さんの背中を守るように右手を差し出して、男が彼女に手をかけないようにした。おれの右手ももちろん彼女の背中に触れていない状態だ。男は大西さんのすぐ後ろを歩きながら、「○○美がもし困って、行くところがなくなってしまったら、おれの家に来てくれていいんだよ」という。おれは、こいつは頭がヘンなのかと思うが、大西さんは「そんなことはイヤ」と振り向きもせずに男に言う。「だったら…」と、あとは男と大西さんだけが知る過去の話になってきたのでおれは話を聞かないようにした。すると、おれたち三人が歩いている周囲の風景が見えてきた。農道から町の中へ進んできたようで、二階建ての日本家屋が並んでいる。やがて店も現れ始め、おれは「お、これはどこかの城下町に入ったか?」と興味津々になる。天守閣のある城はだいたいどこの城かわかるくらいの城知識はあるおれだが(そんなことは城好きの小学生ならたいがい知っている)、城下町だけではどこの城のある町なのかまではわからない。だが、街並みが全体的に茶色と黒色の重厚な造りなので、これはなかなかの城下町だな、と思っている。あいかわらずおれの右側を歩く大西さんと、その背後をついてくる男性は縦隊列のまま話をしているが、おれにしてみればそれは痴話ばなしの類なので聞いてはいけないと自制している。それよりもこの街道沿いの城下町が気になって仕方がない。どこか、入り易そうな店があれば三人の群れから離れてみたいと思っているところで目が覚めたのであった。