ウイルスにやられて若干の脈を残したパソコンから、せっせと曲の救命作業を
やっていました。
そして久々に聞いたGReeeN。即熱唱。大音量で熱唱!!
「遥か」という曲は、今のわたしの応援歌です!
カラカラの土が久々の恵みの雨をぐんぐん吸うように、欲しがっていた心に
染み入ってきます。
曲って聴く人によってその人の人生に重ねて、その風景を胸に描いてしまいま
すよね。しみじみ・・・。じーん・・・。じわわー。
わたしはいつも18時ごろ、一人で山々がぐんと見渡せる場所に行き、夕日を
眺めます。
基本的に標高が高いので、山に登る必要はないです。
ちょっと見晴らしのよいところにいけば、山々が一同に挨拶をしてくれます。
山際に沈んでいく夕日を見ながら、自分自身と会話し、自然に問いかけます。
スペイン語に必死なプロフェKeikoが、いつもの五嶋恵子に戻ります。
人は、弱くてもろいものです。
昨日まで確かだと思っていたものが、今日はそうじゃなかったりする。
そういうとき、いつも後悔をしたくなくて進んでいる自分なのに、後悔をして
います。
「ああそんなもんだ」と弱い自分を認めたとき、自分を否定せずに、おもいを
大事にしながらやっと、やっと、やっと前に進むことができます。
それをこれまでも何度となく繰り返してきました。
来年復帰するときには、浦島恵子になってるかもしれません。
けれど1年8ヶ月の旅路は、時代に置いていかれたにんげんになったのではな
く、小さなものを見つめることのできるにんげんになっている、
そう思いたい。
やわらかい表情と心で。
ボリビアから見ると、日本はとても賢い国です。そして我慢強く、努力の国。
やっぱりすごい。けれど、時間に余裕をもって必ず家族で集まってごはんを食
べたり、おばかなほど無邪気な子どもの子どもらしい姿をボリビアで見ると微
笑ましく、日本でも大事にしたいものがたくさんあるような気がします。
帰ってからのわたしは、日本で何ができるだろう。
自分の経験を、どう伝えるか。わたしは伝えるのがうまくありません。
先生でもね、正直大人に伝えるのは苦手です。
でも、伝えたいなと思います。
自分らしい伝え方で、自分の心を通して見たものを素直に。
ある意味、いまは時間をたっぷりいただいています。
だからじっくり考えたい。
今日も一日が終わります。太陽が月にタッチし、輝きを譲り合うとき。
すべての人に、「ごくろうさま。」
2年間ではあんまりかわらない
こっちにいるよりいい経験してるよ
今日は夏期定例会
磯貝です
ずっと読ませてもらってたよ!!私も今週復帰しました♪たくさんの思い出話楽しみにしています。3年現場を離れた私はかなりの浦島でーす。でも、いろんなもののみえかたが変わったような気がしてます。日本を自分を外から見れる貴重な経験だね。今生きていることに感謝。
感じてることがすごく伝わってくる!
ホントに今、贅沢なぐらいたくさんの時間をもらってるよね。今、感じたことを日本に帰ってから伝えていくのもあたし達の役目だね!がんばろう!!
山々がぐんと見渡せる場所…羨ましいぃ!笑
山ばっかりだと寒いし、暗くなるよ。だから、低地に降りると、半そででかなりリラックスできるよー。
私は現在は無職。
ほぼ40年前、西区壱岐小学校へ入職し14年間、下山門・西陵・城原小学校と回り、福岡県同和教育研究協議会、福岡県教職員組合などを回って、4機16年間県議会議員として活動してきました。
この間に、ボリビアを訪問しました。
玄洋中学校の一学年上級生がラパスに移住してある関係もあり、先生のブログにひかれメールしています。
その先輩とはたまさか、式典前に入った野外トイレで遭遇し、「入江君ではないですか」と、声をかけられたというドラマを持つことになりました。
その時は、県議会と現地福岡県人会との交流会で訪問していましたので、現地の方々へ名前などが発信されていたので、その方が横顔を見て声をかけてくれたのでした。
先生のブログで子どもたちの姿を見させていただき、現地の先輩やブラジルに移住している友人とメールを交わすことになりました。
45年前の中学生、糸島高校時代の写真を送ってきてくれたり、と賑やかしく交流を行っています。
取り急ぎ、本日は自己紹介のみいたします。晴れやかな笑顔に心をうたれた一人です。
入江 種文より
先輩、コメントありがとうございます!
世界は広いけれど、「縁」というのはある気がします。
きっと昔に出会われた友達は、どこかで繋がっていたんでしょうね。
メッセージを拝見させていただき、私も大変嬉しく思いました。