チャージされた水が、どばっと溢れ出た。
彼女は星になった
祈りは届かなかった。
それでも彼女は彼女らしく懸命に生きた。
厳しい人だった。
負けず嫌いな人だった。
泣き虫な人だった。
チャーミングな人だった。
昨日の夕方。事務室に先生たちが集合した。
キリストの像を校長の机に置き、宗教の先生のことばに合わせて、みんなで
祈った。二本のろうそくは、静かに揺れていた。
さっきまでの曇り空から、一気にどしゃぶりになった。
外ではしゃいでいた子どもたちは、慌てて廊下に雨宿りをする。
どしゃぶりの音にかき消されて、先生たちがすすり泣いていた。
書きかけの手紙は届かなかったけど、一度だけ校長に手紙を書いたことがあっ
た。
午前中、彼女の働く小学校で1年生の授業を見せてもらったとき。
歌で言語を教える楽しさ、丁寧な準備。
「学ぶ楽しさを、発見させてもらいました。担任としての校長を見れて嬉し
かったです。」と綴った。
昨日のお通夜には、入りきれないぐらいの人が彼女を訪れていた。
もう人目をはばからずに泣いた。泣いて泣いて、溢れ出るものを止めることが
できなかった。
夜の9時過ぎまで、わたしたちバレンティン・アベシアの先生たちは彼女の側
に、ただ座っていた。
今日の朝は、カトリックのミサがあった。
タクシーを降りると、アルコールと薬物を断ち切るための施設が目に飛び込ん
できた。
中に進んでいくと、小鳥のさえずるかわいい庭のような場所があらわれた。
そこには、西郷どんが隠れていた洞穴のようなものもあった。
わたしが腑抜け顔でベンチに座っていると、10メートルもあるヤシの木のよ
うな木から、小さな実がコツーーンと私の頭に飛んできた。
いくら小さくても硬い実が10メートルから降ってきたのだから、痛くて痛く
て頭のてっぺんがじんじんした。
お空から校長がげんこつをしたのかな。
「ほら腑抜ケイコ、あなたはやることがあるじゃない。」
4ヶ月前の元気な顔が浮かぶ。
あまりの痛さに、勝気な校長がそう言っているように思えてならなかった。
午後の学校はお休みになった。
神父の話を聞いた後、みんなで墓場までお花を持ってぞろぞろと歩いた。
お墓は小さなアパートのようになっていて、棺が入れられると、セメントで入
り口が固められた。
その正面に、持ってきた色とりどりのお花がいっぱいに飾られた。
学校の子どもたちも、お花を一輪握りしめ、お別れを言いに来ていた。
大勢の人に見守られながら、彼女は眠りに着いた。
手を合わせた後、わたしも列に並び、校長の旦那さんに最後の挨拶に行った。
「私は、彼女と働けて幸せでした。国も違う、宗教も違う。けれど、彼女が要
請したから私はここにいます。ボリビアを知ることができました。彼女に感謝
しています。これからも、彼女はわたしの心の中にいます。」
と。
ジャッキーチェンのような髪型の旦那さんは、やつれた顔をくしゃっとさせ
て、わたしをぎゅっと抱きしめた。
ねぇ校長、たまに声をかけます。
どうしていますか、と。
みんながおもいを繋ぎます、と。
それでもなかなかうまくはいきませんよ、と。
帰り道、夕暮れの空を見ながら歩く。
明日の学校は、子どもの日と愛の日のお祭り。
何があっても、沈んだ太陽はまた昇る。
今日はずっと涙目。
明日は必ずやってくる。