剥きに剥いたり121個の柿。下の方に実っている柿を採ったが、上の方には
その数倍の実がなっている。台風とは関係ないが豊作に違いない。
5~60年前の田舎では、甘柿や干し柿は大変貴重な食材だった。道端にせり
出した甘柿に手を出そうものなら、何処からか『コラー!』と怒鳴り声が聞こえ
たものだ。よそ様の干し柿に手を出そうものなら犯罪である。今では想像さえ
もできない状況だった。その甘柿は実に美味しかった。たまに渋柿をかじるこ
ともあった。「?甘柿であって欲しい」と祈りながらガブリとかじる。その渋さに
顔が歪んだ。何度唾を吐いても渋さが口の中に残ったものだ。
田舎では、『ガンザン』という名前の柿が植わっていた。都では献上品にもな
った超高級な柿である。母の実家にあるその柿を採るには、厳格なお爺さん
の許可がないと採れなかった。機嫌のいい時期をお婆さんに確かめた後で、
「柿を1個取っていい?」と聞くのである。それでもせいぜい3個ほどしか採れ
ない。沢山採って見つかったらと思うと怖かった。
ガンザンは、大きくて形も良く、ゴマがびっしり入っていて、シャキッと歯ごた
えがよく甘かった。あの味は、秋の味覚の王様である。いかに栗が上手いと
言ったって「ガンザン」の足元にも及ばない。その柿の木は大きかった。その
せいか実も大きかった。田舎を離れていつ頃だっただろうか。あの柿が食べ
たいと話していたら、切り倒されたという。同じものが近くに植わっていると
いっていたが、その大木のガンザンには程遠かった。