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初恋 第五話(小田和正 - ラブ・ストーリーは突然に )

2014-03-14 22:00:37 | 心に伝わるback Music
前回のつづきで
渚(仮名)さんの話です。

心に伝わるback Musicとして
記事を書いてます。
60作目は、
小田和正の 「ラブ・ストーリーは突然」にです。


(パソコンの方はCtrlキーを押しながら下記画像をクリックして下さい。曲が流れます)
♪ ラブ・ストーリーは突然♪


それでは、掲示板での渚さんの話、第五話です。
長文の為、途中でBGMを入れてます。
また、時間が有る時に続き(MORE)に進んで下さい。
☆少しずつ、過去を振り返りながら
書き溜めたものをお話していこうと思います。

拙い文章の上、少し長くなりますが、
お付き合いして頂ければ幸いです。
途中、書き込み規制で更新が滞って
しまうかもしれませんが、どうかご了承ください。☆

108:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:28:23.04 ID:+beSXCVE0

玄関で二人、突っ立っていた。
重苦しい沈黙が続く。
そーっと先生を見ると、無表情でどこか一点をじーっと見つめていた。
私は堪らなくなって、先生に謝った。

「ごめんなさい、迷惑だってわかっていたのにメールなんかし…」

言い終わらないうちに、私の体はグイっと引っ張られた。

ビックリして息が詰まる。

一瞬頭が真っ白になった後、私は先生に抱きしめられていることに気がついた。

突然の事に暫く固まっていると、先生はそーっと少しだけ体を離した。
キョトンとしている私の顔をジッと見つめる。
そして私の左のコメカミ辺りを見ると少し苦しそうな顔になって、また私をぎゅうっと抱きしめた。

"「…先生……?」"

私がやっとで呟く。

"「ごめん…ごめんなさい…やっぱりあの時、帰すんじゃなかった…帰すんじゃ……」"

先生は苦しそうに言った。

その途端、私は堪えきれなくなって先生をぎゅっと抱きしめ返すと、声をあげてわんわん泣いた。

下記画像をクリックすると曲が流れます。
           ↓



109:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:31:04.13 ID:+beSXCVE0

静かな部屋で、先生はコーヒーを入れている。

あれから暫く泣き続けた私は、疲れてぼーっとした頭でソファにだらりと座っていた。
クーラーの効いた部屋が、ひんやりして心地いい。

「…はいどうぞ。」

先生が少しおしゃれなコーヒーカップを目の前のテーブルに置くと、私は小さな声で「ありがとうございます」と言って床に降りた。
先生もこの間と同じように、私の方を向いて床に座った。

コーヒーのいい香りと苦味で、頭がだんだんシャキっとしていく。
ちらりと先生を見る。
こちらを見ていたらしい先生と、パッと目が合った。

なんだか恥ずかしくなって、私は視線をそらして下を向いた。

「あの…さっきはその…すみませんでした。」

先生が恥ずかしそうにそう言った。
私はブンブンと首を振る。

「自分でも何であんな事したのか、よく解らないんです……ごめんなさい。」
「いえ…」

先生はまた、いつもの顔に戻っていた。

「顔…大丈夫ですか?それ以上、腫れないといいんだけど…」

私は自分のコメカミを触った。
母に殴られた所が少しだけ熱をもってはいたが、不思議と痛みは引いていた。

「大丈夫だと思います…今のところ痛くは無いです。打ち所がよかったのかな?」

私が苦笑いしながらそう答えると、先生はクスっと笑って「そうですか」と言った。

110:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:33:28.56 ID:+beSXCVE0

そのまま黙って二人でコーヒーを飲み終えた頃、先生は「渚さん」と私を呼んだ。
なんですか?っという視線で先生を見る。
"「……………しばらくの間、このままココに居座っちゃいなさい。」"
驚いて聞き返す。
"「え!?」"
"「居座っちゃいなさい。」"
先生は相変わらずニコニコしていた。
"「でもそんな事バレたら先生が…ダメです、絶対にダメです!」"
"「大丈夫大丈夫。」"
"「大丈夫じゃありません!ダメです!私、先生の人生まで壊したくありません!」"
"「壊れる?僕の人生が?どうして??」"

先生はわざとらしくキョトンとした顔をした。
私は一呼吸ついて、話を続けた。

"「もしバレたら、先生は学校を辞めさせられるかもしれません。もしかしたら逮捕とかされちゃうかも知れないし…」"

"「逮捕?大丈夫大丈夫。仮にされたとしても、容疑がかかるだけです。すぐに釈放されますよ、現に何もやましい事はして無いんだから。」"

先生はアハハと笑うと、そのまま続けた。
"「それに………学校をクビになっても、別に人生終わりませんよ。それだけが僕の全てじゃ無いです。」"
"「でも…」"

"「稼ぐ方法なんていくらだってありますしね。僕、こう見えてもピアノが得意なんですよ。」"
先生は自慢気にそう言うと、私を見つめてニコっと笑う。
私は思わずプッと吹き出した。

114:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:36:54.38 ID:+beSXCVE0

"「……でも私…やっかいになれる位のお金、持ってません。」"
"「お金?ハハハッ、気にしないで。部屋はこんなだけど僕、実はかなーーーりお金持ちですから。」"
"「でもそんな訳には…。」"
"「子供はそんな事、気にしなくていいの。」"

先生はそう言って笑うと立ち上がり、寝室に入っていった。
本当にいいのだろうか…大丈夫なんだろうか…そんな事を考えていると、
先生はすぐに戻ってきた。
テーブルの上に、何も付いていない鍵を置く。
"「はいこれ、渚さんの分。」"
驚いて先生の顔を見る。
"「しばらく居るんだから、無いと不便でしょう?」"
"「でもっ」"
"「いいからいいから。無くさない様に、大事に持ってて下さいね。」"

先生はそう言って時計を見ると、大きく背伸びをした。

"「あーもう朝だ。仕事に行く準備しなきゃ。」"

時計は6時を回っていた。

先生との短い同居生活が始まった。

115:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:39:33.77 ID:+beSXCVE0

その日の朝。
先生が出掛けて少し経ってから、
私は周囲に人の気配が無い事を確認すると、そーっと先生の家を出た。

夏休みで学校は休みといえど、高校3年になった私は就職活動をしなければならない。
その為に必要な物と、あとは生活に必要な物を少しだけ取りに、私は一旦家に戻った。

家に着き、緊張しながらドアノブを回す。
鍵は掛かっていなかった。
「………」
注意深く家の様子を探る。
テレビの音だけが、かすかに聞こえた。
私はそっと足を踏み入れると、なるべく足音を立てないようにリビングに入った。

荒れ果てたリビングではボロボロになった母が、ぼーっとテレビを見つめていた。
母に動く気配は無い。
男と弟の姿も、どこにも無かった。

そんな母を無視するように二階に上ると、私は急いで荷物を詰め、またそーっと一階に降りた。
母は変わらず、テレビを眺めていた。
「………暫く戻らないから。」
私は何となく母に言った。
母はテレビを見つめたまま小さくコクっと頷いた。

なんともいえない胸の痛みが、気持ち悪かった。

117:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:41:59.05 ID:+beSXCVE0

それからしばらくの間、私は本当に先生の家で過ごした。
バイトは休みを入れ、就職活動に必要な時のみ外に出た。
私は先生のベッドを宛がわれ、先生はソファで寝た。
洗濯物は3日に一回、先生と別々にして回した。
私が水道代の心配をすると、先生は「僕はお金持ちですから。」と言って笑った。

夕飯は先生が買ってきたものを食べた。
一応、朝昼分も用意しておいてくれたのだが、なんだか申し訳なくて食べられなかった。

お風呂は先生の居ない間に入る決まりになった。
理由は、先生が恥ずかしいからだそうだ。

少しずつ、ルールが出来ていった。

普段、先生と私は同じ空間に居ても、特にお話をしたりテレビを見たり遊んだり…という事は無かった。
先生は先生、私は私で好きに過ごし、夜中の一時位になると「寝ましょうか。」といって布団に入る。

先生は本を読んでいる事が多く、私は邪魔にならないようにイヤホンで音楽を聴いていた。
そんな不思議な生活を、送っていた。

118:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:44:30.12 ID:+beSXCVE0

先生の家に来て2週間ほど経ったある日。

夏休みはもうすぐ終わり。

いつものように先生が買ってきた夕飯を二人で食べると、私はイヤホンを耳に付けた。
先生は本を…と思ったが、その日は珍しくピアノの前に座ると、なにやら黒い点が一杯書いてある楽譜を広げた。

そのまま小一時間くらい何か弾いている後姿を眺めていると、先生はふいにこちらに振り返った。
首をかしげながら、イヤホンを外す。

「いつも、何聴いてるんですか?」
「え?」

私はMDプレーヤーを見た。

私には当時好きな映画があって、その劇中の曲をよく聴いていた。
その映画のサウンドトラックにはピアノ曲が数曲入っていて、私は特に好んでそれを聴いていた。

「〇〇って映画の〇〇って曲です。」
「ふーん……ちょっと聞かせて貰ってもいいかな?」

私は立ち上がって先生に近寄ると、イヤホンを渡した。
先生が耳に付けたのを見て、当時よく聴いていた曲に巻き戻すと、再生ボタンを押した。

先生はじーっと、丸々一曲分の時間くらい聴き入っていた。
曲が終わった頃にイヤホンを外すと、鍵盤の上に手を乗せる。

不思議に思っていると先生はその曲のサビのフレーズを、まったく同じように弾き始めた。

下記画像をクリックすると曲が流れます。
           ↓


119:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:46:31.05 ID:+beSXCVE0

「…聴いたこと、あるんですか?」

ビックリして質問すると、先生は指を止める事無くニコニコしながら言った。
「いいえ、初めて聴きました。素敵な曲ですね。」
「…初めて聴いたのに、弾けちゃうんですか………。」
私がそう言うと、先生は手を止めて少し恥ずかしそうに笑った。
"「言ったでしょう?僕、ピアノは得意なんです。」"

私はプッと吹き出した。
「……ピアノの曲、好きなんですか?」
「はい。」
「…じゃあ一緒に弾いてみます?」
先生はニコっと笑う。
私は慌てて首を振った。
「出来ません!私、ピアニカ以外の鍵盤には触った事ないです!」
「大丈夫。簡単ですよ。」
先生は立ち上がり、私をなかば無理やりピアノの椅子に座らせた。
そして隣に立つと、私のちょうどまん前辺りにある鍵盤を指差した。

「渚さんはここから右半分、好きな音を指一本で鳴らしてくれればいいです。そうですね……大体同じテンポで弾いてください。」
「は…ハイ。」
「あ、白い鍵盤だけでお願いしますね。」

私が頷くと、先生は「じゃあどうぞ。」と言った。

120:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:48:28.29 ID:+beSXCVE0
恐る恐る鍵盤を押す。
先生はそれに合わせて、左手で伴奏をつけた。
適当に押しているだけの筈なのに、ただの音が音楽になっていく。
私は何とも言えぬ感動で、背中がゾクゾクとした。

ある程度弾いた所で、私は鍵盤から指を下ろした。
感動にほころんだ顔で、先生を見る。
"「ね??ほーら簡単。」"
先生はニッコリと笑った。
「凄い、どうやったんですか?」
嬉々とした声で、先生に尋ねる。
「アハハ、内緒です。ただ、凄い事をしてるように見えても、ある程度弾ける人には簡単に出来るんですよ。」

私が「そうなんですか?」と聞くと、先生はニコニコしながら頷いた。

「だから将来同じ事をされて、悪い人に引っかからないように!」

先生は笑いながら言ったが、私はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。

122:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:50:43.55 ID:+beSXCVE0

「さてと、コーヒーでも入れましょうかね。飲みますか?」

私が頷くと、先生はキッチンに移動する。
私はそれを見て、ソファに戻った。

少しの間、なんともいえない心地良い空気が流れる。

先生が持ってきたコーヒーカップに口をつけると、私は質問をした。

「先生は何歳からピアノを始めたんですか?」
「うーん…3歳位かなぁ?気がついたらもう始めていたので、結構あいまいです。」

先生はカップを置くと、小さく笑った。

「母が厳しい人で、毎日何時間も弾かされていたんですよ。あの頃は凄く嫌だったけど、今となってはやっといて良かった!って思ってます。」
「先生のお母さんは、厳しい人だったんですか…」

私がそう言うと、先生はフッと悲しそうに、それでもニコニコしながら視線を落とした。

下記画像をクリックすると曲が流れます。
           ↓



「……前に、少しだけ言った事がありましたよね。僕にも色々あったって。」

私は小さく頷いた。

先生は自分の半生を、ポツリポツリと語り始めた。

123:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:53:09.04 ID:+beSXCVE0

先生の実家は京都。
地元ではちょっと有名な名家で、先生はそこの二人兄弟の次男だった。

仕事と称してあまり帰って来ない父。
長男を溺愛して、自分には厳しく当たる母。
長男は何でも思い通りに生活し、先生は母に言われるがまま習い事漬け。
かといって愛情を感じる事は、何一つされなかった。
それどころか、逆に罵られている事の方が多かったらしい。
それでも自分もいつかは愛されると信じていた先生は、文句一つ言わず母に従い続けた。
そんな中、たまに帰ってきては自分をめいっぱい可愛がってくれる父親の事が、先生は大好きだったそうだ。

だが高校生になったある日、先生の父は交通事故で亡くなった。
父の遺言書を見ると、財産の半分は先生に、あとの半分は長男と母で折半をしろと書いてあった。
半分と言っても、家やその他のものを入れると、軽く億には届いていた。
それをみた兄と母は、当然怒り狂った。
財産は長男である兄に継がせるべき、と。
その頃にはこの家はおかしいと目を覚ましていた先生は、ある程度のお金さえ貰えれば自分は満足だからと遺産を放棄し、
手切れ金の様な形で元の半分の金額だけを受け取り、もう自分には一切関わって来ないようにと、念書を書かせた。

兄と母は喜んでそれを書くと、先生を家から追い出した。
元々出て行く気だった先生は、逆にこれ以上揉めなくて良かったと、ホッとしたそうだ。

それ以来、本当に何の接触もしてこず、先生は今、平和に暮らしているらしい。

126:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:56:49.53 ID:+beSXCVE0

"「だから僕、無駄にすごーくお金持ちなんですよ。"
先生は笑った。
私は何も言えなかった。

二人の間に不思議な空気が流れた。
「なんだかちょっと重い話に聞こえるかもしれないけれど、今となっては多分いい思い出です。だからそんなに難しい顔をしないで。」
「えっ?」
「眉間。すっごいシワ寄ってましたよ。」
先生はクスクス笑いながら、私のオデコを指差した。
ハッとして自分の眉間を触る。
先生はその様子を見て、今度は大きな声でアハハと笑った。
私は少し不貞腐れながら言い返す。
「先生こそ…そんな大変そうな話なのに、ニコニコしすぎです。」
「仕方ないです。この顔は産まれ付きなんですから。」

先生はわざとらしくニッコリして見せる。
その顔を見て、私も思わず笑ってしまった。

127:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:59:58.58 ID:+beSXCVE0

もう冷めてしまったコーヒーを一口飲むと、私はふと気になって先生に質問をした。
"「……先生は、女性とお付き合いした事はあるんですか?」"
"「え!?」"

突然の素っ頓狂な質問に、先生が大きく驚く。
「いや、その……先生は優しいし…背が高いし…ピアノ弾けるし…モテたのかなぁ?って…」
言葉尻がだんだんと萎んで行く。
そんな私を見て、先生は少し困ったような顔をしながら答えた。
「………そう、見えますか?」
私はゆっくり頷いた。
「モテた…という記憶はありませんが……そういう風になった女性なら、何人かは居ましたよ。」
胸がぎゅっと痛くなった。
でも「そういう風になった」という言葉が何かを濁しているような気がして、私は更に質問した。
「そういう風になったって言うのは…お付き合い自体はしていないという事ですか?」
「…そういう事になりますね。」
先生は苦笑いをした。
「…さぁ恋人になりましょう、という事は無かったです。物凄く曖昧な関係しか、経験した事がありません。」
「そうなんですか…」
何となくで聞いた事を、ちょっと後悔し始める。
先生は下を向いて少しだけ考え込むと、ハハっと小さく笑って話を続けた。

128:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:01:15.99 ID:e1YBe8Vo0
先生のセリフが堺雅人の声で脳内変換される…

129:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:02:12.26 ID:+beSXCVE0

「まぁ……人って、いつかは離れていくじゃないですか。どんなに好きになっても、結局はどこか遠くへ行ってしまう。」
私は黙って聞いている。

「どこかに行ってしまうのは解っているから、何だか一線を引いてしまうんです。僕は弱虫なんで、自分が傷つくのは嫌なんですよ、怖いんです。きっ
とそんな気持ちが相手に伝わってしまうんでしょうね。気がついたらもう手が届かない場所に行っていた…っていう事ばかりでした。恋愛だけじゃなく
、他の事でも…。」

先生は気まずそうにアハハと笑った。

「…先生は…その人達の事が、好きだったんですか?」
「わかりません。」

私が小さく聞くと、先生は爽やかな声で即答した。
思わず先生をじっと見る。

「こんな人間が、優しい訳が無いです。」

先生はそう言うと、いつものようにニコっと微笑んだ。

その顔を見ていたら妙に心がざわついてきて、色々な思いが物凄い早さで頭の中を駆け巡っては、消えていった。
いつも穏やかに笑っている先生の顔がだんだんと、少し冷たい、哀しそうな笑顔に見えてくる。

笑顔の裏に隠れているであろう先生の本当の顔が、私には何も見えない。

ふと、先生の言葉を思い出す。

「誰からも必要とされた事があまり無かったので…」

その言葉の裏には、先生の様々な思いが込められていたのかもしれない…そう思った。

下記画像をクリックすると曲が流れます。
           ↓


130:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:04:44.06 ID:+beSXCVE0

どうしようも無いもどかしさで、胸が一杯になっていた。

"「…先生。」"
"「なんですか…?」"
"「……私は先生から離れません。」"

何故だが気持ちが昂ぶって、私は思わず口に出していた。
"「………私は先生が好きです。だから離れていったりなんてしません。」"
先生は一瞬…本当に一瞬だけハッとした顔をした。
でもすぐにいつものニコニコ顔に戻って、大きくゆっくり、何かをかみ締めるように目を閉じる。

途端に後悔が襲ってきて、私は下を向いた。
自分でも、何でそんな事をこの場で言ってしまったのかが解らなかった。
いやに早い心臓の鼓動のせいで、体が自然と震えだす。
時間を戻せるなら、自分を引っぱたいて止めてやりたかった。

131:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:07:18.45 ID:+beSXCVE0

微妙な空気が流れる。
私の目にはいつの間にか、涙が溢れ出てきていた。

"「……………僕は…ダメですよ。」"

先生の穏やかな優しい声に、息が詰まった。
そう言った先生の、顔が見れない。

"「……どうしてですか…?」"

破れてしまいそうな喉の痛みを堪えながら、私はやっとで呟いた。

"「……どうしても。」"

"「…答えに…なってません。」"

"「……僕の事を好きになったら、ダメです。」"


泣き顔を見られないように、下を向いたまま聞き返した。

"「…だからどうしてですか?」"

先生の柔らかい溜め息が聞こえる。

"「…どうしても、です。」"

132:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:09:33.19 ID:+beSXCVE0

喉の痛みが激しくなる。
言いたい事、聞きたい事、山ほどあるはずなのに、私はそれを言葉に出来なくて黙り込んだ。
近くにいる先生が、とても遠くに感じる。

思い切って顔を上げて、私は先生を見つめた。
何故だか、目をそらしてはいけない気がした。
"「……嫌です。」"
"「……ダメです。絶対にダメです。」"
"「嫌です。…無理です。」"
"「ダメです。」"

"「どうしてですか…」"
"「…ダメだからです……」"
"「答えになってません…!」"

先生の顔が、だんだん苦しそうになっていく。
"「…やめてください…」"
"「どうしてですか…!」"
"「やめて…」"
"「嫌です!」"

"「やめてお願いだから…」"

押し問答を繰り返していると、もう笑顔は消えていた。
それどころか少し怯えた様な瞳で、苦しそうに私を見ている。

その事に気がついて、よく解らない痛みが胸をはしる。
それでも私は、何かを振り払うように首を振り続けた。
"「嫌です私は先生が好きです!先生だって知ってた筈です!
私はずっと…っ」"

その瞬間、体がグイっと引っ張られる。

ふわっと先生の匂いがする。
私は先生の腕の中に居た。

135:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:13:45.34 ID:+beSXCVE0

ドキっとして、一瞬だけ世界が静かになる。

"「…お願いだから……」"

グイグイと、それでも優しく締め付けてくる腕に応える様に、私は先生の背中に手を回した。
抱きしめられた温もりと、拒否されている切なさで、心と体が混乱する。

"「…どうしてですか…ダメって言ったりこんなことしたり…」"

何故だろう…涙が止まらない。

"「……わからない……」"

耳元で先生の、苦しそうに震えた声がした。
胸が切りつけられているように痛んだ。

"「……………だって俺は昔から知っていて……
小さい頃から知っていて……………」"


初めて聞くその声に、胸が張り裂けそうになる。

"「せんせい…?」"

先生は私の声なんて聞こえていないかのように、苦しそうに何かを呟いていた。

"「ねぇせんせぇ…」"

私は泣きながら先生をギュッと抱きしめた。

"「ダメなんだよこんなの絶対……
ダメなんだよ…なのにどうして…」"


そう言いながらも先生の腕は、ギュウギュウと私を締め付けてくる。

私はもう何も言えなくなり、ただひたすら先生に抱きついていた。

136:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:15:08.51 ID:Fv6goezV0
キュンを通り過ぎて胸が苦しいです

137:名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:16:29.02 ID:+beSXCVE0

抱き合ったまま、長い長い時間が流れた。

私は少し冷静になってきていて、先生はもう何も呟いていなかった。
時折、溜め息の様な深呼吸をする声だけが聞こえてくる。
少しでも体が離れてしまったら先生が消えてしまうような気がして、私は胸に顔を埋めた。

"「…渚さん。」"

"「…はい。」"

いつものように穏やかな、先生の声がする。

"「……もう一緒には居られません。」"

胸がギュッと痛くなる。
でも、なんとなく予想通りだったその言葉に、私は黙って頷いた。

"「…明日…家に帰ります。」"

"「…そうしなさい。」"


今まで固く締め付けていた先生の腕が、私から離れた。
"「…もう遅いです。寝ましょうか…。」"
"「…はい。」"

先生の顔を見ない様に下を向いたまま、私は小さく頷いて、スーッと静かに寝室へと入っていった。

つづく This story is to be continued.