今日のころころこころ

2019・2・17 横浜の野外彫刻 馬車道 田辺光彰 ウェナンツォ・クロチェッティ そして四つの近代建築

日本国の写真館事始めは文久2年(1862年)長崎と横浜であった。
長崎は上野彦馬。横浜は下岡蓮杖。
下田生まれの下岡蓮杖は、まず野毛で開業し馬車道に写真館を新築し本町にも支店を出したという。

「下岡蓮杖顕彰碑」:田辺光彰:ステンレス&チタン:1987年。







今はスマホで手軽に写して瞬く間に世界に配信できる時代になった。
相当に悪いコンディションでも加工次第でなんとでもなるようになった。
更にはアートへと進み始めている。
そうして逆にまたアナログなカメラの良さも見直されてきた。
いずれにせよ先駆者というものはたいしたものだと思う。

この作品の向こうには、損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル。



大正11年(1922年)に旧川崎銀行横浜支店として建てられた。月日が流れ老朽化し解体も含めた様々な議論が起きた。
平成元年(1989年)に様々な問題をファサードを残して背後に最新のビルを建てるという技法で解決しこの建物を保存再生した。
今では当たり前の技術だけど当時は先駆的な試みだったのだ。
損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビルのお隣は神奈川県立歴史博物館。







明治37年(1904年)に旧横浜正金銀行本店本館として建てられた。国重要建築物。

神奈川県立歴史博物館の斜めお向かいは外壁の改修が終わった馬車道大津ビル。
地味で目立たないけど、旧東京海上火災保険ビルとして昭和11年建てられたオフィスビル。



馬車道大津ビルのお隣は、今は東京藝大の校舎に使用されている旧富士銀行横浜支店(元安田銀行横浜支店)。昭和4年(1929年)の建物。





旧富士銀行横浜支店のお向かいのニッセイ同和損害保険横浜ビルにはジョナサン馬車道店が入る。



「馬」:ウェナンツォ・クロチェッティ:ブロンズ:1980年。

人目を引くこともほとんどない小さな作品だけどいいんだな。





馬車道はここで終わるけど、道は真っ直ぐに赤レンガ倉庫へ港へと向かう。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「野外彫刻・パブリックアート」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事