競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第15話

2007年08月26日 | エースに恋してる
 その夜、オレは居間で寝させてもらった。もちろん、とも子とは別室である。真夜中にとも子が襲ってくるかと思ったが、それもなく、ふつうに朝を迎え、とも子が焼いたトーストを食べた。
 テレビのスポーツニュースでは、やはり昨日の疑惑のホームランを取り上げていた。もちろん、非難囂々だった。でも、テレビ局の取材によると、裁定は覆ることはないとのこと。今日の試合も、なんか、いやな予感がする…
 甲子園の試合はすべてNHKで全国放送される。ゆえに、甲子園に出、勝ち進むと、その名は全国に知れ渡る。無名高校がその名を手っ取り早く売りたいなら、甲子園に出場し、優勝することが最も効果的な手段なのである。そのためには、かなり汚いことをする高校もあると聞く。しかし、ここまであからさまに汚いことをする高校は、今までなかったと思う。城島高校の竹ノ内監督はオレの恩師の1人だが、あの人はこんなにも変質してしまったのか?…
     ※
 時計の針は11を指した。約束の時間だ。オレととも子はそーっとエントランスに降りた。どうやら昨日のチンピラマスコミの姿はないようだ。オレととも子は、昨日と同じワンボックス車に乗り込んだ。
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 球場に着くと、まだ準決勝の1試合目が行われていた。尾川高校対サラダ商業。サラダ商業は創立4年目とゆー新設校。それに対し、尾川高校は何度も甲子園に駒を進めてる古豪である。単純に考えれば尾川高校が勝ち上がってきそうだが、6回を終了した現時点では、1対0とサラダ商業がリードしていた。
 とも子を連れロッカールームに入ると、聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインは、すでにいつでもグランドに立てる体勢になっていた。
「おやおや、重役出勤ですか」
 うちのチームでこーゆー皮肉をゆーやつは、たいてい唐沢である。しかし、それ以外のナインは、あえて無視してくれてるようだ。が、約1名、異様にそわそわしてるやつがいた。北村だ。北村とは試合前に話し合っておく必要があると思う。
「北村、ちょっと」
 オレは北村を連れ出した。
     ※
「いったい、いつから彼女と付き合ってんですか?」
 男子トイレの中、まず北村が切り出した。
「澤田が転校してきたその日からだ」
「意外と手が早いんですね…」
 北村は目を伏せ、わなわなと震えてた。どうやら本気で怒ってるらしい。そりゃそうだ。北村はとも子にそうとう熱を上げていた。マジでとも子に恋心を抱いてた。とも子もそんな北村に気づいてか、その気があるフリをしていた。でも、実際は、その裏で毎日オレとデートしてた。逆の立場だったら、オレは絶対許さないと思う。
「うおーっ!!」
 北村は咆哮を上げると、両手でオレの胸元を掴み、そのまま強烈な圧力でオレを押した。相撲で言うところの電車道となり、オレは壁に背中をしたたかに打ち付けた。しかし、北村はなおもオレの胸元を両手でねじ上げてきた。
「オレをだまして、毎日ともちゃんと寝てたのかよ!?」
 ね、寝てたって… 昨日のチンピラマスコミが、北村たちに変なことを吹き込みやがったのか?…
「ま、まだ何もしてないって… とも子はまだ処女だって…」
「ほんとか!?」
「ほんとだって…」
 北村の腕が緩んだ。とたんに、オレは解放された。が、長く呼吸困難な状況にあったせいで、むせ、せきこんだ。せきこみながらも、オレは北村に事実を話した。
「どーゆーわけだか知らないが、とも子は最初っからオレにほれてたんだ。
 そればかりか、自分の部屋にオレを誘い込んで、脱いだ」
「うそだっ!!」
「うそじゃねーよ!! 今ここでうそ言って、どーする!?
 オレもな、男だからやりたかった。でも、できなかった…」
「どうして!?」
「甲子園だ!!
 オレもとも子も甲子園に行きたいんだ。だから、とも子の身体に傷をつけたくなかったんだ!!
 でも、甲子園行きが決まったらやる。そーゆー約束になってるんだ」
 北村は黙ってしまった。すべてを正直に話したつもりだが、もしかしたら、最後の一言は余計だったかも…
「くそーっ!!」
 北村は思いっきり壁を殴った。バシーン!! 建物が揺れた。オレは北村のこぶしが壊れないか、一瞬あせった。我がチームのキャッチャーは、実は北村ただ1人なのだ。
 北村は荒くなった息を整えると、小さく口を開いた。
「甲子園ってそんなに大事なところなんですか?」
「ああ。
 とも子の昔の彼はな、甲子園に行ったものの、準優勝止まりだったそうだ。だから今度は、とも子が甲子園に行って優勝する気らしい。
 実はオレのおじいちゃんも、甲子園で準優勝してるんだ。エースとして、1年の夏から5回も甲子園のマウンドに立ってた。オレはそんなおじいちゃんから、物心つく前から野球を教えられた。だからオレにとって甲子園出場は、ある意味、宿命なんだ」
 北村は再び黙った。黙ったままになってしまった。納得してくれたならいいが…
     ※
 準決勝1戦目が終了した。なんと新設校のサラダ商業が古豪尾川高校に勝ってしまった。創部3年目のうちもサラダ商業に続きたいが、昨日の不可解なジャッジを想うと、城島高校戦はまともな試合にはならないような気がする…
 オレがジャンケンで負け、我が聖カトリーヌ紫苑学園は後攻になってしまった。うちはここまでずーっと先攻だったので、これは少々不利かも…
     ※
 試合前のあいさつ。ホームベースを挟んで聖カトリーヌ紫苑学園ナインと城島高校ナインが対峙して並んだ。城島高校ナインはあいかわらず不気味な笑みを浮かべてた。いや、へらへらしてると言った方がいいかも。こいつらほんとうに高校球児か? それ以上に不気味なのが審判団。こいつら、変な工作をされてなきゃいいが…
 スタンドからは城島高校を罵倒するヤジがさかんに飛んで来た。昨日の疑惑の判定に、だれもが不満を抱いてるらしい。観客のほとんどが、オレたちを応援してるようだ。
     ※
 入念に整備されたマウンドにとも子が立った。まずは投球練習。とも子が投げたタマが、北村のミットをスバッと鳴らした。北村はそのタマを座ったまま投げ返した。そのタマはとんでもなく高く、とも子は後ずさりしながら、思いっきり手を伸ばして捕った。キャッチャーはピッチャーに返球するとき、立って胸元に投げるのがマナー。今のは北村らしくない行為だった。北村の心には、まだわだかまりが残ってるようだ。
 ふととも子が練習中だとゆーのに、北村にブロックサインを出した。いや、これはどうやらブロックサインではないようだ。その直後、とも子はなぜかにこっとした。それは、いつも会話の最中に見せてる笑顔だった。
 とも子の投球練習2球目。そのタマを捕球すると、北村はフリーズしてしまった。主審に促され、ようやく立ち上がり、今度はきちんととも子の胸元に返球した。
 どうやらさっきのブロックサインらしきものは、手話だったようだ。北村は両親が聾唖だから、ふつうに手話で会話できる。北村にとって手話は母国語だ。だからとも子の手話を見て安心感が生まれたんだろう。北村のとも子に対する想いが元に戻ったようだ。
 しかし、とも子の人心掌握術はすごいと思う。でも、いったいどこで手話を覚えたんだろう? 以前北村に手話で話しかけられたとき、とも子は筆談で返事した記憶があるが…
     ※
 城島高校の1番バッターは、昨日疑惑のホームランを撃った柴田。柴田は例のへらへらした顔でバッターボックスに立った。相変わらずムカつくやつだ。こいつ、野球を何かとかん違いしてるんじゃないのか?
 プレイボール。とも子の1球目。柴田を始め、城島高校ナインはとも子のピッチングを一度見てるが、やつらが知ってるとも子のタマは豪速球のみ。そのへんを計算してか、とも子は大きなカーブを投げた。見逃しのストライク。ふふ、柴田は面食らってやがる。
 ちなみに、いつもだったら重要な局面ではオレがバッテリーにサインを出すことになってるのだが、今日はすべてを北村に任せようと思ってる。やつだって、もう独り立ちできるほど成長してるはず。ま、今の北村にどんな指示を出したって、聞いちゃくれないと思うが。
 2球目。低めぎりぎりのタマ。ボールぽかったが、主審はストライクを取ってくれた。3球目は外角のタマ。柴田はバットを出してくれ、ショートへのゴロ。しかし、当たりが弱過ぎ。サードの中井がダッシュして捕り、1塁のオレに送球。微妙なタイミング。判定は… アウト。
 ふっ、なんだ、まともな判定じゃんか。昨日の疑惑の判定は、ヘタな審判のミスジャッジがたまたま城島高校寄りに重なって出てしまっただけなんだと思う、きっと。
 審判さえまともなら、城島高校に勝てる自信が十分にある。この前の練習試合では一方的にやられてしまったが、あのころと比べると、とも子も他のナインもかなり進化してる。互角以上に戦えるはずだ。
 この回、とも子は続く2人も内野ゴロに撃ち取り、1回表が終了した。
     ※
 1回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。渡辺がバッターボックスに立った。ここんとこオレが1番バッターだったが、今日は桐ケ台高校戦のときの打順に戻していた。
 城島高校のエースは境。そうとう切れのあるシュートを投げるとゆーうわさがあるが…
 1球目。内角高めのストレート。渡辺は撃ちに行ったが、手元でタマがぐぐっと胸元をえぐるように曲がり出した。シュートだ。渡辺は思わずびびってしまい、腰を引いてしまった。しかし、中途半端に出したバットにボールが当たってしまい、1塁ゴロになってしまった。
 こいつは想像以上のシュートだ。これを胸元に投げられたら、右バッターはみな恐怖感を抱き、腰が引けてしまうと思う。まさしく、カミソリシュートである。
 オレが危惧した通り、2番大空も3番唐沢も腰が引けてしまい、この回我がチームも、三者凡退に終わってしまった。
     ※
 2回の表、城島高校はとも子の前でまた三者凡退。攻守交替で、いよいよオレに打順が回ってきた。オレは左バッター、胸元をえぐるようなカミソリシュートは意味がない。オレは外角に逃げるシュートを牽制する意味で、いつもよりホームベース寄りに立った。
 境の1球目。なんと、こいつ、1回はオーバースローで投げてたのに、なぜかサイドスローで投げた。次の瞬間、オレの脳裏に「危ない!!」とゆー感覚が湧いた。胸元をえぐるようなスライダーが来たのだ。オレは思わずのけぞって避けたが、判定はストライクだった。どうやらぎりぎりホームベースを横切ってたらしい。いつもよりホームベース寄りに立ってたせいで、危険球に見えたようだ。
 しかし、右バッターにはオーバースローでカミソリシュート、左バッターにはサイドスローでスライダーを投げるとは… こんなピッチャー、他にいないんじゃないのか? こんな奇妙なピッチングをする目的は、おそらくバッターに恐怖心を与えるためだと思う。これも竹ノ内監督の方針なのだろうか?


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