昨日19時、総理から『緊急事態宣言発令』での記者会見があり、
全国民へ『感染の現状把握』『緊急事態宣言内容について』
『今後の対応など』・・という内容で放映されたが
『日本初の緊急事態宣言』『国難』として受け止めれる内容ではなかった。
なぜなのだろうか・・
『危機感』が伝わらなかったことは確かである・・
冒頭、医療従事者や日々対策へご関係されている方々への謝辞は述べられたが、
不幸にも感染された方々へのお見舞い、
そして、ここ1月ほどの間、国民一人一人が
『感染拡大を少しでも減らそう』と努力・協力する方・・
飲食店などで客足が落ちて困窮されてる方・・
学童の自宅待機で、パートなどを離れられた方・・など
日々の生活が、通常の状態で無くなった方への暖かい声かけが・・
まず最初に、発せられなかった
今回の発令は、今まで以上の『見えない敵との苦しい戦い』を
強いるための措置であり・・
この、これまでの積み重ねて来た努力があっての事である。
確かに『緊急事態宣言』で『しかたなく従う』との考え方もあるが
日本の場合、『法的規制』ではなく、あくまでも『国民の意思』に
ゆだねる事が必要であり、
『もう一段の努力』と言う点で、必要な言葉ではなかっただろうか。
そして、経済政策など・・
政府として、『いかにも努力しています』とアピールする説明が長すぎ、
『感染抑止のため、人-人の接触』を避ける措置として
『国民一人一人の意識改革』へ訴える事が薄れてしまっていた。
マスコミからは、『都市封鎖』『ロックダウン』と言う事で
『不安感』だけを煽るような報道も出されており、
これを払しょくするために『ロックダウンではない』との
・・説明もあったが、
『危機感』『感染拡大抑止に必要な事』
『人-人の接触抑止』・・ という原理原則が、
どこかで薄れてしまった。
冒頭で
『今回の新型コロナウイルスは
『人→人』で感染し拡大しています』
『このために外へ出ない事が重要です』
そして
『外へ出た時は『蜜』をさける』
『感染しないための手洗い』・・などで
協力を頂いてきましたが、
まだ、感染が止まりません。
『あなたへ汚るかもしれない』
『あなたも誰かへ汚すかもしれない』
このため、しばらく『大都市を規制します』
これが『緊急事態制限』です
『国民として取って頂きたい行動』です・・・・ と、
もう少し簡単で、咀嚼した説明が必要ではなかったか。
たしかに、経済政策なども首相自らの説明は必要であるが
細かい事項については、担当大臣から説明するなど・・
メリハリをつける事も必要と思われた。
そして、首相会見の最後の言葉として
いま一度国民へのお願い・・
『緊急事態が発令された地域の皆様には
各自治体での指示に従ってください』
『その他の地域の皆さんも、不測の事態に
備えてください』
一番大切なことは
『感染は『人から人』で起こります』
『出来るだけ外へ出ない事を心がけて下さい』
『『蜜』となる場所は避けてください』
『感染防止対策、手洗いは十分にしてください』
『あなたの大切な人の命を守るために』・・
と付け加えてほしかった。
トップとしての『危機』での発言の重さ・・を改めて感じた。
*+*+**
『新型コロナウイルス』については、このメモで、1/29に書いた『BCP / 常に災害を意識する / 危機意識の醸成は』に始まり、2ヶ月を経過した。この間、感染が広まり、大都市部では『爆発的感染拡大』となって来ていた。
この中で、『感染症危機管理』という事で勉強を進め、なぜ『人-人感染抑止』のため、都市を制御できる『緊急事態宣言』を出さないのかと感じていたが ・・やっとである。
(『日記』から『感染危機管理』へジャンル集約)
**2020-4-7 までの未投稿メモから+****
1週間ほど前から
『危機管理』/『クライシスマネジメント』の重要性と言う事
で書きかけのメモの整理を始めていたが、整理できないままなので
とりあえずそのまま、一旦残す事とした。
『感染症危機』を『危機』として感じているか
・日本は、世界は・・と言う点で見てみると、
中国で発生したこともあり、初動として・・
『対岸の火事を見下していた』感は否めない。
・今でも日本政府は、まだ、、、
『イタリア』『アメリカ』『スペイン』などとは
『対策が違う』『十分すぎるくらい対策している』と
『高を括っている』ようにも思え、『危機感』が見えない。
・もう『対岸の火事』から『火の粉を浴びて燃え広がっている』との
『危機』としての思いがまだ低いように思われる
・政府は、『専門家会議からのご意見』『地方自治体主導』と
あまりにも、他人事の発言ばかりが続いている。
感染症の収束(終息ではない)のためには
まずは『人―人の接触』を避ける事であり。
なぜ、この事が『一番重要な事』として言えないのであろうか
もし東京都知事が、NY州知事、市長と同じ考えで、
政府に忖度しなければ
『都民を守るためのロックダウン』『行動制限』は
『危機管理』の第一歩として、すぐにでも行うであろう。
このタイミングを逃すと、後々、、
『パンデミックを止めれなかった最悪の都知事』 との
烙印が押されるかもしれない。
長としての『危機管理』
『危機』を『危機』感じる意識と、行動力がためされている。
国が出来ないのであれば、各都道府県、市町村毎での
準備も進めておく必要があり、
台風等で災害後の『事後対応』『危機管理』とは異なり
『危機』へ先回りするような・・
『最悪の事態』を想像(創造)した
『感染症危機管理』『リスクマネジメント』が必要となる。
このメモのどこかで残したが、
『危機管理』『リスクマネジメントの基本』は最悪の事態の
想定から始め、手前側へ『危機想定』『危機管理』
『リスクマネジメント』を行う必要がある。
今回の『新型コロナウイルス』での最悪の事態は・・・
『国民・県民・都民の多くの方が一気に感染』
ドイツのメルケル首相は『感染率60~70%』と想定されていたが
こうなった場合どうなるか・・
アメリカのトランプ大統領も、とんでもない数値を想定されていた
『医療を受けれなくなる』『死者が増加する』
『産業が成り立たなくなる』『食料生産も止まる』
『電気、水も供給できなくなる』 かもしれない
このためにどうするか・・
『感染拡大を防ぐ』
このために・・
『人―人の接触を避ける』
『ワクチンの早期発見』 が必要であるが
今、すぐに出来る事、『対策』は
『人―人の接触を避ける』しかない。
この原則が一番早い対応であり、
SARS、MARS、新型インフルエンザを経験した国は
いち早く動いた・・それでも遅かった。
そして、この感染拡大が広がる中で・・
『命を助ける』『重篤者を救う』という事から
『爆発的な感染者』が出ないように対策を施し
『医療崩壊』を避ける必要がある。
感染拡大を少しでも食い止める事が急務であり
『見えないウイルスが感染』という事を考えると
『人―人の接触を避ける』しかない。
この『感染症危機管理』の基本を
『感染危機』を『危機』として、まだ感じておられない方々
とくに政府関係の方へ
どう伝えるか・・どう考えてもらえるのか・・・
今、もう遅いかもしれないが、今一度
政府の長として、
『人―人の接触を避けてほしい』と国民へ訴え続ける必要が
あると感じている。
そして、この『危機』を感じ取るなかで、
自分を守る『自助』と共に、『公助』『共助』という事も
決して忘れてはならない事項であり、
感染が少ない県は
『首都圏破滅』を救うための『危機管理』も考えておく
必要があり
『特措法』は広域、さらには、全世界までを考えた
『危機管理』行動としていく必要がある。
必ず波は何回か押し寄せ、ブーメランのように戻ってくる・・
このためにも、『危機』を『危機』として感じる
高い創造力、想定力が必要であり、今、日本は試されている。
日本国民は、少しぬるま湯につかった時間が長く・・
『危機』を感じる事が薄くなっているように思える。
戦争後、地震や風水害などの自然災害、リーマンショックでの
経済的ダメージも被ったが、
今回は、ワクチンや治療薬が無い中で、感染が拡大すると
ひょっとすると『国を亡ぼす』位の『危機』と思うべきである。
かって『感染症に倒れたインカ』のように。
『新型コロナウイルス』に『免疫』を持たない『日本国民』
そして、全世界の民族の『危機』として捉える必要があるのでは。
ワクチンなどが出来るまでは、透明人間のように『見えない敵』を
知らずにつれて歩く人間と、まずは接触しない事である。
そして、自らもこの透明人間を連れて歩く可能性があり、
透明人間がいなくなる数日間は、外へ出ず隠れている必要がある。
こんな簡単な『怖い事』を子供達へも『危機』として
伝える必要がある。
『この透明人間はお爺ちゃんお祖母ちゃんをいじめます』・・と
伝える事も・・・
**
『危機管理』/『クライシスマネジメント』の重要性
次に感じている事が、東京都知事や吉村大阪府知事の会見で、
『エビデンス(evidence)が出てこない』『エビデンスが無い』・・・
と言う発言が何度かあったが、少し違和感があった。
この『危機管理』の主幹者として、何を基に『危機』『次対応』を判断し、
『対策』へ展開されているのであろうか。
今回の『感染抑止』の進め方が・・どちらか言うと、
後追型、管理型の『現時点からの回避だけ』の『マネジメント』であれ
ば、どんどん悪化する中での対応はできない可能性がある。
『事態』が悪化する事を前向きに想定し、『最悪』を積上げる必要があり、
ここから手前側への対策を見直し、進める必要がある。
(大阪府知事がコロコロ転がるサッカーボールを追いかける政策ではだめ
と話されていたが・・)
『最悪事態』へいち早く対策を合わせ、先回り対応が必要である。
このためにも、『得られる情報』は重要である。
長として、『エビデンス』は自ら集め、把握し対応は必要である。
専門員会が『こんなデーター』を提示している・・では不十分である
刻々と事態が変化(悪化)する中で、『時間』を軸として作業を進め、
出来るだけの情報を集め、『状況把握』『数値化』などを行い、
高度の判断で、瞬時に『危機(リスク)』解析を行なう必要がある。
ここの結論までの検討過程が『エビデンス』である。
どう現状を理解し、ここからどう判断したか・・
この数値の根拠が必要である。
そして、対策の『オペレーション』へ突入した後は
その時点毎の『被災状況』『今後のリスク』の判断が重要である。
当初想定の『最悪の事態』との距離を見極める必要がある。
この作業工程の中で『作業記録』を正確に残す事と『成果整理』も
重要である。
ここまで得られた『記録』からの『成果要約』は、この段階までの
『エビデンス』として活かされるが、『危機』を『危機』として
認識していない担当者であれば、重要な『情報』が拾いだせない。
この『情報』から 『喫緊の課題事項』が見つかり、『OODA』を
回す事で『次対策』が見出され、『重大決心』『緊急事態宣言』
へつなげる事が出来る。
この段階の作業は、相当の訓練が必要である。
BCPなどでの『実想定訓練』で、刻々事態が変動する、
『ダイナミッククライシスマネジメント』などが重要と思われる。
(『クライシスマネジメント』については別途書き加えたい・・)
****
『ロックダウン』と言う考え方
・友人とのメールの中で『ロックダウン』という考え方を議論中であったが
『過去からの文化』『民族性』が大きく異なる事が根底にありそうである。
友人曰く・・
・そもそも、ヨーロッパや中国は『町全体が塀に囲まれている』
『城壁』がなくても、『橋を管理』で外部からの侵入を防いでいる。
例えば、ドイツの『ローテンブルグ』での市長がビールを飲み干す
逸話のように、古くから『城壁』で囲まれて生活している。
中国でも『万里の長城』があり、外的『蛮』の攻略を守っている
・この『城域』は、ヨーロッパや中国は陸続きで、古くは野獣、近年
では他民族からの攻撃に対するための防御行っていた。
・アメリカでも、開拓使時代は、町全体を柵で囲い、インデアンを
防御していた。
・さらに、インカ等でも、秘教地に砦を築き、その中での生活をして
いた歴史がある。
・日本はどうなのだろうか・・
たしかに、縄文時代などは『吉野ヶ里遺跡』や『三内丸山遺跡』
などは、野生動物などの外敵から守るためか『外柵』はあった様で
あるが、飛鳥、平安・・と歴史を重ねる中で、城壁の中で『民』を
守ることはなかった・・
戦国時代でも、『殿様』が過ごす城は城壁があり『鉄壁』に守られ
ていたが、城下町を囲んでの警護まで・・はあまりない様に思える
・このあたりが諸外国と違う。
過去のメモのどこかで触れたが、中国の『万里の長城』は、『蛮人』
の流入を防ぐための『警戒線であり』、アメリカ、トランプ大統領の
メキシコからの『難民流入措置』のためのフェンスと同じである。
なぜ日本人はこの考えがないのか・・
単一民族だから・・
いままで外国から攻め込まれた事がないから・・ かと思われる。
ただ、昔から、『一部の地域に防人』を派遣したり、江戸時代にはロシア
攻勢があり北の守りとして『函館奉行所』等も置かれたが、海岸線すべて
『フェンス化』する事はなかった。
今回『新型コロナ感染拡大防止』では、中国の『武漢封鎖』から始まり、
イタリア、スペイン、さらにはアメリカでも『都市封鎖』『ロックダウン』
が行われ、インドでは『国全体を封鎖』させる措置を講じている。
これらの対応を一つ一つ見てみると、中国武漢は『国全体への感染防止』の
ためであり、近隣の村々でも、各町毎に自主的に『封鎖』まで行われている。
外的、『ウイルス』という『蛮』から逃れるための自衛策が、古くから民族
として伝承されているような気がしている。
ヨーロッパ、アメリカも同じように思える。
日本と違い、『外からの侵略を防ぐ』と共に、『城壁の中は自ら守る』との
意思があるように思える。
この『ロックダウン』の中に閉じ込められた方々も、ひょっとしたら過去か
らのDNAがあり、『従う事』を『是』とする意識が高いのかもしれない。
一方、インドでの『緊急事態』はどうなのかわからない所であるが、『国と
国とが接する緊張感』が、『国民として』受け入れているのかもしれない。
いずれにしても、日本は昔から『塀の中』で暮した事がない国民である。
このためか、今回の『ロックアウト』はいかにも『拘置所』のような、高い
壁の中での生活を思い浮かべてしまう。
日本国民は、何千年と言う歴史の中で・・山々には囲まれてはいるが、
遮るものがない土地で生活してきた。
そして、陸続きで『国境の検問所』を超える事もない。
こんな生活があったから、今回のような『外的襲来』への感覚が、鈍い
のかもしれない。
ある番組で、若者へ、クルーズ船での検疫作業での『水際管理』とはと・・
質問をしていたが、壁のない『海』では『防御』の想像も思い浮かばない
のであろう。
『ロックダウン』・・いきなり多摩川や荒川、江戸川にかかる橋で通行が
制限され、あっちこっちで通行制限。
『こんな事は考えられない』との思いであるが・・
先のメールで書いた『3.11』では、思わぬ事故で『ロックダウン』され
その町から追い出された方々もおられる。
今回は『ロックダウン』とはならなかったが、この措置で
『日本全体へ拡散する事が防止できる』
『今しばらくの我慢』であり、この時期さえ過ぎれば『元の生活』へ戻る
事が出来る、
こういう理解であれば、『都市間を封鎖』する事は仕方ないかと感じる方も
おられるのではなかろうか
たぶん・・日本人には、
お城の様に『自分の塀』、小さなお宅でも『板塀』・・
個人で守る感覚が強ければ、うまく言葉が出てこないが、『利己主義国家』
であり、他国の様な『義務と権利』での制約は難しいかもしれない。
しかし、感染症がネズミを介した『ペスト』のような感染であれば、
都市の封鎖は避けれない。今度は、隣町から『ロックアウト』されてしまう。
今回の『ロックダウン』という事は、民主主義での原点なのかもしれない。
一部のメディアでは、当初、この言葉から、『政府主導の異常な権利行使』
『軍国主義の再来』などの極端な意見も議論されていたが、
『命を守る行動制限』『国民の意思(感情)』がどうなのかも考える必要がある。
昔読んだ『自由と規律』という本があった。
たしか・・イギリスの寮生活での制約、この中での義務、そこからの自由と
いう内容だった記憶があるが・・
『外敵に対し壁を立てることが苦手な日本人?』が、今グローバル化の中で
『壁が必要となる事』。国内、国外を含めて、真の『ロックダウン』につき
今一度考えてみたい。
特に情報社会では、外からの『見えない敵』への備えも必要である。
サイバー攻撃などでも『ロックダウン』を取る必要がある。
これも、民族意識で『おしとよし』ではすまされない。
・・もう少し学びたい・・・
***
見えない敵からの『危機管理』
・先の『感染症の歴史から学ぶ』で、台風や風水害の様な、直接被害が
目に見えて記憶として残る『災害』とは異なり、『感染症災害』は
『感染拡大の実情』記憶として残りにくいため、今後の『危機管理』を
どうするかが問われていた。
地震や台風の様な自然災害は、どちらか言うと一過性で、その後事態が
それほど悪化していかない『災害』であるが、
『ウイルスのような見えない敵』からの『被災』では、 時間と共に
『爆発的に状況悪化』が起こる可能性もあり、『対応策』『危機管理
手法』も、大きく変える必要が出てくる。
化学会社などでの『プラント火災』なども、時間と共に『事態悪化』が
起こる可能性はあるが、根元を探して対策すれば、鎮火させる事が出来
『ウイルスのように見えない火元』を追いかける事とは大きく異なる。
このため『危機管理』の手法として、『最悪の事態想定』と『防衛ラ
インの厳格策定』が重要なのかもしれない。
先に少しふれた『クライシスマネジメント』の在り方が問われる。
『危機管理』では『リスクマネジメント』と、発災後の復興に向けた
『クライシスマネジメント』の議論がなされるが、『感染症危機管理』
は、この両方を併せ持ち、事態の変化で『リスク』を常に見直す必要
が出てくる。
『感染症』とは直接関係ないが、この流動する中での『危機管理』と
して、第二次大戦中の『アメリカ軍の戦略』の講和を聞いた事を思い
出した。
この時の講師の方は、たしか、太平洋戦争中、どこかの参謀に在籍さ
れた方で、『日本軍の戦略』が『ゲリラ攻撃』『局地戦』で、これに
どう対応したか・・との記憶が出て来た。
説明会のタイトルは
『フロー・オペレーション』『ダイナミックマネジメント』だった
様な気がしているが、
『日本軍の作戦』との違いで・・
『最大危機を考える (たしか全滅だった・・)』
『攻撃の前に防衛ラインを整備 (アメフトの戦略??)』
『何重もの防衛ラインからの攻撃態勢』
⇒『一次攻撃で失敗しても戻れる場所。受入れが出来る』
(野戦病院の充実の話 (どんどん後方へ戻せる体制)も
この時に聞いた記憶がある)
『攻撃ラインの一体化(ゾーンオフェンス)』
『情報収集、解析作業の重要性』
そして『トップダウン戦略』
『アメリカ軍はこの戦略を実践できた所は勝利し、
体制不備の所は敗戦した・・』との事だったと思う
『危機管理』の『基本』を聞いた記憶だけは残っている
今、爆発的に拡大する『ウイルス感染』をどう防御すべきか・・
『最大感染拡大の想定』『防衛ラインの整備』
そしてここからの『原理原則』での『対策』
今回は少し初動『トップダウン戦略』が遅れ、蔓延はさせて
しまったが・・・
その後の『危機管理』に優れた国の対応は素早い。
都度都度の情報の中での『マネジメント』と『オペレーション』
国民の『義務』にもとずいた行動も素晴らしいように思える。
先の『3.11』での『原子力事故』や今回の『新型コロナウイルス
感染防止』など、刻々変化する事態の中で、
『最悪の事態想定』
ここからの 『防衛ラインの策定』と『対策』
そして、都度での『情報入手』『解析作業』
『新たな危機想定』 『防衛ラインの策定』と『対策』が
必要であり、『対策効果の検証』も重要な『情報』となる
このあたりの作業が、日本では少し鈍いような気もしている
先のメモで『TPMが日本の産業をダメにする』と極端な事を
書いたが、これに関連しているかもしれない。
***
今、官公庁、民間ともに『中期計画』や『TPM』、さらには
『SDGs』等の取り組みの中で、この成果を、決められた目
標値に対しての達成度、KPI(重要業績評価指標)で判断する
事が多くなる傾向にあり、日々 流動していく目標値を追いか
けて行く作業を少なくしている事が危惧される。
KPI成果だけを追いかけると、この目標に向けた取り組みだけ
で、新たな発生事項への『想像力』が失われる事も考えられ、
今回の様な非常事態での『危機予知』『危機想像力』も発揮
出来なくなっている可能性がある。
常に、現状の業務と共に、仕事の一部では『ダイナミック
フロー』、言い換えれば『マニュアルにない取り組み』を
していかないと、この感性は生まれないものと思われる。
*****
今日このメモを書いていて、慶応大学病院の研修員の方の感染の報道があり、先週の京都産業大学の学生さんの感染など、この時期での『危機』意識の低さに驚かされる所である。
このメモでも何度か書いてきたが『危機』を『危機』として感じる能力。
専門性の高い社会人となったのであるから、『狼少年』になってはいけないが、『危機』を『危機』としてしっかり伝える事も重要である。
これを誰が指導するのか・・・
今の学校教育では無理かもしれない。
日本としての大きな課題である。
産業界でも『感染症拡大』だけでなく、『品質を見逃す』事で、不良品があたりまえに出回る事も想定され、
『何か変だ』と思う心が重要となってくる。
過去のQC活動での『なぜなぜ問答』などを再び行わないと、新しいものが見いだせないかもしれない。
そしてAIでは、ある程度の危険予知は出来るが、経験のない事は判定不可である。
どうしたら・・・
(長くなったのでいったん終了 未推敲)
全国民へ『感染の現状把握』『緊急事態宣言内容について』
『今後の対応など』・・という内容で放映されたが
『日本初の緊急事態宣言』『国難』として受け止めれる内容ではなかった。
なぜなのだろうか・・
『危機感』が伝わらなかったことは確かである・・
冒頭、医療従事者や日々対策へご関係されている方々への謝辞は述べられたが、
不幸にも感染された方々へのお見舞い、
そして、ここ1月ほどの間、国民一人一人が
『感染拡大を少しでも減らそう』と努力・協力する方・・
飲食店などで客足が落ちて困窮されてる方・・
学童の自宅待機で、パートなどを離れられた方・・など
日々の生活が、通常の状態で無くなった方への暖かい声かけが・・
まず最初に、発せられなかった
今回の発令は、今まで以上の『見えない敵との苦しい戦い』を
強いるための措置であり・・
この、これまでの積み重ねて来た努力があっての事である。
確かに『緊急事態宣言』で『しかたなく従う』との考え方もあるが
日本の場合、『法的規制』ではなく、あくまでも『国民の意思』に
ゆだねる事が必要であり、
『もう一段の努力』と言う点で、必要な言葉ではなかっただろうか。
そして、経済政策など・・
政府として、『いかにも努力しています』とアピールする説明が長すぎ、
『感染抑止のため、人-人の接触』を避ける措置として
『国民一人一人の意識改革』へ訴える事が薄れてしまっていた。
マスコミからは、『都市封鎖』『ロックダウン』と言う事で
『不安感』だけを煽るような報道も出されており、
これを払しょくするために『ロックダウンではない』との
・・説明もあったが、
『危機感』『感染拡大抑止に必要な事』
『人-人の接触抑止』・・ という原理原則が、
どこかで薄れてしまった。
冒頭で
『今回の新型コロナウイルスは
『人→人』で感染し拡大しています』
『このために外へ出ない事が重要です』
そして
『外へ出た時は『蜜』をさける』
『感染しないための手洗い』・・などで
協力を頂いてきましたが、
まだ、感染が止まりません。
『あなたへ汚るかもしれない』
『あなたも誰かへ汚すかもしれない』
このため、しばらく『大都市を規制します』
これが『緊急事態制限』です
『国民として取って頂きたい行動』です・・・・ と、
もう少し簡単で、咀嚼した説明が必要ではなかったか。
たしかに、経済政策なども首相自らの説明は必要であるが
細かい事項については、担当大臣から説明するなど・・
メリハリをつける事も必要と思われた。
そして、首相会見の最後の言葉として
いま一度国民へのお願い・・
『緊急事態が発令された地域の皆様には
各自治体での指示に従ってください』
『その他の地域の皆さんも、不測の事態に
備えてください』
一番大切なことは
『感染は『人から人』で起こります』
『出来るだけ外へ出ない事を心がけて下さい』
『『蜜』となる場所は避けてください』
『感染防止対策、手洗いは十分にしてください』
『あなたの大切な人の命を守るために』・・
と付け加えてほしかった。
トップとしての『危機』での発言の重さ・・を改めて感じた。
*+*+**
『新型コロナウイルス』については、このメモで、1/29に書いた『BCP / 常に災害を意識する / 危機意識の醸成は』に始まり、2ヶ月を経過した。この間、感染が広まり、大都市部では『爆発的感染拡大』となって来ていた。
この中で、『感染症危機管理』という事で勉強を進め、なぜ『人-人感染抑止』のため、都市を制御できる『緊急事態宣言』を出さないのかと感じていたが ・・やっとである。
(『日記』から『感染危機管理』へジャンル集約)
**2020-4-7 までの未投稿メモから+****
1週間ほど前から
『危機管理』/『クライシスマネジメント』の重要性と言う事
で書きかけのメモの整理を始めていたが、整理できないままなので
とりあえずそのまま、一旦残す事とした。
『感染症危機』を『危機』として感じているか
・日本は、世界は・・と言う点で見てみると、
中国で発生したこともあり、初動として・・
『対岸の火事を見下していた』感は否めない。
・今でも日本政府は、まだ、、、
『イタリア』『アメリカ』『スペイン』などとは
『対策が違う』『十分すぎるくらい対策している』と
『高を括っている』ようにも思え、『危機感』が見えない。
・もう『対岸の火事』から『火の粉を浴びて燃え広がっている』との
『危機』としての思いがまだ低いように思われる
・政府は、『専門家会議からのご意見』『地方自治体主導』と
あまりにも、他人事の発言ばかりが続いている。
感染症の収束(終息ではない)のためには
まずは『人―人の接触』を避ける事であり。
なぜ、この事が『一番重要な事』として言えないのであろうか
もし東京都知事が、NY州知事、市長と同じ考えで、
政府に忖度しなければ
『都民を守るためのロックダウン』『行動制限』は
『危機管理』の第一歩として、すぐにでも行うであろう。
このタイミングを逃すと、後々、、
『パンデミックを止めれなかった最悪の都知事』 との
烙印が押されるかもしれない。
長としての『危機管理』
『危機』を『危機』感じる意識と、行動力がためされている。
国が出来ないのであれば、各都道府県、市町村毎での
準備も進めておく必要があり、
台風等で災害後の『事後対応』『危機管理』とは異なり
『危機』へ先回りするような・・
『最悪の事態』を想像(創造)した
『感染症危機管理』『リスクマネジメント』が必要となる。
このメモのどこかで残したが、
『危機管理』『リスクマネジメントの基本』は最悪の事態の
想定から始め、手前側へ『危機想定』『危機管理』
『リスクマネジメント』を行う必要がある。
今回の『新型コロナウイルス』での最悪の事態は・・・
『国民・県民・都民の多くの方が一気に感染』
ドイツのメルケル首相は『感染率60~70%』と想定されていたが
こうなった場合どうなるか・・
アメリカのトランプ大統領も、とんでもない数値を想定されていた
『医療を受けれなくなる』『死者が増加する』
『産業が成り立たなくなる』『食料生産も止まる』
『電気、水も供給できなくなる』 かもしれない
このためにどうするか・・
『感染拡大を防ぐ』
このために・・
『人―人の接触を避ける』
『ワクチンの早期発見』 が必要であるが
今、すぐに出来る事、『対策』は
『人―人の接触を避ける』しかない。
この原則が一番早い対応であり、
SARS、MARS、新型インフルエンザを経験した国は
いち早く動いた・・それでも遅かった。
そして、この感染拡大が広がる中で・・
『命を助ける』『重篤者を救う』という事から
『爆発的な感染者』が出ないように対策を施し
『医療崩壊』を避ける必要がある。
感染拡大を少しでも食い止める事が急務であり
『見えないウイルスが感染』という事を考えると
『人―人の接触を避ける』しかない。
この『感染症危機管理』の基本を
『感染危機』を『危機』として、まだ感じておられない方々
とくに政府関係の方へ
どう伝えるか・・どう考えてもらえるのか・・・
今、もう遅いかもしれないが、今一度
政府の長として、
『人―人の接触を避けてほしい』と国民へ訴え続ける必要が
あると感じている。
そして、この『危機』を感じ取るなかで、
自分を守る『自助』と共に、『公助』『共助』という事も
決して忘れてはならない事項であり、
感染が少ない県は
『首都圏破滅』を救うための『危機管理』も考えておく
必要があり
『特措法』は広域、さらには、全世界までを考えた
『危機管理』行動としていく必要がある。
必ず波は何回か押し寄せ、ブーメランのように戻ってくる・・
このためにも、『危機』を『危機』として感じる
高い創造力、想定力が必要であり、今、日本は試されている。
日本国民は、少しぬるま湯につかった時間が長く・・
『危機』を感じる事が薄くなっているように思える。
戦争後、地震や風水害などの自然災害、リーマンショックでの
経済的ダメージも被ったが、
今回は、ワクチンや治療薬が無い中で、感染が拡大すると
ひょっとすると『国を亡ぼす』位の『危機』と思うべきである。
かって『感染症に倒れたインカ』のように。
『新型コロナウイルス』に『免疫』を持たない『日本国民』
そして、全世界の民族の『危機』として捉える必要があるのでは。
ワクチンなどが出来るまでは、透明人間のように『見えない敵』を
知らずにつれて歩く人間と、まずは接触しない事である。
そして、自らもこの透明人間を連れて歩く可能性があり、
透明人間がいなくなる数日間は、外へ出ず隠れている必要がある。
こんな簡単な『怖い事』を子供達へも『危機』として
伝える必要がある。
『この透明人間はお爺ちゃんお祖母ちゃんをいじめます』・・と
伝える事も・・・
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『危機管理』/『クライシスマネジメント』の重要性
次に感じている事が、東京都知事や吉村大阪府知事の会見で、
『エビデンス(evidence)が出てこない』『エビデンスが無い』・・・
と言う発言が何度かあったが、少し違和感があった。
この『危機管理』の主幹者として、何を基に『危機』『次対応』を判断し、
『対策』へ展開されているのであろうか。
今回の『感染抑止』の進め方が・・どちらか言うと、
後追型、管理型の『現時点からの回避だけ』の『マネジメント』であれ
ば、どんどん悪化する中での対応はできない可能性がある。
『事態』が悪化する事を前向きに想定し、『最悪』を積上げる必要があり、
ここから手前側への対策を見直し、進める必要がある。
(大阪府知事がコロコロ転がるサッカーボールを追いかける政策ではだめ
と話されていたが・・)
『最悪事態』へいち早く対策を合わせ、先回り対応が必要である。
このためにも、『得られる情報』は重要である。
長として、『エビデンス』は自ら集め、把握し対応は必要である。
専門員会が『こんなデーター』を提示している・・では不十分である
刻々と事態が変化(悪化)する中で、『時間』を軸として作業を進め、
出来るだけの情報を集め、『状況把握』『数値化』などを行い、
高度の判断で、瞬時に『危機(リスク)』解析を行なう必要がある。
ここの結論までの検討過程が『エビデンス』である。
どう現状を理解し、ここからどう判断したか・・
この数値の根拠が必要である。
そして、対策の『オペレーション』へ突入した後は
その時点毎の『被災状況』『今後のリスク』の判断が重要である。
当初想定の『最悪の事態』との距離を見極める必要がある。
この作業工程の中で『作業記録』を正確に残す事と『成果整理』も
重要である。
ここまで得られた『記録』からの『成果要約』は、この段階までの
『エビデンス』として活かされるが、『危機』を『危機』として
認識していない担当者であれば、重要な『情報』が拾いだせない。
この『情報』から 『喫緊の課題事項』が見つかり、『OODA』を
回す事で『次対策』が見出され、『重大決心』『緊急事態宣言』
へつなげる事が出来る。
この段階の作業は、相当の訓練が必要である。
BCPなどでの『実想定訓練』で、刻々事態が変動する、
『ダイナミッククライシスマネジメント』などが重要と思われる。
(『クライシスマネジメント』については別途書き加えたい・・)
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『ロックダウン』と言う考え方
・友人とのメールの中で『ロックダウン』という考え方を議論中であったが
『過去からの文化』『民族性』が大きく異なる事が根底にありそうである。
友人曰く・・
・そもそも、ヨーロッパや中国は『町全体が塀に囲まれている』
『城壁』がなくても、『橋を管理』で外部からの侵入を防いでいる。
例えば、ドイツの『ローテンブルグ』での市長がビールを飲み干す
逸話のように、古くから『城壁』で囲まれて生活している。
中国でも『万里の長城』があり、外的『蛮』の攻略を守っている
・この『城域』は、ヨーロッパや中国は陸続きで、古くは野獣、近年
では他民族からの攻撃に対するための防御行っていた。
・アメリカでも、開拓使時代は、町全体を柵で囲い、インデアンを
防御していた。
・さらに、インカ等でも、秘教地に砦を築き、その中での生活をして
いた歴史がある。
・日本はどうなのだろうか・・
たしかに、縄文時代などは『吉野ヶ里遺跡』や『三内丸山遺跡』
などは、野生動物などの外敵から守るためか『外柵』はあった様で
あるが、飛鳥、平安・・と歴史を重ねる中で、城壁の中で『民』を
守ることはなかった・・
戦国時代でも、『殿様』が過ごす城は城壁があり『鉄壁』に守られ
ていたが、城下町を囲んでの警護まで・・はあまりない様に思える
・このあたりが諸外国と違う。
過去のメモのどこかで触れたが、中国の『万里の長城』は、『蛮人』
の流入を防ぐための『警戒線であり』、アメリカ、トランプ大統領の
メキシコからの『難民流入措置』のためのフェンスと同じである。
なぜ日本人はこの考えがないのか・・
単一民族だから・・
いままで外国から攻め込まれた事がないから・・ かと思われる。
ただ、昔から、『一部の地域に防人』を派遣したり、江戸時代にはロシア
攻勢があり北の守りとして『函館奉行所』等も置かれたが、海岸線すべて
『フェンス化』する事はなかった。
今回『新型コロナ感染拡大防止』では、中国の『武漢封鎖』から始まり、
イタリア、スペイン、さらにはアメリカでも『都市封鎖』『ロックダウン』
が行われ、インドでは『国全体を封鎖』させる措置を講じている。
これらの対応を一つ一つ見てみると、中国武漢は『国全体への感染防止』の
ためであり、近隣の村々でも、各町毎に自主的に『封鎖』まで行われている。
外的、『ウイルス』という『蛮』から逃れるための自衛策が、古くから民族
として伝承されているような気がしている。
ヨーロッパ、アメリカも同じように思える。
日本と違い、『外からの侵略を防ぐ』と共に、『城壁の中は自ら守る』との
意思があるように思える。
この『ロックダウン』の中に閉じ込められた方々も、ひょっとしたら過去か
らのDNAがあり、『従う事』を『是』とする意識が高いのかもしれない。
一方、インドでの『緊急事態』はどうなのかわからない所であるが、『国と
国とが接する緊張感』が、『国民として』受け入れているのかもしれない。
いずれにしても、日本は昔から『塀の中』で暮した事がない国民である。
このためか、今回の『ロックアウト』はいかにも『拘置所』のような、高い
壁の中での生活を思い浮かべてしまう。
日本国民は、何千年と言う歴史の中で・・山々には囲まれてはいるが、
遮るものがない土地で生活してきた。
そして、陸続きで『国境の検問所』を超える事もない。
こんな生活があったから、今回のような『外的襲来』への感覚が、鈍い
のかもしれない。
ある番組で、若者へ、クルーズ船での検疫作業での『水際管理』とはと・・
質問をしていたが、壁のない『海』では『防御』の想像も思い浮かばない
のであろう。
『ロックダウン』・・いきなり多摩川や荒川、江戸川にかかる橋で通行が
制限され、あっちこっちで通行制限。
『こんな事は考えられない』との思いであるが・・
先のメールで書いた『3.11』では、思わぬ事故で『ロックダウン』され
その町から追い出された方々もおられる。
今回は『ロックダウン』とはならなかったが、この措置で
『日本全体へ拡散する事が防止できる』
『今しばらくの我慢』であり、この時期さえ過ぎれば『元の生活』へ戻る
事が出来る、
こういう理解であれば、『都市間を封鎖』する事は仕方ないかと感じる方も
おられるのではなかろうか
たぶん・・日本人には、
お城の様に『自分の塀』、小さなお宅でも『板塀』・・
個人で守る感覚が強ければ、うまく言葉が出てこないが、『利己主義国家』
であり、他国の様な『義務と権利』での制約は難しいかもしれない。
しかし、感染症がネズミを介した『ペスト』のような感染であれば、
都市の封鎖は避けれない。今度は、隣町から『ロックアウト』されてしまう。
今回の『ロックダウン』という事は、民主主義での原点なのかもしれない。
一部のメディアでは、当初、この言葉から、『政府主導の異常な権利行使』
『軍国主義の再来』などの極端な意見も議論されていたが、
『命を守る行動制限』『国民の意思(感情)』がどうなのかも考える必要がある。
昔読んだ『自由と規律』という本があった。
たしか・・イギリスの寮生活での制約、この中での義務、そこからの自由と
いう内容だった記憶があるが・・
『外敵に対し壁を立てることが苦手な日本人?』が、今グローバル化の中で
『壁が必要となる事』。国内、国外を含めて、真の『ロックダウン』につき
今一度考えてみたい。
特に情報社会では、外からの『見えない敵』への備えも必要である。
サイバー攻撃などでも『ロックダウン』を取る必要がある。
これも、民族意識で『おしとよし』ではすまされない。
・・もう少し学びたい・・・
***
見えない敵からの『危機管理』
・先の『感染症の歴史から学ぶ』で、台風や風水害の様な、直接被害が
目に見えて記憶として残る『災害』とは異なり、『感染症災害』は
『感染拡大の実情』記憶として残りにくいため、今後の『危機管理』を
どうするかが問われていた。
地震や台風の様な自然災害は、どちらか言うと一過性で、その後事態が
それほど悪化していかない『災害』であるが、
『ウイルスのような見えない敵』からの『被災』では、 時間と共に
『爆発的に状況悪化』が起こる可能性もあり、『対応策』『危機管理
手法』も、大きく変える必要が出てくる。
化学会社などでの『プラント火災』なども、時間と共に『事態悪化』が
起こる可能性はあるが、根元を探して対策すれば、鎮火させる事が出来
『ウイルスのように見えない火元』を追いかける事とは大きく異なる。
このため『危機管理』の手法として、『最悪の事態想定』と『防衛ラ
インの厳格策定』が重要なのかもしれない。
先に少しふれた『クライシスマネジメント』の在り方が問われる。
『危機管理』では『リスクマネジメント』と、発災後の復興に向けた
『クライシスマネジメント』の議論がなされるが、『感染症危機管理』
は、この両方を併せ持ち、事態の変化で『リスク』を常に見直す必要
が出てくる。
『感染症』とは直接関係ないが、この流動する中での『危機管理』と
して、第二次大戦中の『アメリカ軍の戦略』の講和を聞いた事を思い
出した。
この時の講師の方は、たしか、太平洋戦争中、どこかの参謀に在籍さ
れた方で、『日本軍の戦略』が『ゲリラ攻撃』『局地戦』で、これに
どう対応したか・・との記憶が出て来た。
説明会のタイトルは
『フロー・オペレーション』『ダイナミックマネジメント』だった
様な気がしているが、
『日本軍の作戦』との違いで・・
『最大危機を考える (たしか全滅だった・・)』
『攻撃の前に防衛ラインを整備 (アメフトの戦略??)』
『何重もの防衛ラインからの攻撃態勢』
⇒『一次攻撃で失敗しても戻れる場所。受入れが出来る』
(野戦病院の充実の話 (どんどん後方へ戻せる体制)も
この時に聞いた記憶がある)
『攻撃ラインの一体化(ゾーンオフェンス)』
『情報収集、解析作業の重要性』
そして『トップダウン戦略』
『アメリカ軍はこの戦略を実践できた所は勝利し、
体制不備の所は敗戦した・・』との事だったと思う
『危機管理』の『基本』を聞いた記憶だけは残っている
今、爆発的に拡大する『ウイルス感染』をどう防御すべきか・・
『最大感染拡大の想定』『防衛ラインの整備』
そしてここからの『原理原則』での『対策』
今回は少し初動『トップダウン戦略』が遅れ、蔓延はさせて
しまったが・・・
その後の『危機管理』に優れた国の対応は素早い。
都度都度の情報の中での『マネジメント』と『オペレーション』
国民の『義務』にもとずいた行動も素晴らしいように思える。
先の『3.11』での『原子力事故』や今回の『新型コロナウイルス
感染防止』など、刻々変化する事態の中で、
『最悪の事態想定』
ここからの 『防衛ラインの策定』と『対策』
そして、都度での『情報入手』『解析作業』
『新たな危機想定』 『防衛ラインの策定』と『対策』が
必要であり、『対策効果の検証』も重要な『情報』となる
このあたりの作業が、日本では少し鈍いような気もしている
先のメモで『TPMが日本の産業をダメにする』と極端な事を
書いたが、これに関連しているかもしれない。
***
今、官公庁、民間ともに『中期計画』や『TPM』、さらには
『SDGs』等の取り組みの中で、この成果を、決められた目
標値に対しての達成度、KPI(重要業績評価指標)で判断する
事が多くなる傾向にあり、日々 流動していく目標値を追いか
けて行く作業を少なくしている事が危惧される。
KPI成果だけを追いかけると、この目標に向けた取り組みだけ
で、新たな発生事項への『想像力』が失われる事も考えられ、
今回の様な非常事態での『危機予知』『危機想像力』も発揮
出来なくなっている可能性がある。
常に、現状の業務と共に、仕事の一部では『ダイナミック
フロー』、言い換えれば『マニュアルにない取り組み』を
していかないと、この感性は生まれないものと思われる。
*****
今日このメモを書いていて、慶応大学病院の研修員の方の感染の報道があり、先週の京都産業大学の学生さんの感染など、この時期での『危機』意識の低さに驚かされる所である。
このメモでも何度か書いてきたが『危機』を『危機』として感じる能力。
専門性の高い社会人となったのであるから、『狼少年』になってはいけないが、『危機』を『危機』としてしっかり伝える事も重要である。
これを誰が指導するのか・・・
今の学校教育では無理かもしれない。
日本としての大きな課題である。
産業界でも『感染症拡大』だけでなく、『品質を見逃す』事で、不良品があたりまえに出回る事も想定され、
『何か変だ』と思う心が重要となってくる。
過去のQC活動での『なぜなぜ問答』などを再び行わないと、新しいものが見いだせないかもしれない。
そしてAIでは、ある程度の危険予知は出来るが、経験のない事は判定不可である。
どうしたら・・・
(長くなったのでいったん終了 未推敲)