コニタス

書き留めておくほど重くはないけれど、忘れてしまうと悔いが残るような日々の想い。
気分の流れが見えるかな。

静岡県の「文化」

2010-04-09 14:46:54 | 
広重の浮世絵に横文字で、The Curious Casebook of Inspector Hanshichi: Detective Stories of Old Edo

この写真は、2007年にアメリカで出版された、岡本綺堂『半七捕物帳』の英訳である(私の持っているのはペーパーバック版)。

翻訳者はIan MacDonald。
巻末に掲載されたプロフィールを画像で示しておく。

ついでに巻頭の断り書きも。


一読して判るように、この本は、しずおか世界翻訳コンクールで優勝した翻訳者が、文化庁のプロジェクトの一環として委嘱を受けて翻訳出版したものだ。

自慢話を一つすると、イアンさんの学位論文には、私の名前が出てくる。殆ど何も手伝えなかったのだけれど。
そして、このペーパーバックは、イアンさんのサイン入り!


ところで、その世界翻訳コンクールは、昨年、第7回で終了した。
そのことを書いたブログ記事には、コンクール情報のリンクがあったのだけれど、今見ると
Forbidden You don't have permission to access /shizuoka/translate/index.html on this server.
と言う表示が出る。
で、これはどうやら一時的なメンテナンスではなさそうだ。

翻訳コンクールが終わったとき、文化庁が引き継ぐ、と言う話があった。
その時は、誰も詳しい情報を持っていなかったのだけれど、先月新聞記事になっている(3月10日 読売新聞・全文引用)。

日本文学発信へ翻訳者育成 国と民間、独自に取り組み
 日本文学を世界に発信できる意欲的な翻訳者、求む――。現代日本文学への国際的関心が高まる中、将来にわたって海外に作品を紹介し続けるためには、まず良質な翻訳者を育てることが必要だ。翻訳者の育成を目指す事業が、国と民間とでそれぞれ進んでいる。(堀内佑二)

 文化庁は2002年度から、優れた現代日本文学の作品を選んで翻訳し、海外での普及を図る事業を行ってきた。これまでに123作品を選定し、このうち57作品が英・仏・独・露のいずれかまたは複数の言語で翻訳出版された。

 09年度からは新たに、翻訳者を発掘・育成する事業を開始。その手段として、翻訳コンクールの実施を予定している。09年度は約4000万円、10年度は約1600万円の予算を同事業に充てる。

 モデルになっているのは、静岡県が行っていた「しずおか世界翻訳コンクール」だ。同県のコンクールは1995年から始まり、2008年までに7回実施。詩人の大岡信さんが企画委員長、日本文学研究者のドナルド・キーンさんが審査委員長を務めた。

 文化庁のコンクールはこの形式を受け継ぎ、小説、評論両ジャンルの課題図書各3作品から応募者が一つずつを選び、翻訳する。課題はそれぞれ原稿用紙30~50枚程度。英語のほか、独、仏、露いずれかの言語が対象だ。現在は、専門家らによる委員会が課題図書となる作品を選定している段階。同庁では「翻訳事業とうまく連動させていきたい」としている。

 背景には、日本語から外国語への翻訳者層の薄さがある。静岡県のコンクールの企画委員を務め、文化庁の事業にもかかわる東京大教授の沼野充義さん(ロシア・ポーランド文学)は「翻訳は多大な時間をかけても、それに見合う報酬が得られない仕事。翻訳者は潜在的にいるが、優秀な人材が育ちにくい状況にある」という。

 沼野さんは「翻訳者の支援では、日本は遅れている」と指摘する。例えばポーランドでは、ポーランド文学の翻訳者を集めた数百人規模の国際会議を開き、滞在費などの費用も負担。ハンガリーなどでは、翻訳者を招待して長期滞在してもらい、その間の生活費も保障する「翻訳者の家」と呼ばれる事業を行っているという。「日本文学に対する国際的関心は高まってきている。優秀な翻訳者が育つように手助けすることが必要だ」と沼野さんは語る。

 一方、日本財団が今年から始める翻訳者育成事業は、イギリスのロンドン大学、イーストアングリア大学と協力して行う予定だ。このうち、カズオ・イシグロやイアン・マキューアンらの作家が輩出した文芸創作プログラムを持つイーストアングリア大では10年前から毎夏、各国語の翻訳ワークショップを行ってきた。

 今年から初めて日本語が加わり、7月の翻訳ワークショップでは、作家の多和田葉子さんと、多和田さんの作品の英語翻訳者を講師に迎える。参加者は約1週間、多和田さんの作品をテキストに、作家本人と先輩翻訳者とともに翻訳をしていく。同財団は参加者の宿泊費、参加費などを負担する予定だ。同財団では「若手翻訳者のネットワークを作っていきたい」としている。


そういうことらしい。
文化庁は、08年4月7日の「第5回文化発信戦略に関する懇談会」で、翻訳コンクールについて、
○ 静岡県では,日本の優れた文学を世界の人々に紹介し親しんでもらうため,大岡信氏が委員長を務め,世界各国を対象とした日本文学の翻訳コンクールを開催している。このように,地方を拠点とした特色ある取組を文化庁も支援するとよい。
と評価している。

そして、前にも紹介したように、最後の表彰式で、審査員ジャニーン・バイチマン氏は「このコンクールを続けてきたことを、静岡県は、誇りに思うべきです」と語り、呉英珍氏は「日本政府がこの事業の継続を望むならば政府が受け継ぐよりは静岡県を全面的に支援すべきである」と述べた。

国際交流は国がやればいい、と言うことではない。
地方文化の発展は、“地方独自”だけの問題ではない。
静岡県は、あの、石川知事時代でさえ、これほどに高く評価されていたのだ。


リンク切れになっているのは、知事が替わったからではなく(それもあるのだろうけれど)、県庁内の組織替えによるらしい。
しずおか世界翻訳コンクール実行委員会は、年度末に伊豆文学フェスティバル実行委員会に統合され、今年度からその実行委員会は県教育委員会文化課から静岡県文化・観光部文化学術局文化政策課の管轄になったそうだ。

ここのおもな事業は、県立美術館グランシップ、そしてSPAC
そういえば、今頃SPACの皆さんは、県の予算で海外巡業中ですね。世界に“文化都市・SHIZUOKA”の名前を広めるのは良いことです。ホントに。

さて。
翻訳コンクールのwebサイトが消滅していることは、今は行っていない事業なのだから仕方がない、では済まされない問題がある。
イアンさんのようにコンクールで上位入賞した歴代の受賞者達は、表彰式後のパーティで、ドナルド・キーン氏から、キーン財団発行の優秀翻訳者認定証を授与され、しずおか世界翻訳者ネットワークに登録されている。
この制度は03年にスタートしたらしいが、そのことが書かれたページも、今はない。
グーグルにキャッシュされた情報を引用しておく。

 静岡県では優れた日本文学を海外に広く紹介し、国際相互理解をすすめるために、1995年より「しずおか世界翻訳コンクール」を開催しています。これまでに4回開催し、このコンクールから巣立つ優秀な翻訳家の層も厚く、また翻訳言語の数も5言語と充実してまいりました。
 そこでこの度、これまでのコンクール各部門の上位3名(最優秀賞・優秀賞)を、メンバーとして登録し、出版関係者に紹介するする組織として『しずおか世界翻訳者ネットワーク』を設立いたしました。登録者には、審査委員長であるドナルド・キーン氏が理事長を務める「ドナルド・キーン財団」より「優秀翻訳者」として認定していただいております。
 現在の日本における翻訳出版のバランスは、外国文学の輸入過多で、日本文学の輸出はその20分の1にも満たないといわれています。日本はもっと日本文学を世界に発信し、経済大国ならぬ文化大国としての日本を知ってもらうことが必要であり、そのためには、日本文学を翻訳のできる優れた翻訳者を見出すことが急務と考えます。
 難解なコンクールの課題(小説・評論)を見事に訳した入賞者たちは、すぐにでも一流の翻訳家として使えると、ドナルド・キーン先生も明言しておられます。このページを御覧になった方には是非、この趣旨を御理解いただき、このネットワークが積極的に活用されますことを願ってやみません。

優秀翻訳者認定証(本文)
あなたは、「しずおか世界翻訳コンクール」において、小説、評論の二分野にわたってすばらしい翻訳を行いました
キーン財団は、あなたが日本文学の魅力を世界に伝えるにふさわしい優秀翻訳者であることを認め、今後さらに、日本文学の世界への普及に寄与されることを期待いたします

2003年9月19日
ドナルド・キーン財団 理事長 ドナルド・キーン


* しずおか世界翻訳者ネットワークに登録されている優秀翻訳者に、御連絡をとりたい場合は、まず伊豆文学フェスティバル実行委員会事務局(電話:054-221-3109、e-mail: shizuoka@po.sphere.ne.jp)まで御一報ください。
* 事務局が本人の意向を確認した上で仲介をいたします。仲介料は一切無料です。
* 翻訳料等の条件は、その後で直接本人と交渉してください。
* 交渉成立の如何に関わらず、結果または経過を随時事務局までお知らせください。


県民には殆ど認知されないまま終わってしまったコンクールだったけれど、これほどしっかりしたケアまであったのだ。
そして、その名誉も、仕事の仲介も、県は“削除”してしまった。

最後の優勝者であるブレイク君は、今私のゼミに来ている。
彼のことを、世界中にいる日本文学翻訳家志望者達は、依頼人達は、どうやって識ればいいのか。

イアンさんのプロフィールに書かれている翻訳コンクールの名称の“経済効果”を、県はどう評価しているのだろうか。


名簿はいつか文化庁のサイトにアップされるのか、県庁のサイトで経過説明が為されるのか、今は判らない。
ただ、年度初めの現在、それらの情報が無い、という、役所の手際の良さには感服する。
このことについては、既に、担当者に抗議メールを送ってある。
重ねて善処を望むとともに、多くに皆さんの賛同を得るために、いろんな所で声を上げていきたいと思っている。


さて、文化庁主催という話も具体化しそうだし、話はここで終わりそうなのだが、もう一度、読売新聞の記事を読むと、更に情けなくなる事が書いてある。

文化庁は、静岡方式を引き継ぐと言っているのだけれど、対象言語は「英語のほか、独、仏、露いずれかの言語」だそうだ。

翻訳コンクールに関わった人なら、中・韓の盛況ぶりをしっかり記憶しているはずだ。
日本文学は、欧米に発信すれば良いと言うことか、文化庁。
この差別意識。


県文化財団にも、SPACにも、そこそこ親しい人がいる。
個別にはみんないい人達だし、交流させていただいて有り難いことも本当にたくさんある。
今年度も能楽入門講座でお世話になる予定だし、古典芸能に力を入れてくださっているのには本当に感謝している。

しかし、『季刊 しずおかの文化』廃刊を含め、知事が替わって、ますます“文化”が遠のいてしまったことは否定しようのない事実だ。

静岡県は平成18年度「文化に関する意識調査」報告書と言うのを公表している。
翻訳コンクールの認知度が恐ろしく低かったこともよく判る資料だ。
自分の周りには“文化人”が多いので、SPACの認知度にも驚いてしまう。

しかし、もっと驚くのは、“県立博物館”についての質問がそもそも無いということだ。


もう一度書く。

この“削除”は、世界の文化人たち(こういう言い方が非常に差別的であることは十分承知だけれど)の脳に刻まれた“静岡”という文化栄える日本の一地方の名前を、永遠に削除してしまうことになる。
それは、誰からも見えない出来事だけれど、だからこそ、その重さは、本当に計り知れない。




この辺で、はっきりさせよう。
官に頼っていては文化は細るばかり。
“豊かさ”が欲しいなら、我々一人一人が、何に対して、どう向き合うべきなのか、と言う問題なのだ。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ヒット! | トップ | 錯誤 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
若干補足 (コニタ)
2010-04-14 22:42:08
県教育委員会文化財保護課のwebサイトが4/13付で更新。

平成22年4月1日から以下の業務も含め、芸術・文化についての業務は文化政策課で担当しています。
静岡世界翻訳コンクール
伊豆文学賞
しずおか国際オペラコンクール
静岡県芸術祭

と言う記事があって、それぞれリンクがある。
翻訳コンクール関連情報もほぼ復活した模様。
サーバーが変わったので、管轄の変更が判る。
http://www.izufes.net/translate/index.html

前のURLは
http://www1.sphere.ne.jp/shizuoka/translate/index.html

ところが、肝心の文化政策課のページにはこの情報が無く、リンク集
http://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-110/index40.html
の中に、

教育委員会文化課
として
 伊豆文学フェスティバル
 しずおか国際オペラコンクール

が、古いURLのままリンクされているため、相変わらず“Forbidden”。


色んな縮図を見る思い。
返信する
しずおか世界翻訳者ネットワーク (小二田誠二)
2020-11-20 12:53:47
しずおか世界翻訳者ネットワークの紹介記事はその後復活しています。
http://www.izufes.net/sitn/index-j.html
返信する

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事