令和元年(2019年)8月29日(木曜日)
10:30
「焚くほどは 風がもてくる落葉かな」
良寛直筆の、この落葉の句碑が五合庵のそばに建てられております。
五合庵は良寛が玉島より帰国してしばらく転々とした後、文化元年、良寛47歳頃から文化13年までの最盛期を過ごした草庵であります。
五合庵の名は国上寺の客僧萬元が貫主良長の扶養を受け、毎日粗米五合を寄せて頭陀の労を援けたことによって名づけられました。
現在の堂宇は良寛在庵時のままではなく、大正3年の再建になっております。
白木造藁葺、間口2間、奥行9尺、面積4.5坪
句碑 五合庵
こんな淋しい場所には、なかなか人が訪れることは無かったことでしょうか。。
五合庵からすぐの 通り道に吊り橋が
さて、「和島」では
良寛が70歳ごろに、30歳ぐらいの色白で美人の貞心尼の、二人は出会いました。 そしてそこでは歌を詠み交わしたり、書いたりと心通う師弟関係が何年間か続いておりました。
人目を憚ることなく、手を携えて野で花を摘み、満月の夜、月を眺めながら語り明かし、又ある時は子供の様に手毬をついて戯れる・・・・・・そんな姿があったかもしれない・・・・・・・。
さて、私は今まで漠然とですが、良寛の辞世の句として
「散る桜 残る桜も 散る桜」 なのかと思っておりましたが、実はこれには確証がないようです。
「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」 こちらの句が実は辞世の句だそうで、現在 円通寺には、この句碑が有ります。
そんなこんなのお陰様で、丹羽先生個展の旅も後は寺泊での海鮮ランチとお土産を送ることだけで帰路に就くことになりました。
では今回の旅の締めくくりにひとこと
『 作家は作品がものを言う 』
完
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