地元では派遣者の独断専行が長年横行してきた。
ろう協から話し合いを求めても、常に無視されてきた。
この数年、市会議員に接触を試みて、なんとか対話の機会を得られないだろうか、と動いてきて、ついに今年、派遣者が対話に応じる姿勢を見せた。
一人の登録手話通訳者に過ぎない人間の動きにしては、明らかに、
「やり過ぎ」
であった。
今までも派遣者からは嫌われていたが、今年は決定的に嫌われた。
間違いなく、派遣者側の「手話通訳者ブラックリスト」の筆頭に俺の名前が載ったと思う。
現場からは完全に排斥された。
派遣者は俺を指名して手話通訳者派遣申し込みをするろう者一人ひとりに圧力をかけた。
一人、また一人と指名してくれるろう者が減っていき、ついに、たった一人になった。
決めていることがある。
必要とされなくなったら、潔く引退する。
来年が、引退の年になるかもしれない。
ろう協から話し合いを求めても、常に無視されてきた。
この数年、市会議員に接触を試みて、なんとか対話の機会を得られないだろうか、と動いてきて、ついに今年、派遣者が対話に応じる姿勢を見せた。
一人の登録手話通訳者に過ぎない人間の動きにしては、明らかに、
「やり過ぎ」
であった。
今までも派遣者からは嫌われていたが、今年は決定的に嫌われた。
間違いなく、派遣者側の「手話通訳者ブラックリスト」の筆頭に俺の名前が載ったと思う。
現場からは完全に排斥された。
派遣者は俺を指名して手話通訳者派遣申し込みをするろう者一人ひとりに圧力をかけた。
一人、また一人と指名してくれるろう者が減っていき、ついに、たった一人になった。
決めていることがある。
必要とされなくなったら、潔く引退する。
来年が、引退の年になるかもしれない。