「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
今年のノーベル物理学賞は量子光学、量子情報科学がテーマだったことと、次に読む本の下準備として本書を選んで読んでみた。先月刊行されたばかりの本だ。
タイトルにあるように「シュレーディンガーの猫」が解けたといっても、もちろん古澤研究室で猫を半殺しにするような動物実験が行われていたわけではない。本書は光子を使って半死半生のシュレーディンガーの猫状態を現実の世界に作り出すことに成功した経緯を解説したものだ。これまで「生きていてかつ死んでいる」というおかしな状態は現実世界ではあり得ないと信じられていた。
一般向読者を想定したブルーバックスというシリーズの1冊として刊行されているが、レベルは多少高めだ。電磁気学や量子力学をひととおり学んでからでないときついと思った。どちらかというと本書は一般書というよりも専門書に分類したいくらいだ。
シュレーディンガー描像とハイゼンベルク描像の違いや、波動関数の解釈や量子的な状態、確率解釈などについて学んだとしても、具体的なイメージとしてはなかなか理解しづらいものである。一般的な教科書ではこれらを説明するとき「電子」を題材にして説明しているものがほとんどだ。
さてそれでは「光子」の場合はどうだろうか?電子のときと同様、量子力学で学ぶ法則は当てはまっているのだろうか?そして光が電磁波であることは学んでいるが、量子としての光子から古典物理学としての電場や磁場という実数波がどのように生じてくるか説明できるのだろうか?
一般的な教科書でこのあたりのからくりが説明されているものを僕はまだ見たことがない。前期量子論でアインシュタインの光量子や光の粒子性が確認できるコンプトン効果が紹介された後、つぎに光子にお目にかかるのはかなり後になってからで生成・消滅演算子のあたり、場の量子論の導入部である。ただし、ここで光子から電磁場が生じる様子が解き明かされるわけではない。
ところが本書では、このあたりのことが実に明解に示されているのだ。光子も量子であるからその挙動は量子力学の法則に従う。光子が0個の状態は「真空」であり、光子が1個の場合、その波動としての位相は確定しない。光子1個のエネルギーは確定しているから、ハイゼンベルクの不確定性原理によって、時間が全く確定しない=位相が全く確定しないからだ。
光子0個の状態と光子1個の状態を重ね合わせることで、正弦波に似た実数的な波動が現れ始める。光子の数が増えるに従って、この波はくっきりと際立ってきて、実数的な変位(電場)として観測されるようになるのだ。
位相が揃った多数の光子から生じるこの正弦波がレーザー光線(単色波)という光(電磁波)なのだ。波動の重ね合わせの本質は実数波の重ね合わせ(つまり、波の強め合いや弱め合い)ではなく、「光子数状態ベクトル」の複素数波の重ね合わせである。
注意:本書の中では「複素数波」という言葉は使われていない。光子=電磁波の波動関数は(相対論的な)マクスウェル方程式なので実数波である。光子の質量は0なのでシュレーディンガーの波動方程式をあてはめることはできない。ただ、本書では光子の確率分布のところで「光子数の状態ベクトル」に対して「状態ベクトルの絶対値の2乗」という表現が使われているので、その状態ベクトルの本質はヒルベルト空間の複素ベクトルなので複素数波であると僕は判断した。光子の波動関数が複素関数だと主張しているわけではない。また「量子光学と量子情報科学:古澤明」の中の対応する箇所で状態ベクトルはexp{i(kr-wt)}とexp{-i(kr-wt)}という複素数波の形で波の重ね合わせとして記述されている。ただし、古澤先生は「複素関数であらわすのは量子光学の因習、デファクトスタンダードであり、起源を知らないと大火傷することがある。」とお書きになっている。
大切なことは、この正弦波(実数波)をもたらす原因は重ね合わせられるそれぞれの波動(複素数波)の間の「相対位相」であることだ。多数の複素数波が重ね合わされる結果、実数波が観測されるのだ。不確定性原理による変位の「ゆらぎ」が残るため、変位の正弦波は一定の「ぼやけた太さ」をもっ波形として観測される。
本書では数式による導出でこれが説明されているわけではないが、実際にいろいろな条件で実験した結果を数多くの波形で示すことで、この不思議な状況をわかりやすくイメージさせてくれる。百聞は一見にしかず。これらの波形(の画像)はネット上で見つけられないものばかりだ。実験物理学者としての古澤先生の強みはここで発揮されている。
-----------------------------
2012年12月2日に追記:
本書の内容についてT_NAKAさんがシミュレーションを行い、すばらしい検証記事をお書きになった。なるべく多くの方に読んでもらいたいので、僕の記事からも紹介させていただこう。T_NAKAさん、リンク許可をいただきありがとうございました。
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(1)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(2)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(3)
「シュレーディンガーの猫」関連でエルミート多項式を Excel で求める
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] p96 までのおさらい
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(4)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(5)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(6)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(7)
-----------------------------
ところで、重ね合わせる光子の数を「奇数個だけ」もしくは「偶数個だけ」の状態に制限すると、現れる実数波の形は全く様子が違ってくるのだ。これが「スクイーズド状態」と呼ばれている光波の状態だ。その形はもはや正弦波の形にはなっておらず、条件に応じて次のような構造をもった波形で表されるような波になる。横軸は波の「位相(=時間に比例)」で、縦軸は「変位(=電場)」である。
この波形のグラフは英語版ウィキペディアの「スクイーズド状態」のページから拝借した。
自然界には「奇数個だけ」もしくは「偶数個だけ」に制限された光子による光は存在しないから、このような不思議な実数波の光波(電場)は人工的にしか作ることができない。
このスクイーズド状態の光から、光子を1個「引き去る」ったり「スクイーズド操作」という操作を行うことによってシュレーディンガーの猫状態の光波を、実験によって作り出すのである。この光波は正弦波の形はしておらず「ゼロ付近の濃度がうすく、太さが周期的に変わるぼやけた太線」のような形になる。
ちなみに次のページで、その波形の様子を見ることができる。立体グラフはウィグナー関数というもので、運動量と位置を座標軸にとった場合の確率分布だ。シュレーディンガーの猫状態では不思議なことに「生」と「死」の状態の間に「発生確率が負」になる状態があることが確認できる。
東大がシュレーディンガーの猫状態の光を量子テレポーテーションさせることに成功したらしい! シュレーディンガーの猫とはどんなネコなのか
http://news.livedoor.com/article/detail/5500136/
その波形は多数の光子によって生まれる古典物理学の意味での実数波なのだから「シュレーディンガーの猫状態」はマクロな世界の物理的な実在性をもったもの、この世界に存在できることが実証されたといえるのだ。詳しいところは本書をお読みいただきたい。
このように、シュレーディンガーの猫状態を作り出すことを目的としていると同時に、本書はこれから量子光学を専門的に学んでみようとする人にとってのすぐれた「入門書」としての役割を果たしている。
古澤先生によるブルーバックス本は、これが3冊目である。スクイーズド状態をどのようにして作るかということについては、本書ではなく「量子もつれとは何か:古澤明」のほうで詳しく解説されているという。
3冊を見くらべたところ、刊行された順番とは逆に読むほうが理解しやすいと僕は思った。つまり次のような順番だ。
「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
「量子テレポーテーション:古澤明」(Kindle版)
本書で紹介されている内容は量子光学、量子テレポーテーション、量子コンピュータの基礎となる理論、技術である。量子力学を学んだ後に、これらの勉強もしてみたいという方には、ぜひこの3冊を読んでいただきたい。
古澤先生は次のような専門書もお書きになっているので、ブルーバックス本を読んでさらに詳しく学びたくなった方はお読みになるとよいだろう。場の量子論や超弦理論の教科書よりははるかに易しいので、物理学を専攻し量子力学をひと通り学んだ方にとって、チャレンジしやすい内容だと思う。
「量子光学と量子情報科学:古澤明」
「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」
関連ページ:
古澤明先生の研究室のHP
http://www.alice.t.u-tokyo.ac.jp/
シュレーディンガーの猫状態の生成に成功(PDF史料、NICT)
~量子力学のパラドックスが新しい情報通信の鍵に~
http://qict.nict.go.jp/pdf/schrodinger.pdf
光の量子状態制御
伝播する光の場における「シュレーディンガーの猫」状態の生成(主担当者:鈴木重成)
http://qict.nict.go.jp/about/03kasai.html
シュレーディンガーの猫状態の生成に成功
hhttp://www.kurejbc.com/quantum/qic019.htm
光の量子状態(コヒーレント状態とスクイーズド状態)
http://annex.jsap.or.jp/OSJ/50th_cd/main/ronbun/ryosi/ryosi02-01.htm
量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b
再読:量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3
量子光学と量子情報科学:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dff342381e47d90aff6ed91edde198a8
テレポーテーションは実現している。(リンク集)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cc0bc7e88d02231138f8b6a9f5859c93
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「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
はじめに
第1章:量子力学の準備
- 物体の状況を「状態」で表す
-- 不可解な重ね合わせの原理
-- シュレーディンガーの猫とは
-- コラム1:シュレーディンガーの方程式
- 生きていて死んでいる状態とは
-- コラム2:EPRのパラドックス
- シュレーディンガー描像
- 波動関数の時間依存性
- 確率振幅
- ハイゼンベルク描像
- ハイゼンベルク描像での量子光学実験
- 光の状態のシュレーディンガー描像とハイゼンベルク描像
- 期待値
第2章:1つの量子から多数の量子集団へ
- 1個の光子
- 光子ゼロ個の状態=真空状態
- 光子ゼロ個の状態と光子1個の状態の重ね合わせ状態
- 重ね合わせと混合
- 重ね合わせの度合い
- 光子数が決まった状態--光子数状態
第3章:量子の波動性
- 多数の光子の重ね合わせ状態=レーザー光線の状態
- スクイーズド状態
第4章:シュレーディンガーの猫状態
- 量子光学におけるシュレーディンガーの猫状態
-- シュレーディンガーの子猫
- シュレーディンガーの猫状態を生成I--光子引き去り
- シュレーディンガーの猫状態を生成II--スクイーズ操作
第5章:実在するシュレーディンガーの猫
- シュレーディンガーの猫状態生成実験
- 量子テレポーテーションとスクイーズ操作
エピローグ
おわりに
索引
今年のノーベル物理学賞は量子光学、量子情報科学がテーマだったことと、次に読む本の下準備として本書を選んで読んでみた。先月刊行されたばかりの本だ。
タイトルにあるように「シュレーディンガーの猫」が解けたといっても、もちろん古澤研究室で猫を半殺しにするような動物実験が行われていたわけではない。本書は光子を使って半死半生のシュレーディンガーの猫状態を現実の世界に作り出すことに成功した経緯を解説したものだ。これまで「生きていてかつ死んでいる」というおかしな状態は現実世界ではあり得ないと信じられていた。
一般向読者を想定したブルーバックスというシリーズの1冊として刊行されているが、レベルは多少高めだ。電磁気学や量子力学をひととおり学んでからでないときついと思った。どちらかというと本書は一般書というよりも専門書に分類したいくらいだ。
シュレーディンガー描像とハイゼンベルク描像の違いや、波動関数の解釈や量子的な状態、確率解釈などについて学んだとしても、具体的なイメージとしてはなかなか理解しづらいものである。一般的な教科書ではこれらを説明するとき「電子」を題材にして説明しているものがほとんどだ。
さてそれでは「光子」の場合はどうだろうか?電子のときと同様、量子力学で学ぶ法則は当てはまっているのだろうか?そして光が電磁波であることは学んでいるが、量子としての光子から古典物理学としての電場や磁場という実数波がどのように生じてくるか説明できるのだろうか?
一般的な教科書でこのあたりのからくりが説明されているものを僕はまだ見たことがない。前期量子論でアインシュタインの光量子や光の粒子性が確認できるコンプトン効果が紹介された後、つぎに光子にお目にかかるのはかなり後になってからで生成・消滅演算子のあたり、場の量子論の導入部である。ただし、ここで光子から電磁場が生じる様子が解き明かされるわけではない。
ところが本書では、このあたりのことが実に明解に示されているのだ。光子も量子であるからその挙動は量子力学の法則に従う。光子が0個の状態は「真空」であり、光子が1個の場合、その波動としての位相は確定しない。光子1個のエネルギーは確定しているから、ハイゼンベルクの不確定性原理によって、時間が全く確定しない=位相が全く確定しないからだ。
光子0個の状態と光子1個の状態を重ね合わせることで、正弦波に似た実数的な波動が現れ始める。光子の数が増えるに従って、この波はくっきりと際立ってきて、実数的な変位(電場)として観測されるようになるのだ。
位相が揃った多数の光子から生じるこの正弦波がレーザー光線(単色波)という光(電磁波)なのだ。波動の重ね合わせの本質は実数波の重ね合わせ(つまり、波の強め合いや弱め合い)ではなく、「光子数状態ベクトル」の複素数波の重ね合わせである。
注意:本書の中では「複素数波」という言葉は使われていない。光子=電磁波の波動関数は(相対論的な)マクスウェル方程式なので実数波である。光子の質量は0なのでシュレーディンガーの波動方程式をあてはめることはできない。ただ、本書では光子の確率分布のところで「光子数の状態ベクトル」に対して「状態ベクトルの絶対値の2乗」という表現が使われているので、その状態ベクトルの本質はヒルベルト空間の複素ベクトルなので複素数波であると僕は判断した。光子の波動関数が複素関数だと主張しているわけではない。また「量子光学と量子情報科学:古澤明」の中の対応する箇所で状態ベクトルはexp{i(kr-wt)}とexp{-i(kr-wt)}という複素数波の形で波の重ね合わせとして記述されている。ただし、古澤先生は「複素関数であらわすのは量子光学の因習、デファクトスタンダードであり、起源を知らないと大火傷することがある。」とお書きになっている。
大切なことは、この正弦波(実数波)をもたらす原因は重ね合わせられるそれぞれの波動(複素数波)の間の「相対位相」であることだ。多数の複素数波が重ね合わされる結果、実数波が観測されるのだ。不確定性原理による変位の「ゆらぎ」が残るため、変位の正弦波は一定の「ぼやけた太さ」をもっ波形として観測される。
本書では数式による導出でこれが説明されているわけではないが、実際にいろいろな条件で実験した結果を数多くの波形で示すことで、この不思議な状況をわかりやすくイメージさせてくれる。百聞は一見にしかず。これらの波形(の画像)はネット上で見つけられないものばかりだ。実験物理学者としての古澤先生の強みはここで発揮されている。
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2012年12月2日に追記:
本書の内容についてT_NAKAさんがシミュレーションを行い、すばらしい検証記事をお書きになった。なるべく多くの方に読んでもらいたいので、僕の記事からも紹介させていただこう。T_NAKAさん、リンク許可をいただきありがとうございました。
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(1)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(2)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(3)
「シュレーディンガーの猫」関連でエルミート多項式を Excel で求める
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] p96 までのおさらい
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(4)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(5)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(6)
[「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!!] _ 分かりたい自分のために(7)
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ところで、重ね合わせる光子の数を「奇数個だけ」もしくは「偶数個だけ」の状態に制限すると、現れる実数波の形は全く様子が違ってくるのだ。これが「スクイーズド状態」と呼ばれている光波の状態だ。その形はもはや正弦波の形にはなっておらず、条件に応じて次のような構造をもった波形で表されるような波になる。横軸は波の「位相(=時間に比例)」で、縦軸は「変位(=電場)」である。
この波形のグラフは英語版ウィキペディアの「スクイーズド状態」のページから拝借した。
自然界には「奇数個だけ」もしくは「偶数個だけ」に制限された光子による光は存在しないから、このような不思議な実数波の光波(電場)は人工的にしか作ることができない。
このスクイーズド状態の光から、光子を1個「引き去る」ったり「スクイーズド操作」という操作を行うことによってシュレーディンガーの猫状態の光波を、実験によって作り出すのである。この光波は正弦波の形はしておらず「ゼロ付近の濃度がうすく、太さが周期的に変わるぼやけた太線」のような形になる。
ちなみに次のページで、その波形の様子を見ることができる。立体グラフはウィグナー関数というもので、運動量と位置を座標軸にとった場合の確率分布だ。シュレーディンガーの猫状態では不思議なことに「生」と「死」の状態の間に「発生確率が負」になる状態があることが確認できる。
東大がシュレーディンガーの猫状態の光を量子テレポーテーションさせることに成功したらしい! シュレーディンガーの猫とはどんなネコなのか
http://news.livedoor.com/article/detail/5500136/
その波形は多数の光子によって生まれる古典物理学の意味での実数波なのだから「シュレーディンガーの猫状態」はマクロな世界の物理的な実在性をもったもの、この世界に存在できることが実証されたといえるのだ。詳しいところは本書をお読みいただきたい。
このように、シュレーディンガーの猫状態を作り出すことを目的としていると同時に、本書はこれから量子光学を専門的に学んでみようとする人にとってのすぐれた「入門書」としての役割を果たしている。
古澤先生によるブルーバックス本は、これが3冊目である。スクイーズド状態をどのようにして作るかということについては、本書ではなく「量子もつれとは何か:古澤明」のほうで詳しく解説されているという。
3冊を見くらべたところ、刊行された順番とは逆に読むほうが理解しやすいと僕は思った。つまり次のような順番だ。
「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
「量子テレポーテーション:古澤明」(Kindle版)
本書で紹介されている内容は量子光学、量子テレポーテーション、量子コンピュータの基礎となる理論、技術である。量子力学を学んだ後に、これらの勉強もしてみたいという方には、ぜひこの3冊を読んでいただきたい。
古澤先生は次のような専門書もお書きになっているので、ブルーバックス本を読んでさらに詳しく学びたくなった方はお読みになるとよいだろう。場の量子論や超弦理論の教科書よりははるかに易しいので、物理学を専攻し量子力学をひと通り学んだ方にとって、チャレンジしやすい内容だと思う。
「量子光学と量子情報科学:古澤明」
「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」
関連ページ:
古澤明先生の研究室のHP
http://www.alice.t.u-tokyo.ac.jp/
シュレーディンガーの猫状態の生成に成功(PDF史料、NICT)
~量子力学のパラドックスが新しい情報通信の鍵に~
http://qict.nict.go.jp/pdf/schrodinger.pdf
光の量子状態制御
伝播する光の場における「シュレーディンガーの猫」状態の生成(主担当者:鈴木重成)
http://qict.nict.go.jp/about/03kasai.html
シュレーディンガーの猫状態の生成に成功
hhttp://www.kurejbc.com/quantum/qic019.htm
光の量子状態(コヒーレント状態とスクイーズド状態)
http://annex.jsap.or.jp/OSJ/50th_cd/main/ronbun/ryosi/ryosi02-01.htm
量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b
再読:量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3
量子光学と量子情報科学:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dff342381e47d90aff6ed91edde198a8
テレポーテーションは実現している。(リンク集)
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「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
はじめに
第1章:量子力学の準備
- 物体の状況を「状態」で表す
-- 不可解な重ね合わせの原理
-- シュレーディンガーの猫とは
-- コラム1:シュレーディンガーの方程式
- 生きていて死んでいる状態とは
-- コラム2:EPRのパラドックス
- シュレーディンガー描像
- 波動関数の時間依存性
- 確率振幅
- ハイゼンベルク描像
- ハイゼンベルク描像での量子光学実験
- 光の状態のシュレーディンガー描像とハイゼンベルク描像
- 期待値
第2章:1つの量子から多数の量子集団へ
- 1個の光子
- 光子ゼロ個の状態=真空状態
- 光子ゼロ個の状態と光子1個の状態の重ね合わせ状態
- 重ね合わせと混合
- 重ね合わせの度合い
- 光子数が決まった状態--光子数状態
第3章:量子の波動性
- 多数の光子の重ね合わせ状態=レーザー光線の状態
- スクイーズド状態
第4章:シュレーディンガーの猫状態
- 量子光学におけるシュレーディンガーの猫状態
-- シュレーディンガーの子猫
- シュレーディンガーの猫状態を生成I--光子引き去り
- シュレーディンガーの猫状態を生成II--スクイーズ操作
第5章:実在するシュレーディンガーの猫
- シュレーディンガーの猫状態生成実験
- 量子テレポーテーションとスクイーズ操作
エピローグ
おわりに
索引
こちらに来ましたら私的には理解できたと思ったのに…解明されたという本の紹介が!
科学の世界って目がグルグルしてしまいます。
ちなみに鏡の左右逆転と思い込んでいたことのお話楽しく拝見しました。
目からウロコですね。
コメントいただきありがとうございます。ネット社会の恩恵は僕も日々実感しています。一般には難しい専門用語であっても文章を書く側は毎日馴染んでいる用語なので、説明を省略してしまいがちですからね。また、いちいち説明を書くと文全体が読みにくくなるから説明を省略していることも考えられます。
本書の実験結果がシュレーディンガーの猫状態の実現と結びついていることは、一般の方にはわかりにくい部分もあるかもしれません。ポイントはミクロの世界の量子的な重ね合わせから、光波というマクロな世界の状態の重ね合わせが実現されたということなのですね。猫というマクロな存在の「生きている状態」と「死んでいる状態」が重ね合わされたということと関連づけることができるわけです。
鏡の左右逆転のからくりのご理解に記事がお役に立てたようでうれしいです。ご連絡いただきありがとうございました。
解答: どうして鏡は左右を逆に映すのに上下はそのままなの?
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1105f752781b31892020183a00c16c
ちょっと、疑問なところは rikunora さんの「光子っていらない子?」http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20110416/p1 で「『量子もつれとは何か』:古澤明」からの引用があり、この「『シュレーディンガーの猫』のパラドックスが解けた!:古澤明」の記述と矛盾するように思えることですが、自分で読んで確かめることにしたいと思います。
良い本を紹介していただきました。ありがとうございます。
以前、T_NAKAさんから光子についてアドバイスいただいたことや、rikunoraさんの「光子っていらない子?」の記事のことを思い浮かべながら本書を読んでみました。
本書では電場の正弦波があらわれる箇所が数式導出によって解説されていないので、物足りない気がしました。そのかわりに正弦波は多数の光子による模様のパターンとして出現していることが掲載されています。
磁場についての言及はありませんが、変位する電場から生じてくるのだと理解しました。
Aやφの話とも結びつけて欲しかったですが、一般読者が対象なので、これは欲張り過ぎですね。
同じテーマを詳しく書いたで専門書籍として出版してほしいと思いました。
ただ、本書では光子が描き出すグラフの箇所でたびたび古澤先生が「もちろん、これらの話はあくまでもイメージなので、深入りは禁物である。」と書いていらっしゃるのが気になっています。どのような不正確さがそこにあるのか言及されていません。
「量子もつれとは何か」は昨日注文しました。矛盾するように思える引用箇所についても本が届いたら確認してみようと思います。
古澤先生のシュレーディンガーの猫の本は、確かに刺激的ですね。
この本の中に「光子の電場の測定結果」がイメージとして図示されてるのですが、その測定法の説明がありません。そこで、もし光子の電場の測定法についてご存知でしたら是非教えて頂けないでしょうか?
ネットでいろいろ探したのですが、手がかりがありません。
よろしくお願いします。
コメントいただき、ありがとうございます。
私も素人なので、光子の電場の測定方法のことはわからないのです。申し訳ございません。
ただ、私が記事中で引用した画像は、以下の論文(PDF)のものです。何かヒントが見つかるかもしれませんので、ご連絡させていただきます。
G. Breitenbach, S. Schiller, and J. Mlynek, "Measurement of the quantum states of squeezed light", Nature, 387, 471 (1997)
http://users.unimi.it/aqm/wp-content/uploads/Breitenbach-1997.pdf
なお、古澤先生の本で紹介されている同様の波形の図は「イメージ図」でして、おそらくコンピュータ・グラフィックスを使って作成されたのだと思います。それらの画像を記事本文中で紹介したいのですが、著作権保護法違反になってしまうので、記事の中に掲載するのはやめておきました。
ご返事ありがとうございます。
ご指摘の記事を見ましたが、予備知識がないのでまったく分かりませんでした。
古澤先生の本にある図はイメージだと書いてありますが、何らかの方法で光子の電場を測定している筈です。古澤先生の『量子光学と量子情報科学』に”電場演算子”というのがありますが、これが光子の電場に関係してると思いますが、素人である私には全く分かりません。
測定器具のことなどのような詳しいことは、実際にその論文や記事、本を書かれた方に問い合わせないとわからないのかもしれません。
『量子光学と量子情報科学』もお持ちなのですね。私も持っていますが、今年中に読もうと思っています。
古澤先生はメールアドレスを公開されているので、電場の測定器具については直接先生にメールで質問されてみてはどうでしょうか?
思い切って古澤先生にメールを出しました。多忙を極めている方なので、おそらくご返事はもらえないでしょう。
万が一もらえたらご紹介します。
古澤先生にメールで質問されましたか。先生はお忙しいと思いますが、きっとご返事をくださることと思います。ご連絡いただき、ありがとうございました。