「初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ、J. プリン」(原書)(原書Kindle版)
内容紹介:
特殊相対性理論とMaxwell理論、一般相対性理論の最低限の知識に言及し、拘束系の力学、Yang‐Mills理論、場の量子論の要点を概説。Ashtekar変数を用いた古典重力理論の正準形式を導入し、ループ表現(スピン・ネットワーク)に基づく背景独立な重力の量子化の基本概念を論じる。ループ量子宇宙論、ブラックホール・エントロピーやスピン泡などの話題を取り上げ、ループ量子重力の現状と課題を概観する。量子重力理論の有力候補である「ループ量子重力」の基礎を学部学生向けに平易に解説した入門書。
2014年5月1日刊行、179ページ。
著者について:
Rodolfo Gambini: Wikipedia
ロドルフォ・ガムビーニ
ウルグアイのモンテビデオにあるラリパブリカ大学の物理学者、教授。ルイジアナ州立大学のホレスハーン理論物理研究所の客員教授。専門はループ量子重力。パリ6世大学で博士号を取得。
Jorge Pullin: Wikipedia
ジョージ・プリン
ルイジアナ州立大学の理論物理学のHorace Hearne議長。専門はブラックホール衝突と量子重力。
翻訳者について:
樺沢宇紀(かばさわ うき): 訳書: https://adx50150.wixsite.com/kabasawa-yakusho
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師。
樺沢先生の訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で444冊目。
このタイミングでこの本を読むことにしたのは、NHKラジオの「子ども科学電話相談」で小学1年生の女の子が発した「どうして時間は動くのですか?」という質問がきっかけで、時間とは何かという問いを考察し続けていたのがきっかけだ。
4次元の時空はプランクスケールで泡立ち、空間と時間には慣れ親しんでいるユークリッド幾何学が成り立たなくなるという。ハイゼンベルクの不確定性原理によれば、運動量と位置についての不確定性原理は成り立つものの、エネルギーと時間についての不確定性原理が成り立つかどうかに関しては、物理学者の間で賛否が分かれているようである。
この文脈でプランクスケールのミクロの時空が不連続だという仮説が提唱されている。また、素粒子の標準模型の理論と一般相対性理論は、このスケールで同時に成り立たせることができないというのも、同じ理由によることだそうだ。そして、この矛盾を解決するための仮説として提唱されているのが量子重力理論である。「超弦理論」は量子重力理論のひとつ、そしてまた別の仮説として提唱されているのが「ループ量子重力理論」である。
量子重力理論という枠では同じものの、超弦理論とループ量子重力理論はまったく違う。超弦理論は10次元または11次元の時空を必要とし、つまり「背景場」と呼ばれる時空の存在を前提として構築されている。それに対してループ量子重力理論は背景場を前提とせず、ループから構成されるスピンネットワークから、時空が生成されるという理論だ。そしてその時空は4次元である。ただし、スピンネットワークが何からできているのかはよくわかっていない。
これまで竹内薫先生や吉田伸夫先生の本でループ量子重力理論を学んできたつもりだが、はっきりイメージできていない。ちゃんと数式で書かれた教科書を読む必要があると思い、読むことにしたのだ。本書は吉田先生による本よりも専門的である。
日本語で読める専門書は、本書が代表例である。あとはサイエンス社の「ループ量子重力理論への招待 2015年 03 月号」(サイエンス社の購入ページ)しかない。洋書だと大学院生向けの本が何冊も刊行されている。
ループ量子重力理論の洋書: 書籍版を検索 Kindle版を検索
日本語で読めること、学部学生向けに書かれているという意味で、樺沢先生が翻訳してくださったことは、とても有難い。ボリュームはちょうどよい179ページ。この厚さであれば途中で挫折しなくてすむ。
樺沢先生による解説は「このページ」で読むことができる。この中で「専門的なループ量子重力の文献に取り掛かる前の入門教科書という位置づけで考えてもらってよいわけだが、ループ量子重力に深入りするつもりのない人でも(たとえば超弦理論をやりたいという学生であっても)いまだにまともな理論が成立していない「量子重力」というものに対してどういう観点を視野に入れておくべきなのか、重要な示唆を見出すことのできる本であると思う。」という紹介をされている。樺沢先生は吉田伸夫先生の本のほか、「量子宇宙への3つの道 :L. スモーリン」を参考にしながら、本書を翻訳されている。
章立てはこのとおり。
第1章:何故、重力の量子化を試みるのか?
第2章:特殊相対性理論と電磁気学
第3章:一般相対性理論
第4章:拘束条件と正準形式による場の力学
第5章:Yang-Mills理論
第6章:量子力学と場の量子論の基礎
第7章:Ashtekar変数を用いた一般相対性理論
第8章:ループ量子重力
第9章:ループ量子重力宇宙論
第10章:発展的な話題
第11章:未解決問題と論争
僕の理解力、学習進度は大学学部4年生並みと考えていただければよいだろう。そのような僕が読んでみたところ第1章から第6章まではスラスラと読み進めることができた。特殊相対論、電磁気学、一般相対性理論、ハミルトン形式の場の力学、ヤン-ミルズ理論、量子力学や場の量子論を手短かに復習しながら進むのだが、学びなおしているというわけではない。
一見復習に見えるこれらの章は、第7章以降の「本編」を学ぶための準備を意識していて、最低限必要なことが網羅されている。第6章までの内容と第7章以降の内容は自然な形でつながっている。だから第6章までは既習だと思っても読み飛ばさないほうがよい。既存の物理学との整合性を確認するために必要な章なのだ。
章タイトルだけ見ると「第5章:Yang-Mills理論」と「第6章:量子力学と場の量子論の基礎」は逆なのではないかと思うかもしれないが、実際に読んでみるとこの順番のほうが正しいことがわかる。
第7章から急に難しくなる。それは未習の領域であるからだけでなく、完成していない領域の話になるからだ。詳しい式の導出は省かれ、結果だけ示されている箇所が多い。また、そのような箇所は大学院レベルの教科書や論文を参照せよという記述も多い。けれども論理的なつながりを損なわないように、文章で丁寧に解説をしているから、そのあたりが「学部学生から読める」ということなのだ。すべてを理解するのは無理だと割り切ることが大切である。
さて、素粒子物理学と一般相対性理論の矛盾をどのように克服していけばよいのだろうか?1980年代半ばに、Ashtekarは重力の式を変数を変更して書き直し、素粒子物理の理論と似た理論にできることを示した。このことは、素粒子物理の技法を重力の量子化へもちこめるのではないかという期待を高めた。その期待に基づいて得られた量子化へのアプローチは「ループ量子重力」と呼ばれており、これが第7章以降で解説されていることだ。これは重力の量子化をそれ自体として、他の相互作用との統合を必要としない形で理解しようとするひとつの試みである。そのための理論は次の3つの拘束条件を満たす必要がある。
- Gaussの法則
- 運動量拘束(またはベクトル拘束)
- ハミルトン拘束
そのために考案されたループ表現やスピンネットワークは、奇抜なアイデアだと思うが、本書で理解する限り、既存の物理学を満たしつつ、素粒子物理学と一般相対性理論の矛盾を解決しつつある理論であると読み取ることができる。ただし、この理論は未完成であり、問題を克服するために現在も新しいアイデアによる研究が進んでいることが紹介されている。通常の教科書と大きく異なるのはここである。未完成であることを認めながら、どの部分が解決していないかを正直に書いていることだ。「第8章:ループ量子重力」と「第9章:ループ量子重力宇宙論」が、本書の核である。
続く「第10章:発展的な話題」では、ブラックホールのホーキング放射やブラックホールのエントロピー(情報パラドックス)に対しての、ループ量子重力理論でのアプローチが紹介されている。現在までのループ量子重力理論によるブラックホール・エントロピーの計算では、ホーキング放射は完全に無視している。ホーキング放射を無視できる大きなブラックホールに対して近似計算を行っているそうだ。
このように本書は大まかな内容を把握するという目的であれば、十分に読む価値がある本だ。途中で理解できなくなっても、とりあえず読み通すという方針で取り組まれるのがよいと思う。
翻訳の元にされた原書はこちらである。Kindle版であってもそれなりに高価だから、英語で読んでも書籍代の節約にはならない。
「A First Course in Loop Quantum Gravity: Rodolfo Gambini, Jorge Pullin」(Kindle版)
Carlo Rovelli博士によるループ量子重力理論の講義動画を紹介しておこう。講義は英語で行われている。
Carlo Rovelli: Twist and loop(再生時間48分)
Introduction to Loop Quantum Gravity - Playlist(20回の講義)
副読本:「Covariant Loop Quantum Gravity: Carlo Rovelli, Francesca Vidotto」(Kindle版)
本書より、もう少し教養書に近いレベルで学んでみたい方には、吉田先生の2冊をお勧めする。
「明解量子重力理論入門:吉田伸夫」(Kindle版)(紹介記事)
「明解量子宇宙論入門:吉田伸夫」(Kindle版)
数式のない教養書であれば、この本がよいだろう。日本語タイトルは原書と違う。原書のタイトルは「現実は見えるとおりではない」という意味だ。
「すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ」(文庫版)(文庫Kindle版)(紹介記事)
「La realtà non è come ci appare: Carlo Rovelli」
「Reality Is Not What It Seems: Carlo Rovelli」(Kindle版)
「Par delà le visible La réalité du monde: Carlo Rovelli」
次の2冊の教養書もお勧めだ。また、さらに学んでみたい方は、ロヴェッリ博士の大学院生向け教科書に挑戦してみるとよいだろう。
「量子宇宙への3つの道 :L. スモーリン」(原書)(原書Kindle版)
「繰り返される宇宙: マーチン・ボジョワルド」(ドイツ語原書)(原書Kindle版)
「Covariant Loop Quantum Gravity: Carlo Rovelli, Francesca Vidotto」(Kindle版)
ループ量子重力理論の洋書: 書籍版を検索 Kindle版を検索
樺沢先生の翻訳は正確で、安心して読むことができる。量子重力理論のもうひとつの山、超弦理論の学部学生向け教科書も翻訳されている。こちらもお読みになっておくとよいだろう。
「初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」(紹介記事)
「初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」(紹介記事)
関連記事:
すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/93767d1f796efe646e13b54905a445cf
明解量子重力理論入門:吉田伸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e0ab2fd9fafe3568c24ed358dd4ea92c
ループ量子重力入門: 竹内薫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0718b7b3c0ea39773463be6b535bed4a
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「初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ、J. プリン」(原書)(原書Kindle版)
序
第1章:何故、重力の量子化を試みるのか?
第2章:特殊相対性理論と電磁気学
- 空間と時空
- 相対論的力学
- Maxwell理論
第3章:一般相対性理論
- 緒言
- 一般座標系とベクトル
- 曲率
- Einstein方程式と、その解の実例
- 微分同相写像
- 3+1分解
- 3脚場
第4章:拘束条件と正準形式による場の力学
- 力学の正準形式
- 拘束条件
- Maxwell理論の正準形式
- 完全拘束系
第5章:Yang-Mills理論
- 運動学的な構成と力学
- ホロノミー
第6章:量子力学と場の量子論の基礎
- 量子化
- 場の量子論の基礎
- 量子場の相互作用と発散
- 繰り込み可能性
第7章:Ashtekar変数を用いた一般相対性理論
- 正準重力
- Ashtekar変数:古典論
- 物質との結合
- 量子化
第8章:ループ量子重力
- ループ変換とスピン・ネットワーク
- ホロノミー演算子と幾何的演算子
- ハミルトニアン拘束のループ表現
第9章:ループ量子重力宇宙論
- 古典論
- 伝統的なWheeler-De Witt量子化
- ループ量子宇宙論
- ハミルトニアン拘束
- 半古典的な理論
第10章:発展的な話題
- ブラックホール・エントロピー
- マスター拘束と均一離散化
- スピン泡
- 観測可能な効果?
- 時間に関する問題
第11章:未解決問題と論争
参考文献
内容紹介:
特殊相対性理論とMaxwell理論、一般相対性理論の最低限の知識に言及し、拘束系の力学、Yang‐Mills理論、場の量子論の要点を概説。Ashtekar変数を用いた古典重力理論の正準形式を導入し、ループ表現(スピン・ネットワーク)に基づく背景独立な重力の量子化の基本概念を論じる。ループ量子宇宙論、ブラックホール・エントロピーやスピン泡などの話題を取り上げ、ループ量子重力の現状と課題を概観する。量子重力理論の有力候補である「ループ量子重力」の基礎を学部学生向けに平易に解説した入門書。
2014年5月1日刊行、179ページ。
著者について:
Rodolfo Gambini: Wikipedia
ロドルフォ・ガムビーニ
ウルグアイのモンテビデオにあるラリパブリカ大学の物理学者、教授。ルイジアナ州立大学のホレスハーン理論物理研究所の客員教授。専門はループ量子重力。パリ6世大学で博士号を取得。
Jorge Pullin: Wikipedia
ジョージ・プリン
ルイジアナ州立大学の理論物理学のHorace Hearne議長。専門はブラックホール衝突と量子重力。
翻訳者について:
樺沢宇紀(かばさわ うき): 訳書: https://adx50150.wixsite.com/kabasawa-yakusho
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師。
樺沢先生の訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で444冊目。
このタイミングでこの本を読むことにしたのは、NHKラジオの「子ども科学電話相談」で小学1年生の女の子が発した「どうして時間は動くのですか?」という質問がきっかけで、時間とは何かという問いを考察し続けていたのがきっかけだ。
4次元の時空はプランクスケールで泡立ち、空間と時間には慣れ親しんでいるユークリッド幾何学が成り立たなくなるという。ハイゼンベルクの不確定性原理によれば、運動量と位置についての不確定性原理は成り立つものの、エネルギーと時間についての不確定性原理が成り立つかどうかに関しては、物理学者の間で賛否が分かれているようである。
この文脈でプランクスケールのミクロの時空が不連続だという仮説が提唱されている。また、素粒子の標準模型の理論と一般相対性理論は、このスケールで同時に成り立たせることができないというのも、同じ理由によることだそうだ。そして、この矛盾を解決するための仮説として提唱されているのが量子重力理論である。「超弦理論」は量子重力理論のひとつ、そしてまた別の仮説として提唱されているのが「ループ量子重力理論」である。
量子重力理論という枠では同じものの、超弦理論とループ量子重力理論はまったく違う。超弦理論は10次元または11次元の時空を必要とし、つまり「背景場」と呼ばれる時空の存在を前提として構築されている。それに対してループ量子重力理論は背景場を前提とせず、ループから構成されるスピンネットワークから、時空が生成されるという理論だ。そしてその時空は4次元である。ただし、スピンネットワークが何からできているのかはよくわかっていない。
これまで竹内薫先生や吉田伸夫先生の本でループ量子重力理論を学んできたつもりだが、はっきりイメージできていない。ちゃんと数式で書かれた教科書を読む必要があると思い、読むことにしたのだ。本書は吉田先生による本よりも専門的である。
日本語で読める専門書は、本書が代表例である。あとはサイエンス社の「ループ量子重力理論への招待 2015年 03 月号」(サイエンス社の購入ページ)しかない。洋書だと大学院生向けの本が何冊も刊行されている。
ループ量子重力理論の洋書: 書籍版を検索 Kindle版を検索
日本語で読めること、学部学生向けに書かれているという意味で、樺沢先生が翻訳してくださったことは、とても有難い。ボリュームはちょうどよい179ページ。この厚さであれば途中で挫折しなくてすむ。
樺沢先生による解説は「このページ」で読むことができる。この中で「専門的なループ量子重力の文献に取り掛かる前の入門教科書という位置づけで考えてもらってよいわけだが、ループ量子重力に深入りするつもりのない人でも(たとえば超弦理論をやりたいという学生であっても)いまだにまともな理論が成立していない「量子重力」というものに対してどういう観点を視野に入れておくべきなのか、重要な示唆を見出すことのできる本であると思う。」という紹介をされている。樺沢先生は吉田伸夫先生の本のほか、「量子宇宙への3つの道 :L. スモーリン」を参考にしながら、本書を翻訳されている。
章立てはこのとおり。
第1章:何故、重力の量子化を試みるのか?
第2章:特殊相対性理論と電磁気学
第3章:一般相対性理論
第4章:拘束条件と正準形式による場の力学
第5章:Yang-Mills理論
第6章:量子力学と場の量子論の基礎
第7章:Ashtekar変数を用いた一般相対性理論
第8章:ループ量子重力
第9章:ループ量子重力宇宙論
第10章:発展的な話題
第11章:未解決問題と論争
僕の理解力、学習進度は大学学部4年生並みと考えていただければよいだろう。そのような僕が読んでみたところ第1章から第6章まではスラスラと読み進めることができた。特殊相対論、電磁気学、一般相対性理論、ハミルトン形式の場の力学、ヤン-ミルズ理論、量子力学や場の量子論を手短かに復習しながら進むのだが、学びなおしているというわけではない。
一見復習に見えるこれらの章は、第7章以降の「本編」を学ぶための準備を意識していて、最低限必要なことが網羅されている。第6章までの内容と第7章以降の内容は自然な形でつながっている。だから第6章までは既習だと思っても読み飛ばさないほうがよい。既存の物理学との整合性を確認するために必要な章なのだ。
章タイトルだけ見ると「第5章:Yang-Mills理論」と「第6章:量子力学と場の量子論の基礎」は逆なのではないかと思うかもしれないが、実際に読んでみるとこの順番のほうが正しいことがわかる。
第7章から急に難しくなる。それは未習の領域であるからだけでなく、完成していない領域の話になるからだ。詳しい式の導出は省かれ、結果だけ示されている箇所が多い。また、そのような箇所は大学院レベルの教科書や論文を参照せよという記述も多い。けれども論理的なつながりを損なわないように、文章で丁寧に解説をしているから、そのあたりが「学部学生から読める」ということなのだ。すべてを理解するのは無理だと割り切ることが大切である。
さて、素粒子物理学と一般相対性理論の矛盾をどのように克服していけばよいのだろうか?1980年代半ばに、Ashtekarは重力の式を変数を変更して書き直し、素粒子物理の理論と似た理論にできることを示した。このことは、素粒子物理の技法を重力の量子化へもちこめるのではないかという期待を高めた。その期待に基づいて得られた量子化へのアプローチは「ループ量子重力」と呼ばれており、これが第7章以降で解説されていることだ。これは重力の量子化をそれ自体として、他の相互作用との統合を必要としない形で理解しようとするひとつの試みである。そのための理論は次の3つの拘束条件を満たす必要がある。
- Gaussの法則
- 運動量拘束(またはベクトル拘束)
- ハミルトン拘束
そのために考案されたループ表現やスピンネットワークは、奇抜なアイデアだと思うが、本書で理解する限り、既存の物理学を満たしつつ、素粒子物理学と一般相対性理論の矛盾を解決しつつある理論であると読み取ることができる。ただし、この理論は未完成であり、問題を克服するために現在も新しいアイデアによる研究が進んでいることが紹介されている。通常の教科書と大きく異なるのはここである。未完成であることを認めながら、どの部分が解決していないかを正直に書いていることだ。「第8章:ループ量子重力」と「第9章:ループ量子重力宇宙論」が、本書の核である。
続く「第10章:発展的な話題」では、ブラックホールのホーキング放射やブラックホールのエントロピー(情報パラドックス)に対しての、ループ量子重力理論でのアプローチが紹介されている。現在までのループ量子重力理論によるブラックホール・エントロピーの計算では、ホーキング放射は完全に無視している。ホーキング放射を無視できる大きなブラックホールに対して近似計算を行っているそうだ。
このように本書は大まかな内容を把握するという目的であれば、十分に読む価値がある本だ。途中で理解できなくなっても、とりあえず読み通すという方針で取り組まれるのがよいと思う。
翻訳の元にされた原書はこちらである。Kindle版であってもそれなりに高価だから、英語で読んでも書籍代の節約にはならない。
「A First Course in Loop Quantum Gravity: Rodolfo Gambini, Jorge Pullin」(Kindle版)
Carlo Rovelli博士によるループ量子重力理論の講義動画を紹介しておこう。講義は英語で行われている。
Carlo Rovelli: Twist and loop(再生時間48分)
Introduction to Loop Quantum Gravity - Playlist(20回の講義)
副読本:「Covariant Loop Quantum Gravity: Carlo Rovelli, Francesca Vidotto」(Kindle版)
本書より、もう少し教養書に近いレベルで学んでみたい方には、吉田先生の2冊をお勧めする。
「明解量子重力理論入門:吉田伸夫」(Kindle版)(紹介記事)
「明解量子宇宙論入門:吉田伸夫」(Kindle版)
数式のない教養書であれば、この本がよいだろう。日本語タイトルは原書と違う。原書のタイトルは「現実は見えるとおりではない」という意味だ。
「すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ」(文庫版)(文庫Kindle版)(紹介記事)
「La realtà non è come ci appare: Carlo Rovelli」
「Reality Is Not What It Seems: Carlo Rovelli」(Kindle版)
「Par delà le visible La réalité du monde: Carlo Rovelli」
次の2冊の教養書もお勧めだ。また、さらに学んでみたい方は、ロヴェッリ博士の大学院生向け教科書に挑戦してみるとよいだろう。
「量子宇宙への3つの道 :L. スモーリン」(原書)(原書Kindle版)
「繰り返される宇宙: マーチン・ボジョワルド」(ドイツ語原書)(原書Kindle版)
「Covariant Loop Quantum Gravity: Carlo Rovelli, Francesca Vidotto」(Kindle版)
ループ量子重力理論の洋書: 書籍版を検索 Kindle版を検索
樺沢先生の翻訳は正確で、安心して読むことができる。量子重力理論のもうひとつの山、超弦理論の学部学生向け教科書も翻訳されている。こちらもお読みになっておくとよいだろう。
「初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」(紹介記事)
「初級講座弦理論 基礎編:B.ツヴィーバッハ」(紹介記事)
関連記事:
すごい物理学講義: カルロ・ロヴェッリ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/93767d1f796efe646e13b54905a445cf
明解量子重力理論入門:吉田伸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e0ab2fd9fafe3568c24ed358dd4ea92c
ループ量子重力入門: 竹内薫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0718b7b3c0ea39773463be6b535bed4a
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「初級講座 ループ量子重力: R. ガムビーニ、J. プリン」(原書)(原書Kindle版)
序
第1章:何故、重力の量子化を試みるのか?
第2章:特殊相対性理論と電磁気学
- 空間と時空
- 相対論的力学
- Maxwell理論
第3章:一般相対性理論
- 緒言
- 一般座標系とベクトル
- 曲率
- Einstein方程式と、その解の実例
- 微分同相写像
- 3+1分解
- 3脚場
第4章:拘束条件と正準形式による場の力学
- 力学の正準形式
- 拘束条件
- Maxwell理論の正準形式
- 完全拘束系
第5章:Yang-Mills理論
- 運動学的な構成と力学
- ホロノミー
第6章:量子力学と場の量子論の基礎
- 量子化
- 場の量子論の基礎
- 量子場の相互作用と発散
- 繰り込み可能性
第7章:Ashtekar変数を用いた一般相対性理論
- 正準重力
- Ashtekar変数:古典論
- 物質との結合
- 量子化
第8章:ループ量子重力
- ループ変換とスピン・ネットワーク
- ホロノミー演算子と幾何的演算子
- ハミルトニアン拘束のループ表現
第9章:ループ量子重力宇宙論
- 古典論
- 伝統的なWheeler-De Witt量子化
- ループ量子宇宙論
- ハミルトニアン拘束
- 半古典的な理論
第10章:発展的な話題
- ブラックホール・エントロピー
- マスター拘束と均一離散化
- スピン泡
- 観測可能な効果?
- 時間に関する問題
第11章:未解決問題と論争
参考文献