「数学に魅せられて、科学を見失う:ザビーネ・ホッセンフェルダー」(Kindle版)
内容紹介:
◆物理学の基盤的領域では30年以上も、既存の理論を超えようとして失敗し続けてきたと著者は言う。実験で検証されないまま理論が乱立する時代が、すでに長きに渡っている。それら理論の正当性のよりどころとされてきたのは、(数学的な)「美しさ」あるいは「自然さ」だが、なぜ多くの物理学者がこうした基準を信奉するのだろう? 革新的な理論の美が、前世紀に成功をもたらした美の延長上にあると考える根拠は、どこにあるのか? そして、超対称性、余剰次元の物理、暗黒物質の粒子、多宇宙……等々も、その信念がはらむ錯覚の産物だとしたら?
◆本書では、この「美的基準」の意義をめぐって研究当事者たちが率直な対話を交わす。研究者たちの語りを通じて浮かび上がるのは、究極のフロンティアへ進撃を続けるイメージとは違って、空振り続きの実験結果に戸惑い、理論の足場の不確かさと苦闘する物理学の姿である。「誰もバラ色の人生なんて約束しませんでしたよ。これはリスクのある仕事なのです」(ニマ・アルカニ=ハメド)、「気がかりになりはじめましたよ、確かに。たやすいことだろうなんて思ったことは一度もありませんが」(フランク・ウィルチェック)
◆著者が提示する処方箋は、問われてこなかった前提を見つめ直すこと、あくまで観測事実に導かれること、それに、狭く閉じた産業の体になりつつあるこの分野の風通しをよくすることだ。しかし、争点はその手前にある。物理学はほんとうに、「数学の美しさのなかで道を見失って」いるのだろうか? 本書が探針を投じる。
2021年4月10日刊行、352ページ。
著者について:
ザビーネ・ホッセンフェルダー(Sabine Hossenfelder)
フランクフルト高等研究所(FIAS,ドイツ)研究フェロー。重イオン研究所(GSI,ドイツ)でポストドク、アリゾナ大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(いずれもアメリカ)、ペリメーター理論物理学研究所(カナダ)にて研究フェロー、北欧理論物理学研究所(NORDITA,スウェーデン)助教授などを経て、2018年より現職。ブログ"BackReaction"が人気を集め、The New York Times, Scientific American, New Scientist, The Guardianをはじめとする雑誌にも寄稿している。本書が初の単著。
翻訳者について:
吉田三知世(よしだ・みちよ)
英日・日英翻訳者。京都大学理学部卒業後、技術系企業での勤務を経て翻訳家に。訳書に、フランク・ウィルチェック『物質のすべては光』(2009)、グレアム・ファーメロ『量子の海、ディラックの深淵』(2010)(以上、早川書房)、レオン・レーダーマン他『詩人のための量子力学』(2014)(白揚社)、ランドール・マンロー『ホワット・イフ? Q1』『ホワット・イフ?Q2』(2019)(いずれも早川書房)ほか多数。訳書のジョージ・ダイソン『チューリングの大聖堂』(2013、ハヤカワNF文庫版2017)が第49回日本翻訳出版文化賞受賞。
理数系書籍のレビュー記事は本書で457冊目。
中身をよく確認せず、タイトルに魅せられてKindle版を衝動買いした。Amazonに記載さされている「内容紹介:」は読んでいたが、要約するとそこに書かれているとおりの本である。
僕がとりわけ惹かれたのは、タイトルの「数学に魅せられて」の部分。現代数学の魅力にも触れられているのかと勘違いした。原題の「Lost in Math」には「魅せられて」の意味は込められていない。
読んでワクワクするような本だと思って読み始めたが、第1章を読んだ時点で期待は裏切られた。現代物理学、特に素粒子物理学と宇宙物理学が直面しているさまざまな問題、科学者たちが抱えている妄想を紹介し、著者が疑問と批判の矛先を向けて、皮肉たっぷりに説明している本だとわかったからだ。そのスタイルは最初から最後まで一貫している。
そのため、本書には「否定文」がとても多い。科学の可能性を信じる物理学ファンが読むには、否定的な文章を読み続けるのはかなりつらいものがある。科学教養書としての出来もぱっとしない。専門用語をわかりやすく解説しようという気持ちが著者にはないため、科学教養書をひととおり読んだ読者、物理学を学んだことがある読者にしか理解できない本になっている。
物事に対して、その将来の可能性を信じ、楽観的にとらえて進む人と、その逆の人がいる。著者は明らかに後者の人なのだ。現代物理学が予言する、多宇宙論、標準模型、超弦理論、超対称性理論、標準宇宙論模型、暗黒物質、暗黒エネルギー、LHCを始めとする巨大実験施設、そしてそれらの分野で研究を続ける科学者たち。。。それらひとつひとつに懐疑の目を向け、批判的な考えを繰り返して読者に「これでいいのか?よいはずがない。」と本書で問いかけている。
それぞれの分野の第一人者として知られる科学者に著者は直接インタビューをし、解説するというスタイルである。質問も意地悪なものが多く、おそらく二度とインタビューさせてもらえないほど、嫌われたのではないかと僕は思った。その中にはスティーブン・ワインバーグ博士、ブライアン・グリーン博士、ジョセフ・ポルチンスキー博士などの大御所も含まれている。そしてインタビューが終わった後、本書に批判や反論を書いてしまうのである。
半分ほど進んだところで、読むのをもうやめようと思った。ブログの紹介記事に否定的なことばかり書きたくないし、そのような記事はブログの読者も望んでいないと思ったからだ。
それでも読み続けて、読み終えてからこの記事を書いている自分がいる。何が僕の気持ちを変えさせたのだろうか?
それは、著者の主張が「本当のこと」であるからだ。科学的な真理や真実は、人間の気持ちや美的感覚とは本来独立しているはずだ。好きか嫌いかという基準で評価すべきものではない。また、教科書や科学教養書は達成した偉業、成功例を解説、紹介することが目的だから、わかっていないこと、否定的なことに割かれるページはほとんどない。公平であろうとする姿勢を保つためには、肯定的なことだけでなく、否定的なことにも聞く耳を持つべきだと思ったのだ。
特に先日読んだ「場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人」もそうである。この本は場の量子論という数学的には定式化されていない分野のうち、対称性という数学的に美しい部分だけに焦点を当てて解説している。2分冊めの数学的に美しくない部分にフォーカスした本を読む前に、今回の本を読んでおくべきだろう。本書には標準模型では、どのようなことが謎として残っているかを、これでもかと思えるほど紹介している。対称性を物理法則に求めるのは、果たして正しいことなのだろうか?
また、先日紹介した「未知の粒子の証拠を'最後の望み' の実験で確認」という記事に書いた実験も、標準模型を逸脱する法則、粒子があるのだろうという予測をしている。今のところ超対称性粒子は見つかっていないし、新しい物理学、物理法則への扉が開かれたことになるのだろうか?
本書を読みながら、いま科学者たちが抱えている研究のジレンマ、科学が直面している危機的状況を知ることには意味があると思う。標準模型まではよかった。しかし、その先は。。。。
本書に書かれているのは現代物理学が抱えている諸問題、理論物理学者として著者が抱えているジレンマである。
章立ては次の通りだ。「はじめに」だけ無料で公開されている。
はじめに
第1章 物理学の隠れたルール
第2章 素晴らしき世界
第3章 ユニオンの状況
第4章 基盤に入った亀裂
第5章 理想的な理論
第6章 理解不可能な理解可能性──量子力学は、いったいなぜ理解できるのか
第7章 すべてを支配するひとつのもの
第8章 宇宙、最後のフロンティア
第9章 宇宙、そこにあるすべてのもの、そしてそれ以外のもの
第10章 知は力なり
補遺A 標準模型の粒子
補遺B 「自然さ」が抱える困難
補遺C この状況を救うためにあなたができること
日本語版は、それなりの価格だが、原書のKindle版はとても安い。日英仏版のAmazonサイトのリンクを載せておこう。
「数学に魅せられて、科学を見失う:ザビーネ・ホッセンフェルダー」(Kindle版)
「Lost in Math: How Beauty Leads Physics Astray: Sabine Hossenfelder」(ペーパーバック)(Kindle版)
「Lost in Maths: Comment la beauté égare la physique: Sabine Hossenfelder」
関連動画:
動画を見ると、著者がどのような主張をしているかがおわかりになると思う。
Particle Physics Discoveries that Disappeared(日本語字幕はYouTubeで再生するときだけ表示される)
YouTubeで再生
Sabine Hossenfelder on the Crisis in Particle Physics and Against the Next Big Collider - Episode #8
YouTubeで再生
著者のYouTubeチャンネル: 開く
「数学に魅せられて、科学を見失う:ザビーネ・ホッセンフェルダー」(Kindle版)
はじめに
第1章 物理学の隠れたルール
この章で私は、自分はもはや物理学が理解できていないことに気づく。
善良なる科学者が抱える難問
失敗
数学でできている
物理学への羨望
見えない友人たち
第2章 素晴らしき世界
この章で私は、かつての科学者たちについての本を読み、誰もが恰好のよいアイデアを好むが、その恰好のよいアイデアがときにはひどく失敗するのだと知る。
私たちが元いたところ
どうやってここに来たのか
私たちは何でできているか
美に欺かれるところ
なぜ理論家を信頼するのか?
第3章 ユニオンの状況
この章では、10年間の教育で私が学んだことを30ページほどにまとめ、また、素粒子物理学の最盛期について他の物理学者にざっくばらんに話してもらう。
物理学が描く世界
万物は流転する
物理学者の商売道具
標準模型
標準宇宙論模型
ここからは難しくなる
第4章 基盤に入った亀裂
私はニマ・アルカニ—ハメドに会う。
ポストに就ければ、おいしい仕事
起こっている面倒事
名無しの数たち
バラ色の人生など誰も約束しなかった
二光子余剰狂想曲の始まり
第5章 理想的な理論
この章で私は、科学の終焉の可能性を探ろうとするが、理論物理学者たちの想像力は果てしないことを見いだす。スティーヴン・ワインバーグに話をしてもらう。
私を驚かせて──でも、ほどほどに
馬の育種
無限の可能性
宇宙ポーカー
不協和音の解放
第6章 理解不可能な理解可能性──量子力学は、いったいなぜ理解できるのか
ここで私は、数学と魔術の違いについて考える。
なにもかも素晴らしくうまくいっているが、満足している人はひとりもいない
勝ち目のないゲーム
量子力学は魔術なんです
第7章 すべてを支配するひとつのもの
私は、もしも自然法則が美しくなかったら、人はそれに興味をもてるのかどうかを突き止めようとする。フランク・ウィルチェックとギャレット・リージの話を聞く。
収束する何本もの線
何かについての理論
数の多い者が勝つ
超対称性に代わる別の理論の可能性
大陸から離れて
第8章 宇宙、最後のフロンティア
この章で私は、ひとりの弦理論研究者を理解しようと試み、ほぼ成功しそうになる。
ただのしがない物理学者
御し難いファイヤーウォール
数学 vs 希望──ひとつのケーススタディ
弦理論と、それに不満な人々
創発する美
第9章 宇宙、そこにあるすべてのもの、そしてそれ以外のもの
ここで私は、私たちが発明したさまざまな粒子を誰も見ていないのはなぜかを説明するたくさんの方法に感服する。
ソーセージのような法則
ダークなものを掘る
期待しながらただ座って過ごす
弱い場と第五の力
諸科学の岩盤
ギャップの哲学
第10章 知は力なり
ここで私は、誰もが私の言うことに耳を傾けたなら、世界はもっとよくなるだろうとの思いで本書を結ぶ。
われはロボット
数学の上に積み重なった数学
私を信用しないでください、私は科学者ですから。
このテント、臭いですよ
Lost in Math
探究は続く
謝辞
補遺A 標準模型の粒子
補遺B 「自然さ」が抱える困難
補遺C この状況を救うためにあなたができること
原注
索引
内容紹介:
◆物理学の基盤的領域では30年以上も、既存の理論を超えようとして失敗し続けてきたと著者は言う。実験で検証されないまま理論が乱立する時代が、すでに長きに渡っている。それら理論の正当性のよりどころとされてきたのは、(数学的な)「美しさ」あるいは「自然さ」だが、なぜ多くの物理学者がこうした基準を信奉するのだろう? 革新的な理論の美が、前世紀に成功をもたらした美の延長上にあると考える根拠は、どこにあるのか? そして、超対称性、余剰次元の物理、暗黒物質の粒子、多宇宙……等々も、その信念がはらむ錯覚の産物だとしたら?
◆本書では、この「美的基準」の意義をめぐって研究当事者たちが率直な対話を交わす。研究者たちの語りを通じて浮かび上がるのは、究極のフロンティアへ進撃を続けるイメージとは違って、空振り続きの実験結果に戸惑い、理論の足場の不確かさと苦闘する物理学の姿である。「誰もバラ色の人生なんて約束しませんでしたよ。これはリスクのある仕事なのです」(ニマ・アルカニ=ハメド)、「気がかりになりはじめましたよ、確かに。たやすいことだろうなんて思ったことは一度もありませんが」(フランク・ウィルチェック)
◆著者が提示する処方箋は、問われてこなかった前提を見つめ直すこと、あくまで観測事実に導かれること、それに、狭く閉じた産業の体になりつつあるこの分野の風通しをよくすることだ。しかし、争点はその手前にある。物理学はほんとうに、「数学の美しさのなかで道を見失って」いるのだろうか? 本書が探針を投じる。
2021年4月10日刊行、352ページ。
著者について:
ザビーネ・ホッセンフェルダー(Sabine Hossenfelder)
フランクフルト高等研究所(FIAS,ドイツ)研究フェロー。重イオン研究所(GSI,ドイツ)でポストドク、アリゾナ大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(いずれもアメリカ)、ペリメーター理論物理学研究所(カナダ)にて研究フェロー、北欧理論物理学研究所(NORDITA,スウェーデン)助教授などを経て、2018年より現職。ブログ"BackReaction"が人気を集め、The New York Times, Scientific American, New Scientist, The Guardianをはじめとする雑誌にも寄稿している。本書が初の単著。
翻訳者について:
吉田三知世(よしだ・みちよ)
英日・日英翻訳者。京都大学理学部卒業後、技術系企業での勤務を経て翻訳家に。訳書に、フランク・ウィルチェック『物質のすべては光』(2009)、グレアム・ファーメロ『量子の海、ディラックの深淵』(2010)(以上、早川書房)、レオン・レーダーマン他『詩人のための量子力学』(2014)(白揚社)、ランドール・マンロー『ホワット・イフ? Q1』『ホワット・イフ?Q2』(2019)(いずれも早川書房)ほか多数。訳書のジョージ・ダイソン『チューリングの大聖堂』(2013、ハヤカワNF文庫版2017)が第49回日本翻訳出版文化賞受賞。
理数系書籍のレビュー記事は本書で457冊目。
中身をよく確認せず、タイトルに魅せられてKindle版を衝動買いした。Amazonに記載さされている「内容紹介:」は読んでいたが、要約するとそこに書かれているとおりの本である。
僕がとりわけ惹かれたのは、タイトルの「数学に魅せられて」の部分。現代数学の魅力にも触れられているのかと勘違いした。原題の「Lost in Math」には「魅せられて」の意味は込められていない。
読んでワクワクするような本だと思って読み始めたが、第1章を読んだ時点で期待は裏切られた。現代物理学、特に素粒子物理学と宇宙物理学が直面しているさまざまな問題、科学者たちが抱えている妄想を紹介し、著者が疑問と批判の矛先を向けて、皮肉たっぷりに説明している本だとわかったからだ。そのスタイルは最初から最後まで一貫している。
そのため、本書には「否定文」がとても多い。科学の可能性を信じる物理学ファンが読むには、否定的な文章を読み続けるのはかなりつらいものがある。科学教養書としての出来もぱっとしない。専門用語をわかりやすく解説しようという気持ちが著者にはないため、科学教養書をひととおり読んだ読者、物理学を学んだことがある読者にしか理解できない本になっている。
物事に対して、その将来の可能性を信じ、楽観的にとらえて進む人と、その逆の人がいる。著者は明らかに後者の人なのだ。現代物理学が予言する、多宇宙論、標準模型、超弦理論、超対称性理論、標準宇宙論模型、暗黒物質、暗黒エネルギー、LHCを始めとする巨大実験施設、そしてそれらの分野で研究を続ける科学者たち。。。それらひとつひとつに懐疑の目を向け、批判的な考えを繰り返して読者に「これでいいのか?よいはずがない。」と本書で問いかけている。
それぞれの分野の第一人者として知られる科学者に著者は直接インタビューをし、解説するというスタイルである。質問も意地悪なものが多く、おそらく二度とインタビューさせてもらえないほど、嫌われたのではないかと僕は思った。その中にはスティーブン・ワインバーグ博士、ブライアン・グリーン博士、ジョセフ・ポルチンスキー博士などの大御所も含まれている。そしてインタビューが終わった後、本書に批判や反論を書いてしまうのである。
半分ほど進んだところで、読むのをもうやめようと思った。ブログの紹介記事に否定的なことばかり書きたくないし、そのような記事はブログの読者も望んでいないと思ったからだ。
それでも読み続けて、読み終えてからこの記事を書いている自分がいる。何が僕の気持ちを変えさせたのだろうか?
それは、著者の主張が「本当のこと」であるからだ。科学的な真理や真実は、人間の気持ちや美的感覚とは本来独立しているはずだ。好きか嫌いかという基準で評価すべきものではない。また、教科書や科学教養書は達成した偉業、成功例を解説、紹介することが目的だから、わかっていないこと、否定的なことに割かれるページはほとんどない。公平であろうとする姿勢を保つためには、肯定的なことだけでなく、否定的なことにも聞く耳を持つべきだと思ったのだ。
特に先日読んだ「場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人」もそうである。この本は場の量子論という数学的には定式化されていない分野のうち、対称性という数学的に美しい部分だけに焦点を当てて解説している。2分冊めの数学的に美しくない部分にフォーカスした本を読む前に、今回の本を読んでおくべきだろう。本書には標準模型では、どのようなことが謎として残っているかを、これでもかと思えるほど紹介している。対称性を物理法則に求めるのは、果たして正しいことなのだろうか?
また、先日紹介した「未知の粒子の証拠を'最後の望み' の実験で確認」という記事に書いた実験も、標準模型を逸脱する法則、粒子があるのだろうという予測をしている。今のところ超対称性粒子は見つかっていないし、新しい物理学、物理法則への扉が開かれたことになるのだろうか?
本書を読みながら、いま科学者たちが抱えている研究のジレンマ、科学が直面している危機的状況を知ることには意味があると思う。標準模型まではよかった。しかし、その先は。。。。
本書に書かれているのは現代物理学が抱えている諸問題、理論物理学者として著者が抱えているジレンマである。
章立ては次の通りだ。「はじめに」だけ無料で公開されている。
はじめに
第1章 物理学の隠れたルール
第2章 素晴らしき世界
第3章 ユニオンの状況
第4章 基盤に入った亀裂
第5章 理想的な理論
第6章 理解不可能な理解可能性──量子力学は、いったいなぜ理解できるのか
第7章 すべてを支配するひとつのもの
第8章 宇宙、最後のフロンティア
第9章 宇宙、そこにあるすべてのもの、そしてそれ以外のもの
第10章 知は力なり
補遺A 標準模型の粒子
補遺B 「自然さ」が抱える困難
補遺C この状況を救うためにあなたができること
日本語版は、それなりの価格だが、原書のKindle版はとても安い。日英仏版のAmazonサイトのリンクを載せておこう。
「数学に魅せられて、科学を見失う:ザビーネ・ホッセンフェルダー」(Kindle版)
「Lost in Math: How Beauty Leads Physics Astray: Sabine Hossenfelder」(ペーパーバック)(Kindle版)
「Lost in Maths: Comment la beauté égare la physique: Sabine Hossenfelder」
関連動画:
動画を見ると、著者がどのような主張をしているかがおわかりになると思う。
Particle Physics Discoveries that Disappeared(日本語字幕はYouTubeで再生するときだけ表示される)
YouTubeで再生
Sabine Hossenfelder on the Crisis in Particle Physics and Against the Next Big Collider - Episode #8
YouTubeで再生
著者のYouTubeチャンネル: 開く
「数学に魅せられて、科学を見失う:ザビーネ・ホッセンフェルダー」(Kindle版)
はじめに
第1章 物理学の隠れたルール
この章で私は、自分はもはや物理学が理解できていないことに気づく。
善良なる科学者が抱える難問
失敗
数学でできている
物理学への羨望
見えない友人たち
第2章 素晴らしき世界
この章で私は、かつての科学者たちについての本を読み、誰もが恰好のよいアイデアを好むが、その恰好のよいアイデアがときにはひどく失敗するのだと知る。
私たちが元いたところ
どうやってここに来たのか
私たちは何でできているか
美に欺かれるところ
なぜ理論家を信頼するのか?
第3章 ユニオンの状況
この章では、10年間の教育で私が学んだことを30ページほどにまとめ、また、素粒子物理学の最盛期について他の物理学者にざっくばらんに話してもらう。
物理学が描く世界
万物は流転する
物理学者の商売道具
標準模型
標準宇宙論模型
ここからは難しくなる
第4章 基盤に入った亀裂
私はニマ・アルカニ—ハメドに会う。
ポストに就ければ、おいしい仕事
起こっている面倒事
名無しの数たち
バラ色の人生など誰も約束しなかった
二光子余剰狂想曲の始まり
第5章 理想的な理論
この章で私は、科学の終焉の可能性を探ろうとするが、理論物理学者たちの想像力は果てしないことを見いだす。スティーヴン・ワインバーグに話をしてもらう。
私を驚かせて──でも、ほどほどに
馬の育種
無限の可能性
宇宙ポーカー
不協和音の解放
第6章 理解不可能な理解可能性──量子力学は、いったいなぜ理解できるのか
ここで私は、数学と魔術の違いについて考える。
なにもかも素晴らしくうまくいっているが、満足している人はひとりもいない
勝ち目のないゲーム
量子力学は魔術なんです
第7章 すべてを支配するひとつのもの
私は、もしも自然法則が美しくなかったら、人はそれに興味をもてるのかどうかを突き止めようとする。フランク・ウィルチェックとギャレット・リージの話を聞く。
収束する何本もの線
何かについての理論
数の多い者が勝つ
超対称性に代わる別の理論の可能性
大陸から離れて
第8章 宇宙、最後のフロンティア
この章で私は、ひとりの弦理論研究者を理解しようと試み、ほぼ成功しそうになる。
ただのしがない物理学者
御し難いファイヤーウォール
数学 vs 希望──ひとつのケーススタディ
弦理論と、それに不満な人々
創発する美
第9章 宇宙、そこにあるすべてのもの、そしてそれ以外のもの
ここで私は、私たちが発明したさまざまな粒子を誰も見ていないのはなぜかを説明するたくさんの方法に感服する。
ソーセージのような法則
ダークなものを掘る
期待しながらただ座って過ごす
弱い場と第五の力
諸科学の岩盤
ギャップの哲学
第10章 知は力なり
ここで私は、誰もが私の言うことに耳を傾けたなら、世界はもっとよくなるだろうとの思いで本書を結ぶ。
われはロボット
数学の上に積み重なった数学
私を信用しないでください、私は科学者ですから。
このテント、臭いですよ
Lost in Math
探究は続く
謝辞
補遺A 標準模型の粒子
補遺B 「自然さ」が抱える困難
補遺C この状況を救うためにあなたができること
原注
索引
ニュートン力学+電磁気学と標準理論を比べても、標準理論の根底には美しい対称性があるけど現実は破れまくってグチャグチャです。
とは言え、その対称性を手掛かりとして追及したから得られたもので、初めから諦めてたら何も得られなかったでしょう。
結局の所、究極には美しさなど無かったとしても、そこに行き着くのは無理で美しさがある部分までしか到達できない以上は「美しさ」を目標にするしか手段はなく、諦める人は何も得られないだけです。
>宇宙の法則が美しいなんて保証はどこにもないですね。
おっしゃるとおりですね。対称性や一定のパターンに気がつき、それをよりどころとして科学者は法則にたどり着くのだと思います。そのため、美しい部分だけ真実だと思い込んでしまいます。
天文学、物理学の歴史を見ても、天動説→地動説→ケプラーの法則→一般相対論と進むにつれてフォーカスする対称性が目に見える対称性から数式上の対称性に移行していきました。
今後、想定する空間次元が増えた状態で、どのような対称性をよりどころにするのか、その対称性では説明できない部分をどのように説明していくのかという方法で進んでいくのだと思います。
けれども、科学者である前に人間として生活を維持していかなければなりません。いつ日の目をみるかわからない研究だけに没頭すると、研究者としては成功する可能性は低いですから、成果を得やすい研究と、100年先を見据えた研究の両方を並行して行うのがよいのだろうと本書を読んで思いました。