今日は旧作のリバイバルです。
文学少女「くろまっくくん、今日のお題は『ソメイヨシノ』『フルート』『平行世界』よ!」 http://t.co/b21o5hNiIK
ソメイヨシノの下で昼寝をしていると、フルートを持った少女に呼びかけられた。
「そこ、ハムちゃんのお墓なの」
今日が命日で、フルートを聴かせにきたのだという。演奏が終わると、「この曲吹けるようになったよ」と彼女は微笑んだ。
「すごいね」
平行世界で生きるハムちゃんの代わりに私がほめる。
2013/03/30 Sat 23:27 From Mobile Web (M5)
このお話に出てくる少女には、二人のモデルがいる。
ある雨の日の早朝出勤の朝だった。
いつものように公園を横切ると、ランドセルを背負った少女が、地面にうずくまり、泣きながらスコップで木陰に穴を掘り返していた。傘は差していたが、あまり意味がなかっただろう。彼女の顔は涙と雨でぐしゃぐしゃだった。小鳥かハムスターか、ペットが死んだのだろうと私は思った。
私は傘を差し掛けて、ハンドタオルでも貸すべきだったか。しかし時節柄、幼い少女に声をかけるのはためらわれた。
雨は午前中には上がった。
昼休みになると、私は食事もそこそこに公園をのぞきにいった。案の定、墓石がわりの石は倒され、猫かカラスかわからないが、なにものかに暴かれて、空洞になっていた。私は穴を埋め、墓石を元に戻した。土は雨に濡れていたから、偽装工作がバレることはなかっただろう。学期中の平日だったから大丈夫だったと思うが、その日たまたま学校が半ドンで、彼女がこの光景を見ることだけは避けたいと思った。
もう一人のモデルは、いつも下校の帰り道でリコーダーで「きらきらぼし」の練習をしていた少女である。
その頃、私は片田舎の工事現場で、夜勤の交通警備の仕事をしていた。朝5時に仕事が終わり、アパートに着くのは7時過ぎである。シャワーを浴びて、コンビニ弁当を食べながら酒をくらって、10時過ぎに眠りにつく。しかしカーテンを閉じたところで、日の光が入り込み、眠れたものではない。うつらうつらを繰り返し、慢性的な睡眠不足だった。
ある日、15時半すぎだったと思うが、徐々に近づいてくる「きらきらぼし」のリコーダーの音で目覚めた。
現場は20時スタートだが、始業1時間前には入って準備しなければならない。現場には2時間かかる。身支度の時間も考えると、私もそろそろ起き出し、準備にかからねばならない時間だった。
彼女は「きらきらひかるお空の星よ」まではちゃんと吹ける。しかし「まばたきしては」のところで、いつもつっかえてしまう。以後、エンドレス。徐々に笛の音は遠ざかっていく。
ある日、私は窓辺に立って、カーテン越しにその笛の音の主を見た。赤いランドセルを背負った少女だった。
吹けるようになるまで練習しろと学校でいわれたのだろうか。彼女のつまづきは、あくまでテクニカルな問題ではないのか。どうしてちゃんと教えられないのか。ウサギ跳びのような無意味な自己練を強要する学校の教師に、私は怒りといらだちを覚えた。
「きらきらぼし」で目覚める、そんな日が1週間か10日ほど続いた。私は昼勤の現場に移り、もうあのリコーダーを聴くことはなくなった。
その後、私は大阪に移った。しかし、今に至るも気になる。
彼女は『きらきらぼし』を吹けるようになったのだろうか。
お題が「フルート」だったのでリコーダーではなくなったが、『きらきらぼし』を最後まで吹けるにようになった彼女をイメージした。
9年前の文学少女の三題噺は、この回で終わっている。このシリーズを始めるきっかけになった死にたがりの姫も、この頃にはDTMという新しい趣味に夢中で、もう私との絡みもなくなっていた。私はこの投稿を最後に、Twitterから撤収し、このブログも長い休眠期間に入った。