日本書紀 巻第十九 天国排開広庭天皇 四十三
・百済国と高麗国の合戦
冬十月二十日、
百済の王子・余昌が、
(明王の子、威德王です)
ことごとく国中の兵を発して、
高麗国に向かい、
百合野塞を築き、
軍の士は、
眠るものや食するものがいました。
夕に観覧すると、
非常に大きい野に
肥えた土が高くもちあがったところや、
平原がはるかにひろがったところに、
人跡はごくまれにしか見えず、
犬の聲も聞くことがありませんでした。
にわかに、
儵忽(しゅっこつ)に、
鼓と笛の音が聞こえました。
余昌は、
すなわち、
大いに驚いて、
鼓を打ち相応し、
夜通し固く守りました。
夜の明けかかる頃、
起きて曠野の中を見ると、
青山の如く覆い、
旌旗(せいき)がいっぱいに満ちていました。
あけぼのに、
頸鎧をつけた者が一騎、
鐃(くすび)を挿した者が二騎、
(鐃の字は未詳です)
豹の尾をさした者が二騎、
あわせて五騎が、
轡(くつわ)を連ねて到来し、
問うて、
「子どもたちが、
『吾の野の中に客人が居ます』
といった、
迎え礼することをせずにはいられない。
今、
吾と礼をもって問答する者の、
姓名、年と位を早く知りたいと思う」
といいました。
余昌は答えて、
「姓は同姓で、位は杆率、年は二十九」
といいました。
百済が反問し、
また前の法の如く、
対し答えて、
遂に、
すなわち、
標(しるし)を立てて合戦しました。
ここにおいて、
百済は、
鉾(ほこ)をもって
高麗の勇士(いくさびと)を刺し、
馬より堕(お)として、
首を斬りました。
依然として、
鋒の先に頭を挿してかかげて還り、
衆(いくさに)入って示しました。
高麗の軍将(いくさのきみ)は、
ますます甚だ、
憤怒しました。
この時、
百済の歓呼の聲は、
天地を裂くばかりでした。
またその偏将(そいのいくさのきみ)は、
太鼓を打ち、
疾(はや)く闘って、
高麗王を
東聖山(とうじょうせん)の辺りに追いたて、
退けました。
・儵忽(しゅっこつ)
時間の短いさま。すみやか。たちまち。にわか。急
・旌旗(せいき)
はた。のぼり。軍旗
・鐃(くすび)
1・シンバルに似た銅製の打楽器。2・古代、軍隊で使われていた楽器、鈴に似ているが舌はなく、たたいて鳴らす
・偏将(そいのいくさのきみ)
副将
(感想)
(欽明天皇14年)
冬10月20日、
百済の王子・余昌が、
(明王の子、威徳王です)、
ことごとく国中の兵を興して、
高麗国に向かい、
百合野要塞を築き、
軍の士は眠るものや
食するものがいました。
夕に観覧すると、
非常に大きい野に
肥えた土が高くもちあがったところや
平原がはるかにひろがったところに、
人跡はごくまれにしか見えず、
犬の聲も聞くことがありませんでした。
にわかに、たちまちに、
太鼓と笛の音が聞こえました。
余昌は、
大いに驚いて太鼓を打って、
相応し、
夜通し、
固く守りました。
夜の明けかかる頃、
起きて曠野の中を見ると、
青山のように覆い、
軍旗がいっぱいに満ちていました。
明け方に、
頸鎧をつけた者が一騎、
鐃(くすび)挿した者が二騎、
豹の尾をさした者が二騎、
あわせて五騎が、
轡(くつわ)を連ねて到来し、
問うて、
「子どもたちが、
『吾の野の中に客人が居ます』
といった、
迎え礼することをせずにはいられない。
今、
吾と礼をもって問答する者の、
姓名、年と位を早く知りたいと思う」
といいました。
余昌は答えて、
「姓は同姓で、
位は杆率、年は二十九」
といいました。
百済が反問し、
また前の法のように、
応対し答えて、
遂に、
すなわち、
標(しるし)を立てて合戦しました。
ここにおいて、
百済は、
鉾をもって高麗の勇士を刺し
馬より落として、
首を斬りました。
依然として、
鋒の先に頭を挿してかかげて帰り、
軍兵の中に入って示しました。
高麗の軍将(いくさのきみ)は、
ますます甚だ、
憤怒しました。
この時、
百済の歓呼の聲は、
天地を裂くばかりでした。
またその副将は、
太鼓を打ち、
疾く闘って、
高麗王を東聖山の辺りに
追いたて、
退けました。
明日に続きます。
読んで頂き
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