日本書紀 巻第六
活目入彦五十狭茅天皇 五
・狭穂姫の涙
五年、冬十月一日、
天皇は来目に行幸し、高宮に居ました。
天皇は、
皇后の膝を枕にして昼寝をしていました。
この際、
皇后は事を成し遂げることが
できずにいたことでうわの空で、
「兄王の謀るところは、
まさしく今この時なのだろう。」
と思いました。
その時、眼から涙が流れ落ち、
帝の顔に落ちました。
天皇は目覚めて、皇后に、
「朕は今日、夢を見ていた。
錦の小さな蛇が、朕の首にまとわりついた。
また大雨が狭穂(さほ)から降ってきて、
顔を濡らした。
これは何の兆しだろうか?」
と話しました。
その時、
皇后は謀り事を隠すことはできないと知り、
怖気づいて地に伏すと、
詳細を申しあげて、
兄王の反逆の状況を申し上げた。
またこう奏上した。
「妾(わたくし)は、
兄王の志に違(たが)うことが出来ません。
また天皇の恩に背くことも出来ません。
告げては兄を亡くすことになります。
言わなければ社稷(しゃしょく)を
傾けることになります。
是を以て、
或いは恐れ、或いは悲しみました。
伏したり仰いだりして、むせび泣き、
進むことも退くこともできず
激しく泣きました。
日夜、心に憂いをいだき、
訴え事を言うことが出来ません。
ただ、今日は、
天皇が妾の膝に枕にして寝ました。
ここで、妾は一度思いました。
もし、
狂気の女がいて、
兄の志を遂行するなら、
丁度今がその時、
苦労することなく成功すると、
この意(おもい)がまだ消えないうちに、
自然と涙が眼から流れ出たのです。
すぐ袖で拭きましたが、
袖より漏れて帝の面(おもて)を濡らしました。
故に、
今日の夢はきっとこの事に応しています。
錦の小さな蛇は、
妾が授けられた匕首です。
大雨が突然降り出したのは、
妾の涙です」
といいました。
天皇は皇后に、
「これは汝の罪ではない」
と言いました。
・来目
橿原市久米町
・狭穂(さほ)
奈良市法蓮町辺
・社稷(しゃしょく)
朝廷
感想
今日のお話は、
昨日のお話。
皇后の同母兄の狭穂彦王は、
謀叛を企てて、
皇后に天皇を暗殺するよう
匕首を手渡しました。
の続きですね。
五年、冬十月一日、
天皇は来目に行幸し、高宮に居た。
冬といっても日差しは穏やかで暖かい。
そこで天皇は、
愛する狭穂姫の
膝を枕にしてうたた寝をしていた。
狭穂姫は兄に言われた事を
成し遂げることができずにいた。
うわの空で色づき始めた木々を
ぼーっと見つめている。
ただ、
"兄王の謀るところは、
まさしく今この時なのだろう。"
と気づく。
その時だ、
狭穂姫の瞳から涙が溢れ、
ポタポタと、
帝の頬に落ちた。
天皇はハッとしてめ目覚め、
起き上がると、
狭穂姫を見つめ、
「朕は今、夢を見ていた。
錦の小さな蛇が、
朕の首にまとわりついてきた。
また、
大雨が狭穂から降ってきて、
朕の顔を濡らした。
これは何の兆しだろうか?」
と話した。
その時、
狭穂姫は
謀り事を隠し通すことはできないと気づいた。
怖気づいて地に伏すと、
ことの詳細を申しあげて、
兄王の反逆の状況を告白した。
そして、
またこう奏上した。
「妾(わたくし)は、
兄王の決めた事に反することが出来ません。
そして、
天皇の恩に背くことも出来ません。
告白しては、
兄を亡くすことになります。
しかし、
言わなければ国へを
傾けることになります。
この思いに
恐れ、悲しみました。
伏したり仰いだりして、
むせび泣き、
進むことも退くこともできず
激しく泣きました。
日も夜も、
心に憂いを抱き、
想いを言うことが出来ません。
ただ今日は、
天皇が妾の膝に枕にして眠りました。
ここで、妾は思いました。
もし、
狂気の女がいて、
兄の志を遂行するなら、
丁度今がその時、
苦労することなく成功すると…
しかし、
その思いがまだ消えないうちに、
自然と目から涙が流れ出たのです。
すぐ袖で拭きましたが、
袖より漏れて
帝のお顔を濡らしてしまいました。
ですから、
帝の今日の夢は
きっとこの事に繋がっています。
錦の小さな蛇は、
妾が授けられた匕首。
大雨が突然降り出したのは、
妾の涙です」
といいました。
天皇は複雑な思いを胸に、
狭穂姫に、
「これは汝の罪ではない」
と静かに言いました。
冷たい木枯らしが吹いていき、
枯れ草のむなし声が
静かに、静かに響ました。
とな、
本日も小説風に訳してみました。
さて、今後
天皇は、
狭穂姫を許すことが出来るのでしょうか?
狭穂姫の運命はいかに…
明日に続きます。
最後まで読んで頂き
ありがとうございました。