日本書紀 巻第五 御間城入彦五十瓊殖天皇 九
四十八年、春正月十日、
天皇は豊城命(とよきのみこと)、
活目尊(いくめのみこと)に勅して、
「汝ら、二子とも慈愛は等しい。
どちらを日嗣にしようか、わからない。
各々夢を見なさい。
珍はその夢を以て占おう」
といいました。
二皇子は、ここに命を受けて、
沐浴して身を清め、
神に祈って眠りました。
各々夢を得ました。
夜明けに
兄の豊城命が夢の言葉を天皇に奏して、
「自ら御諸山に登り、
東に向いて八回槍を弄び、
八回刀を撃ちました」
といいました。
弟の活目尊は夢の言葉を奏して、
「自ら御諸山に登り、
縄を四方に張り巡らせ、
粟を食べる雀を追い払いました」
といいました。
そこで天皇は夢を見比べて、
二子に、
「兄の夢は一方向、東に向かった。
すなわち東国を治めるがいいだろう。
弟は四方すべてに臨んだ。
よって朕の位を継ぐのがよいだろう」
といいました。
四月一十九日、
活目尊を皇太子に立てました。
豊城命に東国を治めさせました。
これは上毛野君(かみつけの)、
下毛野君(しもつけの)の始祖です。
感想
今回は、
皇太子を夢占いで決めるお話ですね。
天皇は、
どちらの皇子も同じくらい、
愛し慈しんでいました。
どちらを皇太子にするか悩んでいました。
そこで、
夢占いにより皇太子を
決めることにしました。
兄の夢は、東一方向だけを向き。
活目尊の夢は、四方を臨んだ
その結果、活目尊を皇太子に決めました。
日嗣は、
生まれた順番は関係なく、
能力により選ばれていたのですね?
なるほど。
さて、今日はこの辺で。
明日に続きます。
最後まで読んで頂き
ありがとうございました。