AERA dot. より
アフリカ出身・京都精華大サコ学長 コロナ問題でわかった「日本人のホンネ」
―――感染対策が成功している国、そうでない国について、どうご覧になっていますか。
成功するためには、死者の数だけでなく、国としての未来への希望が失われていないことが重要です。希望のある国と地域は総じて統治能力が高い。たとえば、台湾では政権を構成しているのが政治家というより専門家集団であり、現場のことをわかっています。また、北欧諸国は、国民の国に対する信頼が厚い。休業問題では、日本は補償が期待できず休業しないケースが問題になりましたが、北欧やドイツは、要請に応じれば必ず国から補償されると国民はわかっており、国との協力関係ができています。
アフリカ諸国の管理能力への見方はさまざまですが、いくつかの国の対応策は高く評価されています。また、エボラ出血熱の対策に慣れた国は、現状ではある程度コントロールできているはずです。ただ、拡大すれば医療崩壊するという危機感を共有し、若者中心の社会活動が盛んです。手洗いを呼びかけ、装置がない村に検査キットを提供するなど、地域共同体や家単位でインフラ不足を支えています。
―――新型コロナウイルス感染拡大をどのように受け止めていますか。
感染が広がり始めたころ、私は医療崩壊が起きているアメリカやヨーロッパ、そしてアフリカをまわっていました。アフリカの空港では体温チェックがあり、ジェルで手を消毒させられ、アンケートでは渡航歴をたずねられました。当時の欧米は「自分たちの国の医療環境は充実しており新型コロナはアジアの問題で関係ない」と思っているようでしたが、それから2カ月も経たないうちに世界中に広まります。
すぐにいろいろなことが見えてきました。たとえば、世界で使っているほとんどのマスクが中国製ですが、どの国でも手に入りにくくなりました。中国でマスクを作る工場が日本や欧米の資本下にあっても、中国政府はマスク輸出に制限をかけることができる。もちろん、国際法的には中国に権限はありませんが。こういう事態になると、中国からの輸出の途中でドイツ向けに送られるマスクがフランスにとられたなど、各国で確執が見られ、ヨーロッパ諸国はこんなに弱かったのかと思ったものです。
私たちがしっかりできあがっていると思っていたグローバル経済の基盤は、実はそうでもないということがわかりました。各国の本音、国と国の関係性、コストを重視したグローバル経済のもろさが表面化したことを興味深く見ています。
―――日本政府や自治体の対応についてご意見をお願いします。
日本は政府の決断が脆弱で、どこまで責任を持つのかはっきりしないため、国民が迷っています。何かあったときに「お前のせい」と言われることを恐れ、動けない。この不安定な状況は、政府の決断能力と意思決定プロセスに関係しています。
今の政治家の一部は現場感覚や想像力に欠け、市民生活を考えれば当然必要な休業要請と補償をセットにしていません。ほかの国のように半年間、光熱・水道費や税金をゼロにするなどの有効な方法も取らず、政策がインパクト重視でポピュリズム的と言われても仕方がないでしょう。「いかに有権者にいい顔をしながら期待される決断をするか」という意図だけが伝わってきて、結局は自分たちが損をしない範囲のことしかしないとわかってしまったため、国民の気持ちが離れています。
興味深いのは、日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っていることです。アフリカも政治不信は同じですが、まだギリギリ地域共同体が機能し、地域の動きを政治家が利用してサポートする例が見られます。
―――私たち一人ひとりは、何をすべきでしょうか。
今回の事態で、日本人の本音に触れた気がします。冷静に見えて他人へのいらだちを募らせていたり、堅い職業の人が、歌舞伎町やパチンコ店でこっそり気分転換したり、表と裏の二面性がある。プレッシャーの強いストレス社会なのでしょう。また「自分ではない誰かがしてくれる」気持ちが強い。サービスが整いすぎているのが日本の弱さで、知恵や能力を使う機会がなく、自ら考えて動くのが苦手で他責傾向がある。ただ、わかっているのは、この問題は誰かが解決してくれるものではないということです。
私たちはこの先もウイルスと生きていかなければならず、それに対応する強い社会基盤をいかに持つかが重要です。この機会に、他人がやってくれないことを前提に個人の能力を上げ、自分自身や地域でやる覚悟を決めて、人と連帯感を持つしかないと気づけば変わっていくでしょう。
(構成/小坂綾子)
日本はお行儀がいい。
でも空気を読みすぎて、意見を言うとバッシングされる。
個人情報、個人の権利を大切にしているのはいいが、それで感染経路が不明、感染者が誰かもわからない。
サービスが整っているのはいい。
だが、知恵や能力を必要としていない面もある。
だからサービスを使えなくなったら、自分の知恵や能力を使って、生き残る、乗り越えることをやっていくために、自分はどうするか、だけだ。
国に頼るのではなく、隣人、友人、地域でどうやって助け合って乗り越えるか。
知り合いや友人など、この時期、がんばろう、とそっとできることをしていく。
すべてに感謝。
アフリカ出身・京都精華大サコ学長 コロナ問題でわかった「日本人のホンネ」
―――感染対策が成功している国、そうでない国について、どうご覧になっていますか。
成功するためには、死者の数だけでなく、国としての未来への希望が失われていないことが重要です。希望のある国と地域は総じて統治能力が高い。たとえば、台湾では政権を構成しているのが政治家というより専門家集団であり、現場のことをわかっています。また、北欧諸国は、国民の国に対する信頼が厚い。休業問題では、日本は補償が期待できず休業しないケースが問題になりましたが、北欧やドイツは、要請に応じれば必ず国から補償されると国民はわかっており、国との協力関係ができています。
アフリカ諸国の管理能力への見方はさまざまですが、いくつかの国の対応策は高く評価されています。また、エボラ出血熱の対策に慣れた国は、現状ではある程度コントロールできているはずです。ただ、拡大すれば医療崩壊するという危機感を共有し、若者中心の社会活動が盛んです。手洗いを呼びかけ、装置がない村に検査キットを提供するなど、地域共同体や家単位でインフラ不足を支えています。
―――新型コロナウイルス感染拡大をどのように受け止めていますか。
感染が広がり始めたころ、私は医療崩壊が起きているアメリカやヨーロッパ、そしてアフリカをまわっていました。アフリカの空港では体温チェックがあり、ジェルで手を消毒させられ、アンケートでは渡航歴をたずねられました。当時の欧米は「自分たちの国の医療環境は充実しており新型コロナはアジアの問題で関係ない」と思っているようでしたが、それから2カ月も経たないうちに世界中に広まります。
すぐにいろいろなことが見えてきました。たとえば、世界で使っているほとんどのマスクが中国製ですが、どの国でも手に入りにくくなりました。中国でマスクを作る工場が日本や欧米の資本下にあっても、中国政府はマスク輸出に制限をかけることができる。もちろん、国際法的には中国に権限はありませんが。こういう事態になると、中国からの輸出の途中でドイツ向けに送られるマスクがフランスにとられたなど、各国で確執が見られ、ヨーロッパ諸国はこんなに弱かったのかと思ったものです。
私たちがしっかりできあがっていると思っていたグローバル経済の基盤は、実はそうでもないということがわかりました。各国の本音、国と国の関係性、コストを重視したグローバル経済のもろさが表面化したことを興味深く見ています。
―――日本政府や自治体の対応についてご意見をお願いします。
日本は政府の決断が脆弱で、どこまで責任を持つのかはっきりしないため、国民が迷っています。何かあったときに「お前のせい」と言われることを恐れ、動けない。この不安定な状況は、政府の決断能力と意思決定プロセスに関係しています。
今の政治家の一部は現場感覚や想像力に欠け、市民生活を考えれば当然必要な休業要請と補償をセットにしていません。ほかの国のように半年間、光熱・水道費や税金をゼロにするなどの有効な方法も取らず、政策がインパクト重視でポピュリズム的と言われても仕方がないでしょう。「いかに有権者にいい顔をしながら期待される決断をするか」という意図だけが伝わってきて、結局は自分たちが損をしない範囲のことしかしないとわかってしまったため、国民の気持ちが離れています。
興味深いのは、日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っていることです。アフリカも政治不信は同じですが、まだギリギリ地域共同体が機能し、地域の動きを政治家が利用してサポートする例が見られます。
―――私たち一人ひとりは、何をすべきでしょうか。
今回の事態で、日本人の本音に触れた気がします。冷静に見えて他人へのいらだちを募らせていたり、堅い職業の人が、歌舞伎町やパチンコ店でこっそり気分転換したり、表と裏の二面性がある。プレッシャーの強いストレス社会なのでしょう。また「自分ではない誰かがしてくれる」気持ちが強い。サービスが整いすぎているのが日本の弱さで、知恵や能力を使う機会がなく、自ら考えて動くのが苦手で他責傾向がある。ただ、わかっているのは、この問題は誰かが解決してくれるものではないということです。
私たちはこの先もウイルスと生きていかなければならず、それに対応する強い社会基盤をいかに持つかが重要です。この機会に、他人がやってくれないことを前提に個人の能力を上げ、自分自身や地域でやる覚悟を決めて、人と連帯感を持つしかないと気づけば変わっていくでしょう。
(構成/小坂綾子)
日本はお行儀がいい。
でも空気を読みすぎて、意見を言うとバッシングされる。
個人情報、個人の権利を大切にしているのはいいが、それで感染経路が不明、感染者が誰かもわからない。
サービスが整っているのはいい。
だが、知恵や能力を必要としていない面もある。
だからサービスを使えなくなったら、自分の知恵や能力を使って、生き残る、乗り越えることをやっていくために、自分はどうするか、だけだ。
国に頼るのではなく、隣人、友人、地域でどうやって助け合って乗り越えるか。
知り合いや友人など、この時期、がんばろう、とそっとできることをしていく。
すべてに感謝。
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