今年3月、山梨市が企画した上野千鶴子さんの講演会「ひとりでも最期まで在宅で」が講演1週間前に市長の独断で突然開催中止を発表する、という「事件」がありました。
その後市民による抗議行動や全国版での新聞報道、全国からの抗議文の殺到などにより、講演予定日の前日になってようやく中止が撤回され、結果的には講演会は開催されましたが、バックラッシュ以降、全国のあちらこちらで起きている同様の事態への対応に多くの示唆と課題を投げかけるものになりました。
ひとひとネット(やまなし女と男ネットワーク)では、この事件の顛末を詳しく知り、今後の対策を考えるための勉強会として、まずネット塾(山梨県内向け学習会)で「上野千鶴子氏講演中止・撤回問題を考える」を開催しました。
事件の当事者であるひとひとネットの2人の会員(市長に抗議文を提出した小野山梨市議と、この講演会が民生委員の研修に位置づけられていたために直接市から講演会中止の連絡を受けた山梨市児童民生委員)からの報告、山梨学院大学の山内教授による法律の視点での解説、そしていち早く抗議行動の呼びかけを行い、活動をサポートした山梨県立大学の池田政子名誉教授からの報告を通し、さまざまな立場の参加者(行政職員/議員/民生委員など)からも意見を聴くことができました。
また、夏のヌエックフォーラムでも同じテーマでワークショップを行い、全国の方々とも意見交換を行いました。
当日は会場が満席になるほどの参加者で活発な意見が出されました。
【参加者の感想】
◎地元の市民として、きちんと声を上げ行動出来たことが先ず良かったと感じています。今回の学習会は、更に声をどのように上げていくか、問題提起として受け止め、行動出来るよう勉強したい。
◎新聞では見ておりましたが、あってはならない事なのに!!大変良い勉強をさせて頂きました。この件を生かして市民に開かれる行政になってほしいと思います。
◎池田先生や生活思想社編集長五十嵐さんが、この問題の重要性を察知し、山梨市への抗議の対応を素早く投げかけて頂き、様々なネットワークを通じて、日本各地からの抗議文が市へ寄せられたことも講演中止の撤回に繋がったと思います。私もメールで抗議しましたが、多くの人との日頃の繋がりがいかに大事か新ためて感じました。また、何よりも山梨市議の小野さんが池田先生からの助言で、事の顛末を克明に記録し、小野さんの支援者を中心に、女性達が素早い抗議行動を起こしたことは一番の成果だと思いました。
◎当事者の皆さんの生の声を聞けてよかった。行政の話、山梨市長の話、山梨県、上野先生のブログ等、他の地方行政、男女共同参画推進員の活動、村議、市議の話とても面白くこれからの自分の活動に生かしていきたい。
◎みなさんの行動はとても参考になりました。どうして中止になったのか、担当職員は本当に気の毒に思いました。上司は何をしていたのだろう。課長・部長いたでしょうに。一番気になるところです。
などなど、概ね好評でした。
なお、以下は当日配布した、山梨学院大学 山内幸雄教授作成による「上野千鶴子さん講演中止事件の法的判断」の資料を要約したもの。
今後、また似たようなことが起きた時のためにも覚え書きとして記しておくことにします。
《当事者は、上野千鶴子さん、山梨市新市長、山梨市民の3者》
【上野千鶴子さん】講演中止について
1)「過去の発言を理由したこと」に対して
上野さんの過去の発言を理由とする講演中止は「特定の思想信条をことさら選別するもので、違法であり、上野さんの社会的評価を貶めることになるので名誉を毀損する。
2)「直前」での講演中止について
前年の段階で講演日の合意、それに基づく広報、講演参加の申し込みが多数届いているので、講演契約は成立しており、講演中止は契約違反。損害賠償の対象となる。
【山梨市新市長】権力行使について
1)選挙による当選との関連について
市長は選挙で選ばれたら選挙民の意思に拘束されず行動できるとする「純粋代表」の観念は今では疑問視されてきており、現在は民意をできるだけ正確に反映する「代表」へ意味転換がなされてきている。
2)「市長」の裁量権の限界について
市長の行動には法による縛りがあり、たとえ裁量権の範囲内であっても「平等原則」(思想信条による差別の禁止など)「比例原則」(理由と手段が相応していなければならないという原則)という法の縛りがつきまとう。
3)「会場の混乱」を理由とした講演中止について
市長は、将来においての混乱が「客観的な事実に照らして」相当に「具体的」で「蓋然性の高いものであること」を市民に説明する責任がある。
【山梨市民】市民との関係について
1) 市長による講演中止の、市民に対する意味とは
市長が市民から「学習する機会」を取り上げた。これは「学問の自由」を制約したこと。学問の自由は人間が人格をもって存在する上で欠かすことができない、極めて重要な人権。よほどのことがない限り制約することはできない。「どうしてもやむを得ない理由」があり、かつ「制約手段が必要最小限」であることが立証されなければならない。市長は「どうしてもやむを得ない理由」「講演中止が必要最小限の措置であること」について説明しなければならない。
2)市民の視点からすると
・市民が学ぶ「機会」を市長に奪われてしまった
・市民が学ぶ「内容」を市長に勝手に決められてしまった
市長にそんな大それた権能が与えられていないのは明らか。したがって、市長は「そんな大それた権能があること」を市民にきちんと説明しなければならない。