サラ☆の物語な毎日とハル文庫

ジブリ・プロデューサー鈴木敏夫氏による『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』ノート

@サラ☆

仕事が片付いて、また気儘に読書ができるのは、このうえない至福!

積読していたジブリプロデューサー、鈴木敏夫氏の

『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』を読んだ。

 

文芸春秋から「文春ジブリ文庫 ジブリ理の教科書」として、

これまでジブリが制作してきた映画20本について20冊の文庫本が出ている。

一冊ずつ、特集のようにしてさまざまな角度から、さまざまな人が

その人なりに読み解いたコメントを述べている。

 

映画の概略とか、かかわった人の話とか。

20冊それぞれ、なかなか楽しそうだ。

『天才の思考』はそそれぞれ20冊の本に掲載された鈴木氏のインタビュー記事のうち、

『かぐや姫の物語』をのぞく19本を抜粋して1冊にまとめたもの。

 

この本を読めば、スタジオジブリがどんなふうに立ち上がり、

映画とどう取り組み、いかにエネルギッシュに活動してきたかがわかる。

 

たとえば『風の谷のナウシカ』はいかにして誕生したかというと……。

 

もともと校了まで2週間というところで、

徳間書店の『アニメージュ』という新刊雑誌の立ちあげを

鈴木氏がまかされのが、そもそもの発端。

(何でも企画段階からかかわってきたプロダクションと企画部長がケンカして、

プロダクションが降りたというのが始まりです。)

 

2週間で新刊雑誌を校了までもっていく!!

ある程度は仕上がっている記事があるでしょうけど、

ふつうは考えられない荒業です。

 

鈴木氏はその2週間の間に、高畑勲と宮崎駿がいっしょにつくったアニメ

『太陽の王子 ホルスの大冒険』の情報を得ます。

そこで二人にコメントをもらおうとしたのですが、このときは断られてしまう。

 

第1冊めの『アニメージュ』をなんとか発刊したあと、

鈴木氏は池袋文芸座でやったアニメーション大会で『ホルス』を見ました。

それで、とにもかくにも二人に興味をもち、取材で会いに行くのです。

(当時、高畑勲は『じゃりんン子チエ』を制作中で、

宮崎駿は『ルパン三世 カリオストロの城』を制作中だったとか。)

 

このときの宮崎駿の最初に言ったセリフがおかしい!

「アニメーション・ブームだからといって商売をする『アニメージュ』20冊には

好意をもっていない。

そんな雑誌で話したら自分が汚れる。あなたとはしゃべりたくない」

 

傑作ですねー。なんとなく、宮崎駿の人となりが想像できそう!

 

で、そこから鈴木氏は2人と仲良くなって、

2人がアメリカに行って『リトル・ニモ』の制作にかかわったあげくに

途中で引き揚げてきて仕事を失ったときも、話を聞いていた。

 

宮崎駿は、何か映画をつくれないかと模索していたので、

鈴木氏が徳間書店の映画企画委員会に企画を出すのですが

「原作のないものを映画にできるか」と言われてしまう。

そこで宮崎駿が『アニメージュ』に連載を始めたのが

漫画『風の谷のナウシカ』だった……。

連載10回で1冊目が単行本化され、

そこから映画化に向けて動き出しました。

 

メガヒットを繰り返したジブリアニメの話なので、

面白いネタが満載。

 

寝食を忘れる、ものすごいエネルギーが渦巻く世界です。

426ページもある分厚い新書で、エピソードにつぐエピソード。

アニメの世界を思い出しながら、心底楽しみました。

読書は面白い。3カ月も遠ざかっていたなんて…。

これから挽回したいなー。

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