世界中の子どもと大人に愛されるイギリスの作家とフランスの作家は、
第二次世界大戦の戦渦を逃れて、ニューヨークで出会っていた。
トラヴァースは1940年にニューヨークに疎開(このときトラヴァース、41歳)。
サン=テグジュペリも1940年12月31日に亡命先のニューヨークに到着する(このとき40歳)。
それまで何の接点もなかった二人の作家を結びつけたのは、
『風にのってきたメアリー・ポピンズ』を出版した、
ニューヨークにあるレイナル&ヒッチコック社。
ふたりは同じ出版社だったレイナル&ヒッチコック社を介して、知り合ったようだ。
(『星の王子さま』もレイナル&ヒッチコック者から出版されている。)
ただ知り合いという程度だったのだと思うけれど、
トラヴァースは『星の王子さま』が出版された1943年4月の11日付けの
『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙の週間書評欄に
「砂丘を超えて王子さまの星へ」というタイトルのテクストを寄稿している。
まさに『星の王子さま』が書店に並ぶタイミングだ。
サン=テグジュペリは同じその4月にアメリカを離れてアルジェに向かい、戦列に復帰した。
そして翌年の7月にグルノーブル、アヌシー方面の写真偵察のために ボルゴ基地から発進し、消息を経っている。
本人たちはその出会いをそれほど意に介していなかったかも知れないけれど、
二人が子どもと大人を含む物語世界のスターだと知っているこちらにとっては、
なんという奇遇!!というほかはない。
なんて面白い!
このときのトラヴァースの原稿は、この『星の王子さま』の真意を汲んで、温かい。
飛鳥新社の『星の王子さまの美しい物語』に掲載されているので引用させてもらう。
「砂丘を超えて王子さまの星へ」(パメラ・リンドン・トラヴァース)
これははたして子ども向けの本なのだろうか?
じつはそんな問いに意味はない。
というのも、子どもたちはスポンジのようなものだから。
彼らは読んでいる本の中身を吸いあげる。
理解できたとしても、できなかったとしても。
『星の王子さま』は、子ども向けの本に求められるみっつの基本をしっかりと兼ね備えている。
それはすなわち、深い意味での真実を語っていること、
あれこれ説明しないこと、
教訓があること、の3点だ。
ただし、この物語の教訓はきわめて特殊で、子どもよりも大人に関係するものだ。
その教えを理解するには、愛と苦しみを通じて自己を超越しようとする魂が必要となる。
つまり、──幸いなことに──、ふつうの子どもには縁のない、ある種の感受性が必要なのだ。
[…]
もちろん、子どもはごく自然に心でものを見ている。
大切なことをはっきりととらえている。
小さなキツネは子どもたちに人気が高いが、それは単に彼がキツネだからである。
子どもたちはキツネの秘密を知ろうとはしない。
知ったところで忘れてしまうだろう。
だから将来、その秘密をあらためて見出す必要がある。
だからこそ私は、『星の王子さま』は子どもたちを間接的な光で照らしてくれると思っている。
この本は子どもたちの心をとらえ、心の奥深くにある秘められた部分にまで達し、
小さな光となってとどまりつづけるだろう。
そしてそのささやかな光は、彼らがそれを理解できるようになったときはじめて、
輝きをあらわにする。
人生の歯車を逆回転させて、子どもに戻ることはできない。
私たちはもう年をとりすぎているし、このままの状態でいるしかない。
だが、ひょっとしたら、子どもの世界をふたたび見出す方法はあるのかもしれない。
そればかりか、私たちのなかに眠る子どもだった自分をよみがえらせ、
ものごとを無垢な目で見つめ直す方法はあるのかもしれない……。